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vol.138 森鷗外「じいさんばあさん」を読んで

ばあさんの名は「るん」71歳。過酷な運命の中でも献身的に生きてきた。37年ぶりに再開したじいさんと、今、仲睦まじく暮らし始めた。

この物語「じいさんばあさん」だが、ばあさんの存在が光っている。「るんばあさん」に会って話がしたい。自分の人生をどう思っているのか、その心の中をのぞきたい。

時代は江戸中期、主従関係に基づく統治の中では、女性は自分で生き方を選べなかった。「るんばあさん」も、家の事情、夫の事情、お上の事情に左右されながら、その時々で身の置き方を強いられていたに違いない。

「るんばあさん」の人生は、人と比べると悲しみの多いものだっただろう。子どもを亡くし、身内に尽くし、悲運のままに生きてきた。そんな中でも品の良さを保ち続ける「るんばあさん」。明治の鷗外が描く理想の女性なのかもしれない。

夫、じいさんにも触れておく。

じいさんの名は「伊織」72歳。

武士の意地なのか誇りなのか知らないけれど、「伊織じいさん」、臨月の妻と80代の祖母を路頭に迷わせてはいけない。

名刀の披露の席で「伊織じいさん」には冷静になって欲しかった。一瞬の怒りのままに振る舞うとどうなるか、「伊織じいさん」にも予想がついたはず。結果は37年間妻を苦しめた。

作品紹介 

1915年作 史料を典拠に作られた14ページの歴史短編小説 三部構成

江戸中期の頃、現在の水道橋あたりに「じいさんとばあさん」が引っ越してきた。その老夫婦を好奇の目で見る近隣を描いた第一部。時は遡って、この「じいさんばあさん」が婚姻に至るまでと、別居に至るまでの経緯が第二部。そして別居後のばあさんの生活と、37年ぶりに再開したふたりの微笑ましい生活を描いた第三部。(紹介おわり)

歌舞伎座 中村勘三郎 & 長谷川一夫 (1973年)

この物語もいろんな角度から読める。

運命に従順に生き、待ち、耐えることで、人生の安らぎを持てた夫婦として、賛美を送りながら清々しく読み終えることもあるだろう。

当時の道徳的な生き方を考える史料として読むこともできるかもしええない。

僕は、何があってもぶれずに生き抜いた「るんばあさん」の意志力が、この物語をぐっと深めているように思った。

イメージ図

いま病院の待合室に居る。たくさんの「じいさんばあさん」といっしょに座っている。ぼんやりその背中を見る。「いろんな人生をたどって今ここに座っているのだろう」と勝手に想像している。自分の人生も振り返る。いつか余生と自覚する時、生きてきた人生の話を聞きたいと思われる深みのあるじいさんになりたい。

おわり


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