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人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか 中川毅著 講談社ブルーバックス(2017年2月発行)

本書はとあるオーディオブックのサイトで聴き放題に入っていたので何気なく聞いてみて「面白いじゃん」と思ったのであえて購入したものです。
本書は人類が生き延びてきた数万年の気候変動を福井県の湖の湖底に眠る資料が読み解き、気候変動のメカニズムを読み解いています。
新しい知見に満ちた傑作でした。
概略としては次の通り。

福井県・水月湖に堆積する「年縞」。
何万年も前の出来事を年輪のように1年刻みで記録し、現在、年代測定の世界標準となっている。
その年縞が明らかにしたのが、現代の温暖化を遥かにしのぐ「激変する気候」だった。過去の詳細な記録から気候変動のメカニズムに迫り、人類史のスケールで現代を見つめなおす。

裏表紙

本書は全6章から構成されています。

プロローグ──「想定」の限界
○年に一度という表現と気象災害における「想定外」という言葉について古気候学の博士らしい冷静な表現で紹介されています。

第1章 気候の歴史をさかのぼる
過去の資料を基にして将来の気候を予測できるのかどうかという観点で語られると同時に本書全体の予備知識を得られます。

第2章 気候変動に法則性はあるのか
第1章を踏まえ、理論の面から法則性(変動の予測)の有無について語られます。その法則についてもよく天気予報で言われる「平年」というレベルではなく、大きな時間単位の中での気候変動について語られていきますが、どちらかといえば問題提起に近く、まだ結論は語られません。

第3章 気候学のタイムマシン──縞模様の地層「年縞」
福井県にある水月湖という湖に存在する「年縞」について語られます。なぜこの湖に「年縞」が残されているのか、という仕組みが興味深いです。本章と次章は著者を含む研究者たちのドキュメンタリーとなっています。

第4章 日本から生まれた世界標準
前章の内容がさらに詳しく語られます。最終的に「世界標準」となる「年縞」を取得するまでの苦労が読みごたえあり!です。それにしても福井県に「世界標準」があるとは、驚きでした。

第5章 15万年前から現代へ──解明された太古の景色
前章までに資料が揃いました。そして過去の気候を再現する最後の手がかりが「植生景観」であり、「花粉分析」です。この2つの手法を手に入れ、さらに地球の公転周期をかけ合わせることで、過去の景色を見ることができるようになりました。わかりやすいイラストも掲載されています。

第6章 過去の気候変動を再現する
そしていよいよ、過去の水月湖近辺での気候再現に取り掛かります。水月湖近辺での15万年間に及ぶ気候グラフは圧巻です。結論の一つとして氷期の終わりは劇的であり、現代が例外的に「安定的な時期」であることが示されます。

第7章 激動の気候史を生き抜いた人類
最終章ではこれらの気候変動が人類の発展にどのような影響を及ぼしたのかが語られます。前章でまとめられた氷期の終わりは1万数千年前。日本で言えば縄文時代にあたり、すでに人類が生活を始めています。本章では特に農耕に着目した記載が印象的でした。なかでも「農耕が始まらなかった理由」という節における気候不安定期の「農耕」と「狩猟採集」との比較は、今まであまり読んだことのない視点で、勉強になりました。

エピローグ──次に来る時代
最後に人類のこれからについてまとめが語られます。気候という観点で言うと「地球温暖化」というキーワードで悲観的に語られることが多いのですが、本書のまとめとしては「人類の適応性」と「数十億の人類による相互作用の知恵の発揮」に希望をもって終わります。

読了したときに感じたのは「なんと理知的な構成なんだろう」ということでした。各章においてそこでのテーマがしっかりと語られながら次章への伏線や予備知識が語られ、次章でその内容が詳しく語られるとともにさらにその次章へつながる。名探偵の謎解きを読んでいるみたいでした。

専門知識がわかりやすく紹介されている新書も数ありますが、ここまで素直に読める新書は初めてです。本当に良書です。


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