インパクト投資のもやもやを考える(6)ESG投資との違い〈後半〉

主に実務者へのヒアリングから得た、「インパクト投資とESG投資との違い」に関する気づきをまとめています。前半で2つ、後半では残り3つについて書き記したいと思います。

違い③ ESG投資はマイナスに着目、インパクト投資はプラスに着目

そもそも何のために「社会的・環境的な影響を考慮する」のか? 地球が持続的であるため、は勿論のこととして、ここでは投資にとっての意味を考えてみたいと思います。これも、極めて単純化した対比ですが、ESG投資はリスク回避のため、インパクト投資はプラス創出のため、(という色彩が強い)と言うことができそうです。

ESG投資では、「ESG対応が遅れている会社は、それだけ将来の事業リスクが高い(たとえば、同業他社に比べて温室効果ガスの排出が多い企業は将来的に評価が下がる、あるいはペナルティが課せられる可能性が高い)ので、ESGを考慮することは、投資リスクの抑制につながりうる」というのが、ESGに配慮する大きな理由となっています。

一方、インパクト投資では、「大きな社会的・環境的インパクトが期待できる企業や機会に投資することで、そのインパクトを実現・拡大することができる」と考えます。また同時に、「それだけのインパクトを出す、つまり社会の要求に応えているのであれば、それが経済的なリターンの源泉にもなりうる」とも考えます。(もちろんすべての社会ニーズがビジネスになるわけではないため、リターンの期待は様々です。)

言い換えると、ESG投資は、ESGに配慮しないことがもたらす「リスク」に着目するのに対し、インパクト投資は、投資による社会的・環境的インパクトの拡大と、それによるリターンへの還元に着目する、という違いがあると言えます。(もちろん、ESG投資もインパクトやリターンを考慮し、インパクト投資もリスクを考慮するという側面も持ち合わせています。)


違い④ ESG投資は大企業、インパクト投資はベンチャー・中小企業

概念的には、ESG投資とインパクト投資は、対象となる企業の属性的な違いはありません。

けれど、実際的には(粗く言ってしまうと)、ESG投資の対象は大企業、インパクト投資の対象はベンチャー・中小企業に偏ると言えそうです。

ESG投資に当たっては、MSCIやFTSEなどの格付機関がつけるESG格付やESGレーティングが利用されています。QUICKの調査によれば、ESGスコア・レーティングを活用しているのは約60%ですが、規模の大きな投資ほどその傾向は高くなると考えられます。

この格付やレーティングは、すべての企業に与えられるものではなく、一定以上の規模(時価総額)の会社が対象になっています。その範囲は年々拡大していますが、現時点で国内では1,000銘柄前後が目安と言えるでしょう。(たとえばMSCIでは、2021年6月現在1274社が対象 (参照:MSCI) 。一方、2021年7月の上場会社数は約3,800)

つまり実際的には、ESG投資は、ESG格付を持つ企業、すなわち上場していて、一定程度以上の規模のところがその対象になりやすい、ということが言えます。

一方、インパクト投資の多くは、スタートアップなど、将来の大きな成長が期待される企業を対象としているファンドなどが主です。対象は広がりつつあり、上場企業へのインパクト投資も増えていますが、やはり「社会課題の解決をエンジンとして伸びていく企業や機会への投資」という側面を持つインパクト投資は、その性質上、ベンチャー・中小企業との親和性が高くなりやすいと考えられます。

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「日本におけるインパクト投資の現状と課題 -2020年度調査-」p63)

また、この違いは、〈前半〉②出自の違いにも起因すると考えられます。すなわち、ESG投資は、株式市場のプレイヤーの起草・署名から始まっているのに対し、インパクト投資は、株式市場外のプレイヤーを中心とする議論から生まれている、という違いが、両者の主要市場(対象)の違いに表れている、と考えられます。


違い⑤ ESG投資は比重、インパクト投資はゼロイチ

これもまた、単純化した比較ではありますが、ESG投資とインパクト投資の方法の違いです。ESG情報とインパクト情報の使われ方の違い、と言い換えられるかもしれません。

ESG投資の手法は7つありますが、その中で最も多い(88%の機関が実施する)のはESGインテグレーションです(参照:MSCI)。ESGインテグレーションとは、ESGの要素を体系的かつ明示的に投資判断に組み込む手法。

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投資信託協会

一般的なファンドでは、運用パフォーマンスの比較対象となるベンチマーク(多くはTOPIXなどの市場平均を表す指数)が設定されていて、外部または独自のESGスコアやレーティングなどを用いながら、高い会社は平均より組み入れを増やし、低い会社は組み入れを減らす、というかたちでポートフォリオ(銘柄の組み合わせ)の調整が行われます。それによって、分散投資を維持しながら、ESGを考慮しない単純な市場全体と比べて、リターン/リスクの高い運用をめざしていきます。

一方、インパクト投資は、「社会課題の解決をエンジンとして伸びていく企業や機会」を発見し、そこに投資する(逆にいえば、そうでない企業や機会であれば投資をしない)という判断になりえます。

もちろん、ESG投資やインパクト投資の手法は多様なため、上記に限らないものも多く存在しますが、オーソドックスな手法で単純化すると、ESG投資は、ESGへの配慮を投資比率(比重)に反映させるのに対し、インパクト投資は、インパクトへの考慮を投資するかしないかのゼロイチに反映させる、と言うことができそうです。

ただ近年、年金運用などに用いられ始めている「ESG指数」は、ESG評価の高い企業だけで構成されるため、こうした指数への連動をめざす、あるいはベンチマークとする運用においては、ESG評価の高い銘柄しか対象にならないという意味で、「ゼロイチ」に近い投資と言えるかもしれません。そして今後もこうした指数の開発や活用が増えてくれば、ESG投資も「ゼロイチ」に近づいていく、ということができるかもしれません。

一方で、海外では「インパクト指数」の開発や活用が始まっています。こうした試みは、インパクト投資を、ゼロイチから「比重」に近づけていく動きと捉えることもできるかもしれません。

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2回にわたって、主に実務家へのヒアリングを通じた「インパクト投資とESG投資との違い」についての気づきを記録しました。これは、ESG投資とインパクト投資を対比させ、どちらが良いか、優れているか、を議論することを意図したものではなく、あくまでも両社の「違い」に焦点を当てることを目的としたものです。

いま、あらゆる場面で叫ばれている「多様性」の大切さは、金融にも当てはまるかもしれません。より良い社会、持続可能な世界をつくる金融には、唯一絶対の正しい形があるわけではなく、様々な姿があり、それぞれが尊重され、それぞれの可能性が発揮されることが必要。だとしたら、「違い」を認識することが、その最初の一歩となりえます。

インパクト投資も、ESG投資も、その議論や実践は発展し続けていて、今後もその姿や形は変わり、それに伴って両者の関係性も変わり続けていくことと思います。またそれは、見る立場によって違う見え方をするものでもあります。

そうした多様性・流動性を認識しつつ、より良い社会、持続可能な世界のための金融のあり方について、ここで引き続き考えていきたいと思います。

(文・ケイスリー 今尾江美子)







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