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親ガチャってなんだよ

どうも、学生時代喫茶店でアルバイトしてたくせに30過ぎてからコーヒー飲むと気持ち悪くなるようになった、でお馴染みの私です。

体質って変わるんですよね。

今日のテーマは"親ガチャ"

自分のことをダメな母親だと思うことはありますでしょうか?

私はあります。
なんなら、私はダメな母親だー!と
我が子の前で泣き崩れたこともあります。

こんな母親のもとに産まれてきて、
アンタは可哀想や!
もっといいお母さんのところに産まれてきたらよかったやろ?
我が子を問い詰め、、、

と、完全にあの時は精神が病みまくってましたね。

その時、娘は私になんと言ったかと言うと
『ママ、大丈夫やで。許すから。ママ頑張ってるやん。』
って。

どっちが親かわかりまへん。笑

親ガチャっていう言葉があるらしく、
産まれてくる子どもは親を選べない。という意味らしいです。

あんな親のもとに産まれて、親ガチャハズレだわ!
みたいに使うんですかね?

私が生命の誕生を學んできたルートから言うと
選べないのは子ではなく親の方だと私は思っています。

子どもは親を選んでくると私は思っています。

あくまで私は。
私の場合はこの考え方で救われたと言ってもいい。

こういう言い方をすると、
なかなか子どもが出来なくて悩んでいる方は、
自分は選んでもらえないのかと辛く感じるかもしれませんが、
そこは少し話が違っていて、
子どもがなかなかできないのは、選んでもらえないのではなく、
夫婦の準備が整ってないと言った方がいいかもしれません。

栄養面や精神面、ストレス耐性、身体面、環境面など、
何かの準備ができていないことで、
選んでもらうための棚にまだ並んでいない状態。。という感じでしょうか?

そこは、準備ができれば、、というところ。

少し話を戻します。

私は、子どもは親を選んで産まれてくると言う概念に触れたとき、
私のダメな部分もちゃんと見た上で選んで、
私のところに産まれてきたんだろうなーと思ったんですよ。

お空の上から見ていたとしたら、

他の誰にも見せないような
ズボラするところとか、
自分のやりたいことだけに集中したがるところとか、
興味ない話は聞いてないとことか、
素直に謝らないところとか、
感情ジェットコースターなところとか。

そんな私のありのままを見た上で
選んで来てくれてるとしたら、

そんな無理していい母親でいようなんてしなくていいのかも。

ダメな自分は愛せないなんてことはないはず。
デキる自分も、ダメな自分もかけがえのない愛すべき自分。

そのことを教えにきてくれているのかな。
って、今のところ思ってる。

これが反抗期になったら、
今まで許してくれていた我が子も
もしかしたら、
『親ガチャハズレだわ!怒』
とか言っちゃってるかもしれんけど、

それでもあんたは、わかってて私のところに来たはずだよって胸張って言ってやりたい。笑

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