見出し画像

コンクールを受けよ

さて、今年も夏―――琉球古典芸能コンクール(以下、コンクール)の季節がやってきました。

沖縄が世界に誇る琉球芸能。

毎年7~8月(タイムスは5月~)に審査がスタートするコンクールは、芸の道を極める猛者たちにとって避けては通れない試練の場であります。

とくに、舞踊を習っているとわかるや否や「じゃあ賞はどこまで取ったの?」という話題になるのは、県民のあいだではもはやイー〇ックの台詞くらい会話の定型文と化している(なぜか三線とかだとあまり訊かれない気がする)。

コンクールの概要については一つ前の記事で長ったらしくお話しましたので、本日は息抜きがてら、賞を取るor取らないについての私見を語ります。



県民に広く認知されている「賞」

前回お話したとおり、コンクールおよびそこで取得できる資格が「賞」と呼ばれるものでございまして、「舞踊の腕前どんくらい?」を示す大きな基準となります。

これは普段芸能に触れていない沖縄県民のあいだでもそれなりに知られておりまして、冒頭で申し上げた通り「舞踊習ってます」と言ったらば「賞はどこまで取ったの?」と問われること必至である。ここで「新人は取った」と返せば、たいていは「頑張ったのねぇ」とお褒めの言葉をいただけます。「最高賞まで終わりました」といえば、「あい、踊りの先生になれるねぇ~!」とびっくり仰天されることでしょう。

問うてきた相手がごく一般的な県民であれば。

意外と取得率の高い新人賞

他方、まったく一般的ではない(語弊がある)琉球芸能に従事している方々にとっての新人賞はいったいどのような位置づけなのだろうか。

新人賞はコンクールのデビュー戦。

これを受けると決めるだけでも相当な気合と覚悟が必要です。それを乗り越えているのだから、そりゃあ頑張ったに違いない。なんせ一番若い子だと中学2年生で新人賞を受けるのである。勉強も忙しく遊びたい盛りの夏であろうに、それらよりも舞踊に集中したいと思えるのは素晴らしいことだと、私は思います。

・・・・・・で、あるが。

舞踊の先生方からすると、新人賞というのは「誰でも取っていくもの」

(私一回落ちたんですけど~~~~???)

新人とて決して楽勝ペッペーな審査ではないのですが、己が新人賞を取った今、先生方のこの言葉には同意できるところは大きいなとも思います。

というのも、私の周りも新人賞止まりの人が多い。

会社の同僚とか知り合いのバスガイドのお姉さんとか・・・・・・。
あと今年一緒に優秀賞を受験予定だった高校生ちゃんは、申込用紙提出の前日の夜に「ワタシ、コトシ、ユウシュウ、ウケナイヨ」とフェードアウトした。

そしてそのほとんどが、「新人は取ったけどコンクールはもういいかなぁ!」と清々しい顔でおっしゃるのである。たしかに、私も新人取ったあと「なぁんか達成感あるし心の靄も晴れたしもういいかなぁ!」とか一瞬思ってしまったわ。一瞬ね。

これはコンクールの応募・合格状況からも数字としてよくわかるわけで。

たとえば、新報の第55回コンクールでは、舞踊新人の合格者数は133名(応募者は154名)。対して今年おこなわれる第58回の舞踊優秀への応募者数は74名。
第55回の新人合格者133名はちょうど今年から優秀賞の受験資格を得られるわけですが(受験のあいだを最低2年空ける)、そのうち今年優秀を受験するのは74名。前回新人を取ったうちの半数とちょっと、ということです。まあ、半数超えてるから、良いほうなのかもしれませんが。

つまり、新人賞を取った3年後、優秀賞の受験者というのは半減するわけだ。それを端的に言い表したのが「新人は誰でも取っていくもの」ということなのである。


新人賞を取ったあとが勝負

新人を取得したあとが続かない。

単に優秀を受けないだけでなく、道場そのものをフェードアウトしてしまう生徒はかなりいるな、というのを私も感じました。原因はそれぞれ個々の理由があるのでしょうが、だいたい以下の2つでしょう。

◆進学

新人賞を受験できるのは14歳、中学2年生から。
では、コンクールに合格した次の年が何に当たるかというと、高校受験
中3になると受験に備えて稽古日数を減らしたり、しばらくお休みする子たちが多い。そして高校2年で優秀賞を受けることができるわけだが、、、受験の苦しみから解放され学校での友達も増え、部活やバイトに憧れ彼氏ができ・・・・・・あとは察せ。

◆社会生活との両立

進学・就職を経ると、どうしてもそちらのほうに生活の重きを置きがちになります。当然だ。生活のため、月謝のためには働かねばならぬ。

高校在学中に優秀賞まで漕ぎつけなければ社会人になってから受けることになるわけだが、毎日馬車馬のように働かされたその足で夜の稽古に出向き、土日の休みも朝から夕方まで稽古をし・・・・・・無理ゲーくないか?よほどホワイトな職場であれば両立が可能かもしれないが、低賃金重労働で名を轟かせている沖縄にそんな職場がどれだけあることやら。

そもそも、このふたつが引っ掛かりになる根本的な原因は「舞踊で食っていけない」という現実があるということも大きいでしょう。高校生にもなると将来のことも考えはじめる頃であるし、大人であれば今の生活をどうやって維持していけるかで必死です。「食っていくこと」を優先するのは仕方のないことだと思う。

しかし、このような厳しい環境で稽古とコンクールを続けてきた方たちが、琉球芸能の発展を支えているわけなので、まったく続けられないというわけではないのだが・・・・・・。

(まぁ、嫌味な言い方をすると、環境やタイミングも含めて篩にかけているわけですね)


賞を取ると何ができる?

先程、踊りで食ってはいけないと述べましたが、賞を取ることもまた然り。

運転免許や学歴、語学やFPのように取れば就活に有利というわけではありませんし、賞や免許を取って道場で先生の代わりに子どもたちに稽古をつけていてもバイト料がもらえるわけでもありません。

だったら賞を取っていったい何になるんだってばよと思われるかもしれませんが、舞踊家―――実演家としての活動を考えている場合や道場の即戦力として舞台に出演したいのであれば賞を取ることは必須であります。

各自治体の芸能団体協議会や県主催の舞台等では、演目によっては「新人賞以上」や「最高賞もしくは教師免許以上」など賞を基準に出演者を募ることがほどんど。「各道場から〇人ずつ」という感じで依頼がかかりまして、人手が足りない場合は名義貸しをしますが。。

ちなみに、あの観光名所・首里城の系図座で催されている「舞への誘い」の出演者は、新人賞以上と定められています(事前に提出する書類に受賞年度と回を記入するらしいです)。

つまり、沖縄県内においては、賞を取っていなければ公式な場で踊りを披露することができないといっても過言ではないのである―――。

◆賞って内申書や履歴書に書けないの?

書けないことはないですが、語学や職業に直結する資格と比べると断然弱いと思われます。

ひと昔前は「沖縄で働くときは舞踊の賞を取っていると印象良くて有利!」という話も聞こえましたが、高校受験の内申点も部活動における大会出場や英検・漢検に比べると明らかに点数が低いですし(そもそも推薦入試の個性表現以外の項目だと何の項目で点数換算すればいいのか学校側もよくわかっていない)、就活だと会社側に「舞踊やってるとちゃんと働ける?」みたいな不安要素を与えかねませんゆえ(私は舞台やリハでかなり会社側に気を遣ってもらっている)。

ちなみに、私は高校の推薦入試は個性表現分野で受験しました。

平成の話なので参考になるかはわかりませんが、個性表現での受験って、書道だったら受験会場で文字を書く、舞踊だったら踊る、といったいわゆる実技試験。
私は稽古着のままで踊って偶然にも合格したわけですが。
あれは踊りが良かったから合格したというより付加問題の点数が合格ラインに達していただけなんだろうなと今でも思っています(推薦入試でもペーパーテストがある学校だった)。

だってあの時期、全然稽古してなかったもん。


受けないとダメなんですか?

10年ほど前までは私もそう思ってました。

踊りや着物はそれなりに好きだけど、別に舞台に出たいわけじゃないし。それにド貧乏かつ勉学だけでヒィヒィハァハァゆっとる要領の悪い学生でしたので、将来のことを考えると舞踊に投資する時間と金は捻出できない。

そんなこんなで中学2年生以降もコンクールを受けずに過ごしました。そののち、先生がご病気だったこともあり、それからというもの、ほとんどやめた同然の状況に。

◆最大かつ最強のモノサシ

ところが、時は平成の末。

就職したら舞踊をやめようと思っていた私は、今後どこかで踊る機会も得られないだろうしと、思い出作りの一環として学校の芸能サークルに入りました。

このとき、地謡(三線)をやっていた同級生から「賞も取ってないどこの道場かも知らないお前はサークルの舞台にでないほうが良い」と言われ、賞という指標の重要性を実感しました。ごく一般的なメンタルしか持ち得なかったあの頃の私は真夜中にひとり、暗い洗面台でこっそりと涙を流したが。

芸能系の有志団体だと、部活動やサークルであっても、すでに道場に通っていて賞を取っている人材を部員として獲得したいという傾向が強いのでしょう。そのほうがラクだもんね。
事実、サークル内で舞踊の稽古をつけてもらう機会はなく。

せめての思い出に、と入ったサークルの実態が賞未満お断りでおっかなびっくりでありました。最初に言ってよ。

それからというもの、賞を取っていないことは私のなかで大きな劣等感として居座り続けました。紆余曲折を経て新しく師匠を見つけ、一から稽古に励んで新人賞を取ったあとは、それはそれはもう憑き物が落ちたような気分でありました。

それほどに、賞という基準は重要視されているのであります。

◆技を磨く機会

また、余所様からどう見られるかというよりも、単純にコンクール稽古をして賞を取ったほうが技術が早く大きく向上します。これは実感した。

普段の稽古ではカバーしきれない細かい部分を指導してもらえますし、なんといっても稽古をこなす回数が桁違い。さらに、賞を取ったあとは着付けや化粧も含めてそれ相応の実力を求められますので、それはそれはもう必死で体面を保とうとします。さすれば自然とひとりでできることというのが増えますので、舞台の支度などがだいぶ楽になります。

(自分で着付けや化粧ができるようになると、個人的に余興を受けられるので臨時収入を得ることもできる。)

実演家として有名になりたいとまでは思っていなくとも、舞台に出続けたい、人前で踊っていたいと少しでも思うのであれば、せめて新人賞は取っておくことをお勧めします。

賞だけがすべてではないけれど

個人的には、賞を受けるだけがすべてではないと思っています。

しかし、私自身が長年コンクールを受けていなかったことで、精神的にも技術的にもだいぶ苦労をしましたので、受けないほうがいいとは言えません。
けれども、時間やお金が絡む自分自身ではどうにもできない状況のなかで、賞を取っておらずとも舞踊を続けられる環境が、学生時代の私は欲しかった。甘えた考えではありますが、舞台のうえでなくともいいのでどこかで踊りたかった。

とはいえ、これが賞を受けたいと思うきっかけになったわけなので、決して悪い経験ではなかったと思います。良くもないけれど。

つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?