別の時空へ、20分。

陽が沈みきってからの、散歩が好きだ。

真夏の日中は、毛皮を着た犬の肉球にとっても、寒冷地仕様な私の身体にとっても、散歩するには危険が多い。だから、夜ごはんのあとひと息ついてから、近所をぐるりと歩く。

画像1

私の住む住宅街では、夜はほとんど人に会わない。車も1、2台すれ違うくらいで、伸縮リードで好きに歩かせてもほとんど危険がない。彼女は土手に近寄ったり、電柱にちょっと鼻を寄せたり、ピョンコピョンコとスキップしたりして楽しんでいる。

私はそんな彼女に気を配りつつ、家々の、主に二階を眺める。部屋のあかりで、日中は見えないものが見えるのが楽しいのだ。

和室の天井に物干し場を作っている家、全開の勝手口から見える洗い物をするご婦人、今にも崩れそうなほどにダンボールが天井近く積まれている家、素敵なペンダントライトが印象的な家、数人の笑い声が響く事務所、室内から私を見つけて手を振ってくれるご近所さん、まんまるの満月のような玄関灯のおうち……

暑さの残る中、ハァハァしている(だから笑っているように見える)犬とアイコンタクトしながら、眠りに向かうまでの、ゆっくりと落ちていく世界に混ざり込む。

画像2

家族の在宅ワークや学校の夏休みで、ひとりになることが極端に少なくなった今。外へ出ればマスク姿の人々と距離をとり、必要なことだけを済ませて帰る日々。

他人とは遠く、家族とは近く、それはそれでもう慣れたのだけれど、自由にフワフワと思うままに歩いたり眺めたり、ひとり妄想したりすることに喜んでいる自分は、やっぱりすこし、疲れているのかもしれない。

ひときわ明るい金星に名残惜しさを感じつつ、玄関のドアを開ける。「おかえり〜」という声で、現実に戻る。

ほんの20分の、時空移動。

また今度、付き合ってね。

画像3


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?