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よるのはなし

静かと言うにはあまりに音が多く、
でも私の耳にはどれも均一に、
ノイズのように聞こえるので、
やっぱり"静かな夜"と形容するしか
しっくりくる言葉がなかった。

スヤスヤと眠る生き物の気配。

時折、どこかでカラスが鳴いている。
夜中とは言え、ここいら一帯は
真っ暗闇になると言うことはない。

カーテンの隙間から、
外の街灯の不自然なまでの
オレンジ色が遠慮がちに差し込む。

あともう30分もすれば、
朝の青白さがそこに加わるだろう。

カーテンの隙間から私は、
夜と朝の境界線を見ている。

過ぎ去りし、夜。
夜のはなし、をしよう。

夜は、思いのほか有限だ。
眠ってしまえば、それこそ
瞬きの間に過ぎ去ってしまう。

でも、皆が寝静まった夜にひとり
取り残された時はまるで永遠のように
終わりのない世界が広がっている。

何でもできそうな気持ちにも、
何処へでもいけそうな気持ちにも、
世界にひとりぼっちな気持ちにも、
誰もが愛おしく思える気持ちにも、
不思議となる。

夜は、自分と世界の境界線が曖昧になる。

【じぶん】というものが
ただ暗闇に二つ光る目玉だけの
なんだかボヤッとしているのかいないのか
わからない気味の悪い生き物に思える。

「わたしは、」

声を出してはじめて、
ここに居るのが【わたし】という
モノだと境界線が引かれるような。

闇に溶けてしまってもいいのかも、
そんな浮遊感にも似た気持ちが湧く。

夜の闇は恐ろしく、
また何処か安心した。

誰にも見咎められる事はない。
誰にも感知される事はない。

孤独、は決して悪いものではない。
じぶんの時間だ。一人きりで、
誰にも邪魔されない事だ。

でも、ふと思いだす。
子供の頃に思考がもどる。

深夜に目が覚めた時、
隣にいたはずの母が
居なくなっていた事。

理屈は、知っていた。
どうしてなのか、またそれが
仕方ない事だという事も。

今はもう、子供ですらないのだ。
親と眠る事だって、もうない。

いつからか一人で眠れるようになった。
それが果たしていつからだったか、は
もうとっくの昔に忘れてしまっている。

夜は、思っているより有限だ。
明るい昼間には考えもしない事が、
ふとした瞬間に頭に浮かぶ。

浮かんで、そして、なかなか消えない。

色んな境界線が曖昧になる。

忘れていた筈の記憶も記録も、
忘れたくない思いも想いも、
ないまぜにされてしまう。

大事なモノが見えたり、
大事なモノを見失ったり、
あの日気付かなかった事が見えたり、
あの日見えなかったモノが見えたり、
泣きたいのか、
笑いたいのか、

それすら、よくわからなくなる。

あと15分もすれば、
外は青みがかった
朝になるだろう。

昨日降り続いた雨で、
道路はきっと濡れている。
朝日がさせばキラキラと輝く。

私は、夜に何かを置いていく。

大事なものだったり、
忘れたいものだったり、
「また取りに来るから、ね」
と、夜に約束をして。

境界線を引き直すように、
私は、そうっと目を瞑る。

暗闇の中光る二つの目玉は、
いつの間にか人の形をとる。

それを、私は今日も【わたし】と呼ぶ。
誰かに名を呼ばれるみたいにして、
私は【わたし】を認識する。

夜の、はなしをしよう。
明日もまたきっと会えるから。


2020/05/17   佳石

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