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教育の本質を見極める:最低限の学びと深い学びのバランス

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けテぶれチャンネルが始まりました。パーソナリティの葛原祥太です。このチャンネルでは、全国の子供たちが自ら考え、自ら学び、自ら生きられるようになるために考えられた教育実践「けテぶれQNKS心マトリクス」についてお話ししていきます。

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教師がお膳立てする学習の不自然さ

さて、本題に入ります。教師がハードルを上げすぎていませんか?より良い学びというものに神経質になりすぎていませんか?これは、私がよくこの放送で言っている「最低限の明示と上限の解放」という二要素から見たときに感じることです。

授業を見ていったときに、その視点はどこを目指しているのでしょうか。最低限を削り出そうとする目線なのか、上限を徹底的に解放させようとする目線なのか。考えてみると、どちらでもないような気がします。上限的な話ではあるのですが、教師がそれを実現しようとしている。つまり、解放はしていないのです。

教師が上限に引っ張り上げようとするような思考は、かえって学びを停滞させてしまうかもしれません。毎時間毎時間、そんな神経質に教材と向き合って、主体的に深めて対話してというようなことを1年間365日やりますか?授業時間は1年で1000時間です。それを研修だと思ってください。

1日9時から午後3時半まで毎日平日は研修です。そのどの時間でも、あなたは本質的な問いに向き合って深めて高めてということをしてくださいね、という研修デザインです。これで1年持ちますか?

研修講師がそれを引っ張り上げて、全ての時間そういう関わりをしながら個別のサポートをしながら頑張ります、というのを1年、朝から晩までやりますか?しかもこれは子供の目線からしたら義務教育だけで9年です。

そういう神経質に引っ張り上げる努力は、誰にとって幸せな努力なのでしょうか。このような発想では、子供が学ぶという世界に全くたどり着けそうにありません。

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「教科書」を学び切ろう

では、最低限と上限の解放、最低限はどこなのか。それは教科書です。教科書を全部学べたらそれでよくないですか?学力面で言えば、少なくとも教科書に示されている内容がちゃんと理解できたらそれで良いのではないでしょうか。

ただし、ここが難しいところです。最低限教科書ができていればいいというのは、どう判断するかというところで、教師が全部ペーパーテストでやってしまい、授業を全部流して「はい、この1時間、よく学べましたね。最低限OKですよ」というのは駄目だと思います。

座って聞いているだけの子もいるでしょう。その子は教科書のその時間のその単元の内容を勉強していません。YouTubeを見た方がよっぽどいいかもしれません。しかし、YouTubeを見て「はい合格」とは言いません。

見開き2ページをちゃんと自分でできているかどうか確認して、確かめて丸をつけて、間違えているならその間違いの原因を分析し、次はできるように練習する。そういったことを全ページにおいてやらないと、「ここは勉強できたね」とは言えないでしょう。

最低限に関して解像度を上げていくと、こういうことが見えてきます。ただ授業を受けて「OK、最低限合格」これはダメです。その子の中でちゃんとその学習が根を張っている状態を目指したいとなると、これは最低限だけでも結構難しいことがわかります。

「教科書」を学ぶという"最低限"を子どもたちは自分の力でどれくらいできるだろうか。

そして、これは本当に最低限なのです。法的拘束力がほぼあるような最低限です。ここが最低限なのだとすると、「深い学びが」とか「深い問いが」とか「子供たちの問いが」と言っている前に、「教科書をちゃんと学ぶということを、本当に子供たち一人一人ができていますか?」というのが最低限の問いかけになります。

確かに、教科書の学び、確実な学びの先には、学習集団から出た問いにみんなで深め合ったり、プロジェクト型の学習やパフォーマンス評価などがあります。しかし、それは遠いのです。まずスタートラインにみんな立っているか、つまり教科書を渡されて、その教科書の見開き1ページ2ページの内容をその子は45分かけて、ちゃんと自分の中に根を張らせられているか、という目線で見たときに、そこまでも達していないにもかかわらず、「深い」とか「発問が」とか言っているようなケースが非常に多いような気がします。

そして教科書を隅から隅まで十分に学び切る子どもたちをみた時、おそらく発問が、とか、深い学びは?とかいう発想は出て来ないのではないかとも思います。もう一度今持っている教科書をよくみてください。キャラクターが言っているセリフ一つ一つ、注釈に書かれている内容、補足資料やページ。それらすべてを学びきることと描いてみてください。それが学びとして不十分だと言えますか?


上限の解放については、また別の機会にお話しします。

今回の放送は少し長くなりましたが、これくらいの長さで話をまとめるのも良いかもしれません。私のだらだらと思いつくままに話すのは認知度があまりないのですが、このようにギュッとまとめる放送も頑張ってみたいと思います。まあ、すぐにやめるかもしれませんが、楽しく聞いていただければ幸いです。

では、明日の放送でまたお会いしましょう。バイバイ。

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