横並び意識の脱却 ー他人の幸せを尺度にしない

こんにちは。

今更ですが、僕はかれこれ10年以上、企業で人事・労務関連の仕事をしています。その中で、いわゆる「人事制度」とか、「働き方制度」のようなものを改革したりする仕事を何度かしたことがあるのですが、そこで強く感じるのが、特に日本の古い文化の企業ほど「横並び意識が強い」ということです。

これ、なんでかなー、と考えたときに、労働組合の影響があるんですかね。最近は少しずつ変わってきたところもありますが、日本における労働組合の春闘って、ベースアップに代表されるように「全員一律の底上げ」が基本です。そうすると、必然的に「みんな平等」「不公平感がないように」という意識が形成されるのかなぁ、と。

全員が幸せになる制度は少ない

この横並び意識、人事担当者的には結構厄介です。特に昨今、働き方改革・自律的なキャリア開発・自由な働き方・・・等々、国も後押ししながらいろんな施策を進めていこうとしています。個人的にこの流れの全てを肯定するわけではないですが、この良し悪しはさておき、こういう施策を進めていこうとすると、同じ会社の中でも「対象者/非対象者」が出てくるケースが多くなります。わかりやすいところでいうと、在宅勤務は「工場のラインで働いている現場作業者はできないよね」というあたりですね。

で、やってる仕事も置かれている立場も違うんだから、「自分が対象にならない制度が新しくできる」っていうことって仕方ないことだと思うんですが、ここで「なんであいつらばっかり良い思いするんだ」って主張をする人が出てくるんですね。もっと言うと、「恩恵を受けられない俺は不利益を被っている」と言う人まで出てきます。

現実は、自分が対象じゃない制度ができたところで、その前後で本人にマイナスは1つも生まれていないので、そんなことは決してないんですが、なんかそう感じてしまうんでしょうね。この意識をちょっとずつでも変えていかないと、横並びで牛歩のような進み方しかできなくなりますし、結果みんなで足を引っ張りあって不幸になってしまいます。ここがこれからの人事施策の課題かな、と。

そして、これって人生の幸せ的なものにも繋がると思うんですよね。

他人の幸せを自分の尺度にしない

これは僕が常々言ってることではありますが、「自分の幸せの尺度を他人に置かない」ということは、楽しく生きる上でとても重要だとおもっています。他人が幸せになっても、別に自分が不幸になったわけではないんです。それはそれ、これはこれで、自分は自分の軸をしっかり持って、楽しく充実した人生を過ごしていきたいですね。

今日も1日頑張りましょう!

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