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本を買うという冒険

本屋でレジに立っていると、店に入ってからすぐに一冊の本を手にとってレジに向かってくるお客さんがいる。
そして、買った後は脇目も振らず店を出ていってしまう。
もちろん、本を買っていただけることはとてもありがたい。本当にありがたい。
ただ、事前にネットで得た情報を頼りに目当ての本だけを買って帰るのは、少しもったいないことかもしれない。
本屋の醍醐味は、自分が知らない本と出会えることだからだ。

本屋では、本のプロである書店員が、趣向を凝らして本をディスプレイしている。
その棚をじっくりと眺めれば、自分の琴線に触れる本がきっとある。
もちろん、そうした本は評判がいいかどうかなんてわからない。面白いかどうかなんてわからない。
それでも理屈じゃなく自分の直感を信じて買う。
それは、自分の気持ちを大切にすること、つまり自尊心を高めることにも繋がる。

買い物というのは気持ちと理性の闘いである。
買いたい気持ちがあっても、「面白くないかも」「お金がもったいない」と理性が買うことを否定してくる。
そうして買うのを諦めると、なんだか気持ちがモヤモヤする。
店を出た後も「やっぱり買えばよかったかも」とずっと尾をひいてしまう。

だから、そんなときは買えばいいのである。
「面白くないかも」「お金がもったいない」という理性の声があっても、「うるせえ、俺の気持ちが買いたいと言ってんだ」と本をレジに持っていってしまえばいいのだ。
そんなふうにして買うと、理屈よりも自分の気持ちを優先できた満足感があり、心のうちが暖かくなる。

『映画を早送りで観る人たち』という本では、映画関係者のこんな言葉が紹介されている。

「信頼している人が勧めている、確実におもしろいと評判の作品しか観に行かない人が、昔よりずっと多い。皆、冒険しなくなっている。だから、当たる作品と当たらない作品の二極分化がはなはだしい」

評判を参考にするのはいいと思う。
でも、評判に囚われすぎてしまって自分が観たい作品が観れなくなったら、本末転倒なのではないか。

別に失敗したっていいのだ。
元々はビジネスの文脈にあった効率主義を、読書にまで持ち込まなくてもいい。
思う存分、面白くない本を読んで時間とお金を使えばいいのである。

自分の気持ちというコンパスを片手に、本の海をズブズブと進んでいく。
私はその体験こそが、とても豊かなものであると思う。

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