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7/31(金)

洗濯物を干してたら、いきなり声をかけられた。

びっくりして、桜色のタオルを一枚落としてしまった。
話しかけてきた男は落ちたのを見ていなかったのか、まったく気にせずに話す。

男は3日前に隣に引っ越してきたという。
蒸本と名乗った。

挨拶を交わし、ある程度世間話をしていると、蒸本さんは「ちょっと待っててください」と言って部屋に引っ込んだ。

待ってる間、地面に落ちたタオルを覗いてみると、まだ地面に落下せずにふわふわと宙を漂っていた。
さすが世界一軽いタオルだな、と浮遊するタオルを目で追っていると、蒸本さんがなにやら大きな球体を持ってやってきた。

「すみませんお待たせして これあいさつ回りで配っているのでよかったら」と言って、その謎の球体を渡された。

「それでは、失礼します」と引っ込もうとするので、呼び止めて「これなんですか」と聞くと、きょとんとした顔で「くす玉ですが」と言った。

よく見ると紐が付いている。
ぼくが恐る恐る観察していると、蒸本さんは「初めてですか」と言ってくす玉の説明をし始めた。

説明を聞いた手前、今すぐ開けざるを得ない空気になり、物干し竿にくす玉を垂らして、紐を思い切り引いてみた。

すると、くす玉はくるんと半回転して、上に向かってぱかっと開いた。
たくさんのひらひらした紙やリボンがあふれ出して、ベランダの外へ舞っていく。
それを追うように下を覗くと、まだ浮かんでいる桜色のタオルとカラフルな紙やリボンが合わさってなんとも美しい光景を作り出していた。

ぼくは「綺麗ですね」と言って、蒸本さんを見ると、ウインクをしてきた。

しばらく見ていると、下になにか見えた。

目を細めてよく見てみると、人だった。
黒のタキシードにシルクハットを被った紳士が学習机と椅子に座って、おもむろにステーキを食べている。

やばい、と思うと、タオルとくす玉の中身が紳士に向かって降りかかった。紳士は紙やリボンに包まれ、タオルで顔を覆われた。
紳士は突然のことに、パニックになって腕を振り回しながらきりきり舞い。
その姿は正直とても滑稽で、蒸本さんも我慢できずに吹き出した。

紳士はしばらく暴れてから、顔を覆っていたのがただのタオルだということに気付くと、ほっとした表情を浮かべて胸を撫で下ろして席に戻った。

席に着くと紳士は突然固まった。
机の上の食べかけのステーキに紙やリボンがびったり貼り付いている。

紳士がプルプル震えながら、顔を上げた。
ぼくとばっちり目が合った。
ぼくは狼狽して、助けを求めるように隣のベランダを見ると、蒸本さんがいなかった。

逃げやがった。
ぼくも逃げようと思ったが、紳士がゴルフバッグから海賊みたいな剣を取り出してぼくの方に向けてきたので、謝りに行った。

紳士は顔に似合わないアニメ声でねちねちと説教してきた。
最後には「私の剣を貸してあげるから今度一緒にイチゴ狩りに行こう」と誘われ、断れなかった。

蒸本許さん。

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