カロリーという単位の意味

 「なんかこのテキスト、サブルーチンと化してきました?」

 「んなこた~ない!」(タモさん風だけどこのネタも古い)

と自問自答する日々。

 多分、私がもう20年ほど前にテキストサイトを開いていた頃、こんな自問自答をしていました。だから、おそらく今、ブロガーと呼ばれる人たちも、こんな自問自答を繰り返しながら、日々更新をしているのだと思います。

 もちろんそれを生業としている人は、仕事ですからマンネリ化してようがどうだろうが関係ないでしょうけど、私のように「あくまで趣味であり、ほんのささやかな語り部活動」として続けている人は、

「このままの形で続けていて、意味があるのだろうか」

と、結構悩みの種だったりします。

 でも安心してください。何事もそうですが、大きな負担にならない程度で地道に続けて来た事こそ、長い時間を経て振り返ってみると、とても大きな財産になっていることに気が付きます。

 そもそも、今こうして書き綴っている科学の成果そのものが、多くの人が目立たないながらも、日々できる範囲で研究してきた結果であるのですから。

 現在、インターネットを通じていくらでも派手な成果をあげようと思えばあげられる時代になりました。しかし、そのインターネットの仕組みや、インフラを支えている技術が無ければ、そのような時代も来なかったのです。

 真の意味で時代を作ってきた人というのは、それに乗っかっている人ではなく、その土台を作ってきた人々であると考えます。長い目で人々に貢献するには、そういう積み重ねができる事だと思います。

 なんか、思いもよらない話になってしまいました。

 さて、今回から熱とエントロピーの概念に迫っていきたいのですが、前回の記事はこちら

●電気エネルギと熱

 物理学では、「熱」、「仕事」、「エネルギ」は同じ単位であり、相互に変換できる同じものとして扱います。しかし、言葉の上では若干ニュアンスが違います。

 そもそも、人間が言葉を分けている時点で、そこには明確な区別が存在しているはずなのです。そしてその感覚的理解は、熱力学第二法則の意味で正しいと言えます。

 熱と仕事の関係ですが、仕事としてのエネルギは力学的エネルギの他に、電気も重要なエネルギです。

 電気については1821年、T. J. ゼーベックが「ゼーベック効果(熱起電力)」を発見し、1824年に、G. S. オームが「オームの法則」を発見します。さらに1840年、J. P. ジュールが、電気抵抗からの発熱を測定し、「ジュールの法則」を発見します。

 これによって、電気的エネルギと熱の相互の変換が可能であることが分かりました。

 早速余談ですが、熱起電力の原理は金属中の「自由電子モデル」がないと説明できず、厳密な説明は量子力学的な考察を待たなければなりません。

 定性的には、温度の高いところでは自由電子が激しく運動し、温度の低いところでは自由電子があまり運動していないと考えると、金属中に、自由電子が「濃密」な部分と「希薄」な部分が出来ます。(下図)

画像1

 つまり、温度勾配の向きに電場が生ずることになり、その関係はほとんど線形とみなされ、

E = -αdT/dx

と書けます。

 さて話を熱に戻しまして、「ジュールの法則」は、力学モデルでは「ダッシュポット(粘性抵抗)」の発熱量に相当します(下図)。

画像2

 線形な電気抵抗では、

オームの法則:V = RI

抵抗で消費する電力:P = VI = RI^2

で、電流は単位時間当たりの電荷の移動量として、

I = dQ/dt

より、その電圧により電荷にする仕事は、ある電位差の間で移動した電荷量として

∫VdQ = ∫R(I^2)dt

 よって、

単位時間あたり"RI^2[J]"の熱

が発生することになります。

 同様に、線形な粘性抵抗では、

粘性抵抗力:F = cv

粘性抵抗力にの中で運動するための仕事率:P=Fv

速度は時間当たりの変位として:v = dx/dt

より、

∫Fdx = ∫c(v^2)dt

 よって、単位時間あたり"cv^2[cal]"の発熱があります。

●力学的エネルギと熱

 さて、上ですでに粘性抵抗での発熱を述べてしまいましたが、1843年、ジュールが面白い実験をしました(下図)。

画像3

 水の中の羽根車におもりを繋げて、おもりを落下させて羽根車を回します。羽根車は水の粘性抵抗に逆らいながら回るので、熱が発生するはずです。

 その原理を利用して、おもりの降下(重力のした仕事)による水の温度上昇("cal"「カロリー」)を測定したのです。これによって、

「水"1pound"を"1F"(華氏)暖めるのに必要な熱は、"772pound"の重りを"1foot"だけ持ち上げる力学的仕事に相当する」

という結論を得ました。これが今日、「熱の仕事当量」

J = 4.186J/cal

とされているものの基礎的な実験となりました。

●カロリーという単位

 "cal"(カロリー)という単位は、

「大気圧下で、1g の水の温度を、14.5℃から15.5℃まで上昇させるのに必要な熱量」

と定義されます。起源はわかりませんが、「温度」「熱量」「熱容量」という概念をはっきり区別して定義したのが、ブラック(「潜熱」を発見した人)であるので、だいたい18世紀半ばに確立されたものと思います。

 これで、

電気的エネルギ ⇔ 熱

力学的エネルギ ⇔ 熱

という当時の主要なエネルギと熱の変換ができる事が分かった事になります。

 ところが、ここで留意して欲しいのは(こんな事は多分、どんな教科書、参考書にも書いてないと思いますが)

"4.186J"の「仕事」が"1cal"の「熱」に相当する

のであって、

"1cal"の「熱」が、"4.186J"の「仕事」をする

のではない!

ということです。これは後に述べる「熱力学第二法則」によるもので、

「熱」は、「仕事」とは本質的に異なる!

ということです。SI単位で「非推奨」である熱量の単位、"cal"が未だに根強く残っているのも、このためだと考えられます。

 つまり、"1cal"と書いた場合は、それが「熱」であることを主張しているわけで、その大きさが全て「仕事」の価値を持っているわけではないわけです。

 エネルギの単位を合理化、統一化しよう!

という動きは強く、計算上の利便性を図るには非常に有効だと思います。しかし、こうして考えると、エネルギというのは形によりいろいろな「質」があるのであり、それらを相互に変換できる割合もそれぞれ違うわけです。

 例えば、SI単位系では「組立単位」というものを用意していて、「磁束」をあらわす「"Wb"(ウェーバー)」は、

1Wb = 1V・s = 1J/A

と書けるわけですが、"J/A"と書いても、磁場は電流に対して力を及ぼしても「仕事」をするわけではないので、物理的には意味がありません。

 だから、エネルギーを現場で扱っている人にとっては、この「単位の統一」は計算は便利だけど違和感があるはずです。

 1948年に国際度量衡会議は、"cal"を「非推奨」として、使用する場合は"J"の値を付記する事としましたが、それよりも、"J"の値が熱なのか仕事なのかを明記する記号を付す事にすれば、より統一も進むのではないかと考えています。

●「熱」と「仕事」の本質的な違い

 閑話休題、

「仕事(力学的・電気的エネルギ)」は、摩擦等によって全て「熱」になってしまうのに、何故「熱」から「仕事」への変換は、カルノーサイクルを超えることができないのか?

という尤もな疑問を持った人物がいました。それが、R. J. E. クラウジウスだったのです!

■ジュールの実験についての歴史的考察

 上の「ジュールの実験」は、歴史的背景を見るといささか不思議です。なぜなら、この頃はまだ、「流体の粒子説」が確立されていなかったからです。ジュールは、何によって水が発熱すると考えていたのでしょうか。

 上の実験図は、実際のジュールのスケッチから側面だけ投影したものですが、流れの乱れによって発熱が起こることを確信していたかのような装置です。

 あるいはジュールは、この発熱が、水の粒子同士の摩擦によって起こることに気付きはじめていたのかもしれません。という事は、地動説同様、科学者の間では物質の粒子説は「公然の秘密」であったのかも知れませんね。

 まさに、「王様は裸」ならぬ、「神様は裸」であったわけです。まあ一つの強大な権力がはびこって、周りが忖度するようになると、往々にしてこういうことが起こるのが、世の中の恒というものです。

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