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vol.144 又吉直樹「月と散文」を読んで
ネットで見る又吉直樹の空気感に心地よさを感じている。芥川や太宰が大好きだと公言している著者と、近代文学ばかり読んでいる僕とは、勝手ながらおもしろいなぁと思う感覚が似ているのかもしれない。
彼の視点は気付かされる部分も多い。「東京百景」のころからずっとその言動にも興味を持っている。小説「火花」も「劇場」も「人間」も、社会の隅っこで息をしている人のことが描かれており、興味深いテーマだ。
近代文学は、著者が実際に経験したことや感じたことを基に、創作されているものが多い。このエッセイも、著者が子どもの頃から今まで過ごす中で、何をどう感じてきたか、学んできたか、様々なエピソードを踏まえながら描かれている。まさに「人間又吉直樹の人柄」が表れていた。子どもの頃の「満月」と、大人になってからの「二日月」の2部構成で、66のエピソードから成る。かなり分厚い。
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全体から、人への優しさや配慮のようなものを感じる。いろんな考え方があることを受け止めている人だとも思う。人の行動の背景も深く想像している。たとえばこんな項がある。
「ほんまは怒ってないで」
「誰かの人生の一定期間を指して、「あの時、彼は肉食系男子だった」という言葉はすでに破綻している。一時的な状態を生涯その人に背負わせるのはおかしい。・少なくとも、恋愛や性愛という尊い関係性のもとで成り立つはずのものを、『捕食』を連想させるような言葉で喩えるのはやはり下品だと考える。」
人の言動を深く多面的に捉えている。その上で「その時はそうだったのかもしれないな」、「そういう気持ちになることもあるよな」「この人からするとそりゃそうだ」など、ある一面を捉えて全てを語ることを決してしない感性に共感できる。
また、芯の強さもにじませる。
「あの頃のように本を愛せなくなってしまった」
「書店が恐ろしくなった理由は、僕が小説を発表したことに対する一部の文学者の反応に失望したことが大きい。『芸人が小説を書いた』という側面だけで語られることが多かった。本来は、性別や年齢や国籍や職業などあらゆる事柄が、差別されることなく平等であるべきだということに、価値を置いていたはずの言論の人達が、露骨に「芸人が書いた小説」という文脈だけを切り取って語ろうとしていた。それでは、『今の時代、差別は駄目』と言っている低俗な輩と同じではないか。差別はいつでも駄目なんだよ。」
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こんな感性の著者だから彼の文章をもっと読みたくなる。心の奥底にある感覚は詩的にさえ思える。NHK朝ドラの「舞い上がれ」八木のおっちゃん(演:又吉直樹)のセリフを思い出す。
「生きていくいうのはな、大勢で船に乗って旅するもんや。みんなが船の上でパーティーしてる時、おっちゃんは苦しくなるねん。それで冷たい海に飛び込んで、底へ底へ潜っていって、そこに咲いている花、必死で摘み取って、船の上へ戻ってくる。そしたらしばらく息できんねん。その花が、詩ぃや」
言葉を絞り出す又吉が演じる「八木のおっちゃん」と、「月と散文」から香り立つ又吉直樹が重なる。
おわり
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