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「昭和カルチャー」って。

戦国時代、安土桃山時代、江戸時代、明治時代、大正時代、       昭和…時代???
んん、なんか変だな?なんか違和感が・・・。

私には、「昭和」は過ぎ去った遠い過去の時代ではなく、
振り返ると程良い距離にあるちょっと懐かしい現在の一部と映るのです。
多少セピアがかっていますが(笑)。
なので、昭和は「昭和時代」という歴史の一時期である「時代」と    呼ぶにはまだ些か早く、それが違和感なのか皮膚感覚的な抵抗感なのか、
どうやら私にはしっくりこない原因なのではないかと思います。
今回、「昭和に育まれた様々な、≪文化≫というほど重々しくはないけれど、
日常生活において見聞きしたり、身の回りで起こったこと、体験したこと」を、≪カルチャー≫という少し普段着に近い言葉を使い
『昭和カルチャー』と呼んでみることにしました。

とはいっても、
「歌謡、漫画&アニメ、特撮ヒーロー、映画、テレビドラマ、スポ根ドラマ(特別に別建て)、バラエティー、スポーツ、時事/社会、ファッション」
などなど様々な分野があり、ひと括りに語るにはカバー範囲が広すぎます。なので、これから気の向くままに、少しづつ様々な分野の「昭和」を語っていきたいと思います。

今日のところは、スポーツ、なかでも野球から。

昭和のスポーツは、もう圧倒的に「野球」、野球が「King  of  Sports」   でした。毎晩地上波で(ていうかテレビは地上波しかなく、今のように  「何時でも何処でも何でも」なんてありませんでした)ナイターが放映され世のお父さんたちの「ナイターを見ながらビールで晩酌」が、春から秋に かけてのお馴染みの光景でした。当時は、試合が放送時間内に終わらないと 中継がそのまま(スポンサーのご厚意により)30分延長になることもあり、そうするとその後の番組がみんな30分後ろ倒しになるという、      今ではそうそうないことが、結構日常的に起こっていました。
その位「野球」はテレビ局にとって視聴率の取れる「スーパーコンテンツ」だったようです。セパ対抗オールスター戦や日本シリーズは、その中でも 最強の「Top  of  Top」のコンテンツ、大人も子供もテレビに釘付けになって見ていたものです。
そんな「King  of  Sports」野球の対戦カードは「巨人戦」を中心     (そうです、読売ジャイアンツ以外の球団の試合を見る場合は必ず対戦相手は巨人、「巨人VS○○」でした)にテレビ放送をされ、多くは全国ネットで中継されていたので、日本の野球ファンの半分以上、いやひょっとしたら7、8割は巨人ファンだったと思える位、圧倒的に「巨人」でした。
生来アンチ気質ではない私も、ご多分に漏れずに巨人ファン。
長嶋、王、柴田、高田・・・・、この時代の巨人は本当に強くて、    強いものに惹かれる子供たちは、みなGマークの帽子を被っていました。
そんな巨人の全盛期は「日本シリーズ9連覇」、「川上監督+G9戦士」。 この時期(昭和40年/1965年~昭和48年/1973年)を頂点に少しづつ野球界 全体の戦力が均衡に向かい始めた気がします。
そしてその10年後の昭和58年(1983年)、当時新興勢力だった西武ライオンズと日本シリーズで死闘を繰り広げ、第7戦までもつれにもつれ、最終戦も大接戦となり7回裏の逆転で西武に軍配が上がりました。        球界の勢力図が変わっていくきっかけにもなった象徴的な年でした。
その時も巨人ファンでいた私は、吉祥寺の西武スポーツ前で盛大に行われていた祝勝セールの前を、肩をすくめて通り過ぎたことを思い出します。

そんな野球も今年はコロナにめげずにいよいよ今週末開幕です。
スポーツ界の巨人であった野球も、野球界の巨人であった「巨人」も、  すでに昔日の面影はありませんが(中継もすっかりBS中心)、
それでもメジャーな存在は今も変わりません。

平成、令和と時が移り、私の巨人ファン度も子供の頃の20%程度に大きく 後退していますが、今週末はビール片手にテレビ観戦をしようと思います。

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