8/2(日)
ピアノにハマっている。
このピアノは母から引き継いだものだ。
母が小学生の時、当時人気だった「けちょん×2ら~めん」というインスタントラーメンの懸賞で当てたものらしく、白いボディに中華どんぶりの赤いうずまきが書いてあり、鍵盤はレンゲをひっくり返したものになっている。
それを機に母はピアノを習い始めたが、隙間だらけのレンゲの鍵盤で慣れてしまったため、発表会で普通のピアノを前にした時、はるかに小さくびっちり並んだ鍵盤を見て泡をふいてしまったという。
その日以降母はピアノをやめ、長年実家で机として使用されていたのをぼくが1人暮らしするタイミングで持ってきた。
ぼくはピアノを弾くとき、背中から羽が生えてどこまでも滑空する自分を思い浮かべる。
そうするとすらすら弾ける。
面白いように弾ける。
面白すぎて腹の底から声を出して笑う。
ピアノの旋律とぼくの笑い声は見事なハーモニーを奏でる。
こうなるとぼくはゾーンに入る。
ゾーンに入ると、町中の音が聞こえる。
ドンドン!
隣人が壁を叩く音。
ガチャーン!
どこかで窓ガラスの割れる音。
チュイイイイイン
誰かの歯が削られる音。
ビリビリ。
売れない漫画家が鬼編集者に原稿を破られる音。
つんつん。
ぼくの背中を華奢な指でつつく音。
振り返ると、着物を着たおかっぱのガングロギャルがいた。
「あっし、ガングロやってる ざしわらなんだケド、Pの音マジうるせっす」
ぼくは手のひらで鍵盤をたたく。
ジャーン!となる。
「ピアノをPって言うな!」
その叫びは町中にこだまして、夕方5時のチャイムにかき消されるまで響いた。
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