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なにもはいっていません

「なにも
   はいって
     いません。」
昨日のわたしの投稿写真より

ふーん。そっか、はいっていないのか…

と、物思いにふけつつ、
一年前の投稿を振り返ってみました。文末に昨年の投稿のページを貼っておきます。何も持っていない気がしてしまうのは自分の大切なものを日々のことですり減らしているからなのかな。

減っているかもしれないけど、家族や近くにいる誰かのためなので、不幸だとは思わない。

昨日の投稿写真

なにもはいっていません。そうそう、昨日の投稿写真のことばなんですけど、なんでそんなことを書いたんだろう?って娘たちに聞いてもわたしの欲しい答えが返ってこなかったので、書いたであろう我が家の主人に聞いてみなくては。

ちなみに自分で言っておいて否定するのだけれど、欲しい答えがあるわけじゃない
特にそこに意味はないのでしょう。主人も面白いなって思って書いたのだと思うから、それでいいじゃない。そしてわたしも面白いって思う。うんうん!

ユーモアが欲しい!

何でそこにそんなことばを書いたのかの説明ではなく、ユーモアで返してもらえるといいなとそう思います。その気持ちを押し付けちゃうとただのわがままなので日常生活の範囲のユーモアでオッケーです^ ^

TVゲーム

はぁ。そして今日は娘に叱ってしまいました。テストの点が悪かったことを責めすぎました。TVゲームをさせてるのはわたしだったのかもしれないのに。子どもと一緒に遊びながらお勉強への誘導とかうまくやれたのかもしれないのに。

娘がTVゲームに夢中になってる間にわたしは自分の大切なもののことばかり考えていました。

バランスを取らなくては。

娘ばかりを責めてはいけない。
今日の反省でした〜

強い気持ちを明日へ

何も持っていないかもしれないけど、この一年は素敵な一年だったと言える。コロナが続いて半ばうんざりしてるけど、日々加速することを求めてしまうそのスピードを調整しなければいけない。強い気持ちが必要だと思う。
誰もどこにもいかない。離れていかない。ずっとそこにいる。

十数年ぶりに会った人に「変わらないね」と言われることがある。自分がどうやら20年経っても変わっていないらしい。そういう風に見えるとするなら嬉しいな。そういうことを考えている人を見たときも同様に嬉しいと思う。何かを失いそうになるんだけど、また20年後も「変わらないね」と言ってもらえるように明日を過ごそうと思う。
それで、それで?わたしは一年前にどう思ったの?
(下記の投稿を読んで、追記▼)
あらあら、娘を叱ったことを反省している文末の様子。一年前と同じ反省をしている事がわかりました…

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