見出し画像

文学フリマ東京本屋紀行

2024年5月18日、文学フリマ東京の前日。私は成田空港に降り立った。
今まで『本のある日常』『本のある生活』『本と抵抗』という3冊のZINEを書いてきて、「どれ腕試しに」という気持ちでいよいよ文学フリマに初出店する。
「どうせなら一番でかい文学フリマに参加してみたい」というミーハーな気持ちで、電車と飛行機を乗り継いでやってきました花の大都会。
そして、こんな機会もなかなかないので、東京の本屋さんもめぐろうという思惑だ。

成田空港から京成線に乗って、さっそく東京へ。
初日の今日は、本屋さんをたくさん回る予定である。
だが、ここで一つ問題が発生する。
もうすでに疲れ切っているのだ。

地方から電車と飛行機を乗り継ぎ、東京に着いたと思ったらまた電車。
移動だけでほとほとに疲れてしまい、もはや読書をする気力もなく、ボーッと電車に揺られていた。
東京に来るだけでこんなに大変なのに、やっていけるのだろうか。
2泊3日の過密スケジュールで真っ赤になった手帳を見ながら呆然とする。

そうしてなんとかたどり着いたのが、高円寺のそぞろ書房。
ツイッターでたびたび見かけていた力の抜けた看板が、普通のアパートの前に置かれている。
「ほんとにこんな感じでやってるんだ」とうれしくなり、にわかにテンションが上がる。
看板を頼りに2階に上がり、アパートのドアを開けると、手作り感あふれる、やさしい空間が広がっていた。
その中で先客のお二人さんが、楽しそうに本の話をしている。
まるで、楽しいことを詰め込んだ秘密基地のようだ。

そうして棚を見ていると、自分のZINEを見つけた。
そぞろ書房さんは1冊目の『本のある日常』から、私のZINEを置いてくれている。
地方の自分のアパートで梱包して発送したZINEが、東京の本屋さんに置かれている。
こんなふうにして届くのだな、と感慨深い。

『そぞろ日記 vol.1』とphaさんのポストカードを買う。
レジで「すいません、夏森かぶとと申しまして……」と名乗ると、店員さんも私のことを知ってくれていてうれしくなる。
なんと今日も私のZINEが1冊売れたとのこと。
ありがたい限りやでえ……

そうしてその足で、同じく高円寺の蟹ブックスへ。
かわいらしい蟹の看板を見つけ、同じように2階へ上がる。
扉を開けると、広くて明るい店内にたくさんの新刊が並んでいた。

店主の花田奈々子さんはたくさんの書店で働かれていたとのことで、その蓄積が棚に表れていた。
特にサブカル系やマンガ、詩集が豊富に見え、これは花田さんがヴィレッジヴァンガードで働いていたのが大きいのかな、と思う。
小さな書店はその人の経験や個性が表れるのが醍醐味だと改めて感じた。

SNSでも紹介されていたフェア台の『レタイナイト』が気になっていたのでそれを一冊と、『歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術』『かにカニCLUB MAY 2024』を買う。
『歩くこと、または飼いならされずに詩的な人生を生きる術』は棚を見ていたときに気になった本で、こんな出会いがあるのも本屋めぐりの醍醐味だ。

蟹ブックスを後にし、次は荻窪の「本屋Title」へ向かう。
Titleはいわゆる「独立系書店」の走りのような存在で、本好きなら誰もが知ってるような有名店だ。
店主の辻山さんが書いた『本屋、はじめました』と『小さな声、光る棚』は、私もずいぶん前に読んでおり、そのこともあって書店員として働く中でも一つの憧れのような店だった。
荻窪駅から歩いて15分ほどすると、『本屋、はじめました』の表紙で描かれているお店がそのまま現れた。
緊張しながら扉を開けると、並ぶ本に圧倒されるような感覚。

Titleは店の半分ほどがカフェになっており、思ったよりも本のあるスペースは広くない。
ただ、背の高さ以上の棚にぎっしりと本が詰まっており、その選書がまたすごくて、一般的には「難しい」と敬遠されるような本が、我が物顔で棚に居座っている。
難しい本を棚に置くのは知識が必要で、それがないとその本が浮いてしまうのだが、Titleの棚はとても自然だった。
「今日はちょっと難しい本を買ってみよう」
そう思わせてくれるような棚作りだった。

Titleで買ったのは『レンブラントの帽子』と『アメリカの鱒釣り』。
どちらも有名な本だが恥ずかしながら未読で、読もう読もうと先延ばしにしていた。
そんな本をせっかくだからTitleで買おうと思った。
Titleで買ったなら読める気がした。

本というものはどこで買っても内容は同じだが、モノとしてみると一冊一冊は違うものである。
家の本棚に刺さっている本棚に目をやると、「この本はあの店で買ったものだ」と覚えていることが多い。
本は買った店の"空気"をまとっている。
『レンブラントの帽子』と『アメリカの鱒釣り』はどこでも買えるかもしれないが、Titleで買った『レンブラントの帽子』と『アメリカの鱒釣り』だからいいのだ。

この日最後に訪れたのは、国立(くにたち)の小鳥書房。
小鳥書房店主の落合さんが書いた『浮きて流るる 小鳥書房店主日記』という本があるのだが、私はその本を読み返すくらい好きで、その舞台となった国立をぜひ訪れてみたかった。
荻窪のTitleから電車とバスを乗り継いで1時間ほど。東京をさらに西へ。
国立は街というよりも町と言った方が似合うような、どこかほっとする場所だった。

夕暮れ時の駅前のスーパー。
おかもちがついたバイクにまたがるラーメン屋さん。
町の中央にある大きな公園で遊ぶ子どもたち。

なんだか懐かしい気持ちになりながら街を散策し、商店街の中にある小鳥書房を見つけた。
中に入ってみると、こじんまりとした空間に本が並んでいる。
その奥にはテーブル席があり、普段は飲食を楽しめたり、休憩したりできるのだろうか。
本棚を見てみると、国立の本を集めたコーナーがあり、『浮きて流るる 小鳥書房店主日記』にもあった国立への思いが感じられた。
商店街で買い物をしたあとに、こんな空間でゆっくりできたらうれしくなるな。

『いなくなっていない父』を手に取り、レジへ。
若い方が4人くらいで何やら準備をしている。
聞くと、このあとバーのイベントを開催するとのこと。
これから2時間かけてホテルに帰らなければいけないので遠慮したが、商店街の中にそんなふうにして人が集まれる場所があるのはとてもいいと思った。

本のたくさん入ったバッグのひもが肩に食い込んでいる。
時刻はすでに19時近く。もうさすがに疲れ果ててしまった。
それでも行きたいところを回れたのでそれはよかったのだが、いかんせん本番は明日なので、疲れが残らなければいいなあ。
そんなことを考えながらバスに揺られ、ホテルに帰る。



そうして2日目。いよいよ文学フリマ東京本番である。
天気はくもりでそこそこ。心配していた体調もそこまで悪くない。
慣れないモノレールに乗って、会場の東京流通センターに向かう。

会場はとにかく広かった。
端から端が見えないくらいの会場に、何脚もの机が並べられている。
そんな広い会場の中、右も左もわからず一人、ブースを設営する。

初出店ということでお客さんが来てくれるかどうかわからない。
できれば10冊くらいは売れてほしい。
周りの出店者さんを見ると、みんな玄人じみていて、ひな壇のような大きい棚を用意してZINEを並べている。
大学入試のとき、周りの人がみんな自分よりかしこそうに見えた感覚を思い出した。

隣のブースの方に挨拶する。
こんなときでも、いやこんなときだからこそ挨拶は大事。
挨拶だけでもしておけば、大抵のことはなんとかなる。
隣のブースの方が優しそうなことに救われる。

そうしていよいよ12時になり、開場。
お客さんがどんどん増えていき、1時間後には会場内は満員電車のような様相に。
あれだけ広い会場がこんなことになるとは思わず、「まさかこんなに・・・・・・」とただただ唖然とする。

そうして待っていると、私のブースにも一人のお客さんが。
見本誌を軽く読んでくれて、新刊の『本と抵抗』を買ってくださった。
話を聞くと、私のZINEを置いてくれている「本の店&company」で既刊を買ってくださっていたとのこと。
夏森かぶととして初めてイベントに出店し、お客さんが私のZINEを目当てに来てくれて、こうやって目の前でZINEを買ってくれる。
わかりやすく胸がいっぱいになり、お客さんにお釣りを渡す手が震えた。

そして、それを皮切りにどんどんお客さんが来てくれた。
多くの方が私のZINEを置いてくれている店で既刊を買ってくれた方で、そんな方が感想とともに新刊を買っていってくださった。

「関西の方の、奈良の、ほんの入り口っていうお店で買いました!」

「札幌の三省堂書店で買ったんだよね!ツイッターで見てさあ」

「京都のレティシア書房で買いました。店主さんが、なんか夏森かぶとさんの新刊が出るらしいんだよね~、と言ってましたよ」

「私も書店員をやってて、もう既刊は2冊とも読んだんですが、すっごく面白かったです!」

全国のお店で私のZINEを買ってくれた人が、この文学フリマ東京に来てくれて、私の新刊を買ってくれる。
なんだかもう幸せすぎて、人生の最終回みたいだな。

そして驚いたのだが、私のことを知らない人も店頭に来てくれて、しばらく立ち読みしたあとにZINEを買ってくれるのだ。
しかも、「これ、全部一冊ずつください」と『本のある日常』『本のある生活』『本と抵抗』の3冊を買っていってくれる。
そんなことが1度や2度じゃなく、そのたびに「ありがとうございます」と恐縮な思いで頭を下げていた。

そうしてあっというまに時間は過ぎ、15時になった。
文学フリマで忘れてはいけないのが、他のブースを回ることだ。
名残惜しい気持ちを胸に「15:50にまた戻ります」という看板を立てて、出発した。

まずはphaさんのブース。
7年前、phaさんの『ニートの歩き方』という本を読み、私の人生は大きく変わったと思う。
その後も『持たない幸福論』『しないことリスト』などphaさんの著作はだいたい読んできている。
今回、phaさんが文学フリマに出るにあたって、『15人で交換日記をつけてみた』というZINEを出していたのでそれを購入。
会計の際に「昔のインターネットみたいな雰囲気の交換日記ができました」というお話が聞けてうれしい。

それからも人混みにもみくちゃにされながら、百年、そぞろ書房、百万年書房といったブースを回る。
行く先々で面白いZINEと出会えて楽しい。
その中でも印象に残っているのが、小指さんのブースだ。
小指さんは画家として活動する傍ら、漫画と随筆を書いている方でZINEも作っている。
私は過去に『人生』というZINEを読んだのだが、奇怪な生活がユーモア溢れる筆致で語られており、抜群に面白かった。

そんな小指さんのブースを訪れると、見たことのないZINEが。
新刊か?と胸を高鳴らせながらめくってみると、なんと私の好きな日記本ではないか。
『人生』を書く人の日記なんて面白いに違いない、と即購入。
会計時に「(僭越ながら)『人生』めっちゃ面白かったです」とお伝えすることもできた。
こんなふうにして、憧れの著者と直接話すこともできる。そう、文学フリマならね。

#文学フリマで買った本
『15人で交換日記をつけてみた』みんなの日記サークル
『百年の一日』樽本樹廣
『奇跡のような平凡な一日』小指
『調子悪くて当たり前日記』北尾修一
『おくたばり』できない
『死のやわらかい』鳥さんの瞼
『躁うつ病患者の遭難日誌』カラムーチョ伊地知
『仕事できない日記』サボ子

その後は自分のブースに戻り、17時の閉場まで自分のZINEを売り続けた。
結果として、『本のある日常』『本のある生活』『本と抵抗』の3部作合計で59冊を販売することができた。
私はあまりお祭りを信じていない。
どんなに楽しいことでも経験するにつれて、「はいはい、これくらいね」と楽しさが予想できるようになってしまい、現実がその予想値を超えなくなっていく。
また、学校の運動会や文化祭なんかは強制的で、自分は楽しくないけど周りの人が楽しそうにしてるから自分も楽しそうな雰囲気を出さなければいけないことが嫌だった。

でも今回の文学フリマは、もちろん初参加ということもあるのだろうが、掛け値なしに楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
自分が好きなものを他の人も好きと言ってくれるような空間で、各々が思いをこめた作品をやりとりしながら交流が生まれる。
今までお祭りというと、自分がそのお祭りの価値観に合わせて楽しむという感じが強かったのだが、文学フリマは自分の価値観の延長線上にあるお祭りだった。
普段、創作の話をできる人は周りにおらず、部屋にこもって一人でうつうつと文章を書いている私が、ハレの場に出られたような気がした。

そうしてフワフワとした気持ちのまま会場を後にし、ホテル近くの日高屋で一人打ち上げ。
このときに飲んだビールが今年で一番おいしかった。



文学フリマの興奮冷めやらぬ3日目。
今日も軽く書店巡りをして、飛行機に乗って帰る予定だ。
恐ろしいのが明日は仕事ということだが、気にしないよう努める。

まず向かったのが、東大近くにある「本の店&company」。
私のZINEをいつも注文してくれており、SNSでもたびたび応援のコメントをいただいていて、本当にありがたいお店なのだ。

御茶の水駅で電車を降りて、バスに乗り換え。
・・・・・・なのだが、バス停が一向に見つからない。
雨の中、駅前の橋を2往復してやっとみつけたと思ったら、目の前でバスが出発した。
涙目になりながら調べ直し、また駅前の橋を渡り、違うバス停でなんとかバスを捕まえられたのだが、都会のバス停の見つけづらさに心が折れる。

そんな苦境を乗り越え、なんとか本の店&companyにたどり着いた。
道に面した透明な戸をカラカラと開ける。
落ち着いた色合いの本棚、かすかにかかるクラシック音楽、丁寧に選ばれた本たち。
棚をじっくりと見て、ビビッとくる本を探す。
大きな書店では、当たり前だが棚の本すべてを見ることはできない。
でもこういった個人店では、お店の人が選んでくれた本をすべて見ることができ、その中から自分が好きな本を選べる。
それはとても贅沢な時間だと思う。

そうして、『古本屋 タンポポのあけくれ』『上京小説傑作選』『路上観察学入門』『青春をクビになって』の4冊をレジに持って行く。
特に『古本屋 タンポポのあけくれ』は前からほしいと思っていたのだが、本の店&companyで買いたいと思った。
レジで店主の末竹さんとお話。「すいません、夏森かぶとというものなんですけど・・・・・・」と話しかけると、「店に入ってきたときからそうじゃないかと思ってました」とニヤリ。
気さくで優しい方で安心し、ついついおしゃべりして長居してしまった。

うれしかったエピソードが、読書を始めたての高校生が私のZINEを買っていってくれることがあるということ。
今の時代、読書人口は少なく、ましてや高校生というなら周りに読書をしている人はほとんどいないのではないだろうか。
そんな中、一人の読書仲間が書いたものとして私のZINEを読んでくれたのなら、これほどうれしいことはない。

ホクホクとした気持ちで店を後にし、次に向かったのが蔵前の透明書店。
以前に私のZINEを扱ってくれていたので、その挨拶もかねて。
透明書店は会計ソフトで有名なフリー株式会社を母体とするお店で、「透明」の名の通り売上や費用をすべてnoteに公開するという前代未聞の取り組みをしているお店だ。
その成り立ちからビジネス書が多いのかと思いきや、他のジャンルの本もしっかりとカバーしているのが印象的だった。

ただやっぱり最初のイメージというのは根強いもので、ここでは働き方に関する『私のアルバイト放浪記』『メガトン級「大失敗」の世界史』『火星の生活』を購入。
『火星の生活』は京都の出版社兼本屋である誠光社の堀部篤史さんのエッセイを集めたZINEだ。
恥ずかしながらこの本の存在は知らなかったので、こんなドストライクな本があるとは、と即決で購入。
読むのが楽しみな一冊である。

そうしてレジで遠井店長に挨拶。
私のことを覚えていてくれてありがたかったし、新刊の『本と抵抗』を献本することもできて満足。

電車に乗り、成田空港へ向かう。
この3日間、たくさんのことがありすぎて、頭がぼーっとしている。
だけど、やれるだけのことはやった。
もちろん今思えば、もっとああすればよかった、こうすればよかったということもある。
それでも、一人で東京に来て、初めて文学フリマに出た。
行動したというだけで、自分を褒めることができる。
後悔は行動の証なのだ。

私は今までネットで文章を書いてきた。
今回、文学フリマに出店し、書店を回るという経験をしたことで、ネットで完結していた「文章を書く」ということが、現実に結びついた。
私のZINEを求めてブースまで買いに来てくれる人がいる。
地方のアパートから発送したZINEが、書店でこんなふうにして置かれている。

東京に来て、体一つで文字通り体験したからこそ、実感が湧いてくる。
「これからもなんとか書き続けられるかもしれない」
そんなふうに思えたのが一番の収穫だったように感じる。

3日目に訪れた本の店&companyさん。
そこでいただいたお店オリジナルの栞に書かれた一文が、この旅を象徴しているようで驚いた。
というわけでその一文でこの文章を締めくくりたい。

ひとまず、ここまで
次は、ここから

本の店&companyの栞

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?