オタクにとっての愛の課題
大切なものには、失ってから気づく仕組みにっている。
アイドルオタクのかべのおくです。
最近、親が病気になって実感したのは、夫婦の愛情と親子の愛情は、全く異なった性質を持っていることです。父親と母親がお互いに寄せる愛情とか信頼は固いとはいえ、元々は他人同士です。対して親子の愛情は、切っても切れるものではありません。
そんな愛することの多面性は、アイドルとオタクの関係性にも見えます。そこで、恋愛というものについては1ミリも語る資格のない僕ですが、オタクなりの視点でこの問題について考えることにしました。
※ 2023年7月28日に、Jams Collection小此木さんのWeb連載について追記しました。
「愛する」という課題
この関係について考えたく、最近「幸せになる勇気」という本を読み返しました。
愛の課題は、アドラー心理学において最も難しい課題と言われています。人間は、関係性が深まるほど課題の分離が難しくなるからです。
その中でも、愛情関係の最も原始的なものは母子の愛情と言われています。なぜなら、それは無条件の愛だからです。不完全な生命体である子供は、親から愛されることが必然です。逆に愛されている間は、依存している状態になります。
つまり、親に経済的に頼らずにひとりで生活できていたとしても、愛されることを求めている間は、自立したとは言えないということです。アドラーは、「自立」の手段こそが自ら誰かを愛することだと述べています。愛する、つまり与えるためには見返りを求めない勇気が必要だからです。
「もしかしたら、与えても返してくれないかも知れない」という不安に打ち勝って、自分から誰かを愛する必要があるのです。
アイドルがオタクを「愛する」
オタクとアイドルの関係性は、特殊なものと言えます。それはお金が絡んでいるからだと思います。「アイドルがオタクを愛することなんてない!」って思われるかも知れませんが、それはもしかしたら悪いイメージに冒されているだけかもしれません。
少なくとも、アイドルが売れるためにはアドラーの言う「自立」が必要で、それはきっと愛に近いものだと思います。
アイドルは、ファンがついてきてくれるか分からない段階でレッスンを始め、衣装に身を包んでサービスを提供します。そしてそれを良いと思ってくれた人がお金を出してくれることで、対価を得られるのです。
もちろん最近ではライブや特典会だけでなく、SNSやオンライントークなど、様々な場所で色々な愛を与えなくてはいけないので、決して単純ではありません。
オタクがアイドルを「愛する」
オタクがアイドルに注ぐ感情は人によって異なるとは思いますが、たぶん愛情も含まれると思います。
ただ、オタクがアイドルをどれくらい好きかということを評価するには、「お金」と「お金以外」の両方を考える必要があります。よく見られるのは「好きならお金を出して当然」、つまりお金だけを評価する姿勢です。「誠意は金額」とは言い得て妙だと思います。
しかし、本当にそうでしょうか?
確かにお金で強さを測るのは分かりやすいですが、それだけでは不十分だと思います。「お金を払ったらなんでもしていいの?」というのは、飲食店でアルバイト経験のある人なら誰もが覚えたことがあるでしょう。
結局オタクが欲しいのって「誰かに認めてもらう」ことじゃないかと思います。それがたまたまアイドルとか、他のオタクだっただけで。もしアイドルに「可愛い女の子と話せる」以上の何かを求めるのなら、少しくらいは意識的に「愛する」こともありなんじゃないでしょうか?
推すための「勇気」
よく「愛しあったのは運命だった」という表現を聞くことがありますが、これはアドラー心理学的には少し間違えています。正確には「愛し合ったのは運命と2人の努力のおかげ」なのです。
同じことはオタクの「推す」という行為でも同じだと認識しています。推し始めるのは運命でも、推し続けるのは努力だと思います。
実際、ライブを見てると「どのグループも推せる」だったり、「正直誰が推しメンでもいい」と思うことは少なくありません。「推す」というのはそれらの可能性を全て排除して、この1人に注ぐと決める勇気が必要なのです。
もちろん、「オタクは推しメンを1人に決めなくてはならない」という法律は存在しません。好きなように楽しめばいいと思いますが、時にはここだと決めて努力したほうが、実はもっと楽しいのかもしれませんね。
アイドルがオタクと「繋がる」気持ち(追記: 2023/7/28)
先日、Jams Collectionの小此木流花(おこのぎるか)さんのWebページの連載を読みました。これがとても良かったので紹介させてください。
この中で小此木さんは地下アイドルとオタク繋がりについて「不思議な気持ちになる」と前置きしたうえで、繋がりに関するアイドル側の視点を語ってくれています。
気になった方は、ぜひ全文読んでみてください。
アキシブproject、TikTokインフルエンサー、そしてジャムズという経験を積み重ねてきている小此木さんが語っている点で、これは少なからずのアイドルが感じていることに近いのではないかと思います。
地下アイドルは自分のパーソナリティを100%切り離せるわけでなく、「アイドルがオタクに寄せる好意」と「異性に寄せる好意」を混同せざるを得ないということではないのでしょうか?
しかし、ここで「え、じゃあ卒業まで推し続ければ繋がれるってこと?」と考えるのは少し違う気もします。アイドルにとって、オタクとしては好きだけど異性としては好きじゃない可能性は十分にあるからです。勘違いはいけません。
ただひとつ言えるのは、アイドルからの好意を「どうせ営業だろ」と切り捨てる必要はないということです。そこでオタクも「オタクとしての好意」と「異性としての好意」がごちゃまぜでもいいので、その気持ちに応える必要があるのでしょう。そうしたら、異性愛とも親子愛とも違った、アイドルとオタクだけの素敵な関係が築けるのかもしれませんね。
おわりに
まとめます。
推すことは、逃げなのか、攻めなのか。
以上です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?