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『夜明けのすべて』感想


よかったな、胸に沁み入る、いい映画。気づいたら川柳を読んでしまったが、そのくらい語らない余白が雄弁に語る映画だった。いい意味でエモくなりすぎないように設計されているというか、あくまで日々の延長ですよ? みたいな顔をして、なんかとんでもないことを繰り出している感じがする。光も影も美しいし、人物の動線や構図も、対の関係も、見守る視線やメイン以外の人物の動きとかにもたぶん全部目が行き届いてる。そして、それらをびっくりするくらいサラッとやるんだ。センセーショナルな演出はしない、だけどこれまでの蓄積を知っていると、どうしようもなく感情が動かされてしまう。それこそレストランでの渋川清彦のように……

生き辛さを描く映画はあるけど、今作はその生きづらさの原因が「パニック障害」と「PMS」と明確に名前がついている。それは開示されることでわかることもあるし、開示されることで安易に「わかる」と言わせないことに大きく働いている。本人にしか、むしろ本人でさえも、その抱えているものはわからない、だけど抱えているものがあることはわかる。そして、それに対しての距離感を模索して進む物語なのだ。

最初に藤沢さん(上白石萌音)が山添くん(松村北斗)に苛立つシーンでも、同僚たちの慣れた隔離対応を見て、わからないなりにきっとこれまでそうしてたのだと思うし、そのあとのお土産を配るところで辛くなった。お節介だった藤沢さんがだんだん適度な位置に下がっていき、反対に山添くんはどんどん藤沢さんに向き合っていく。助ける/助けられるというのは、どちらか一方ではなく、相互の関係性だ。自分の症状の対処は難しくても、相手のことは助けられるのではないか。恋人でも友達でもなくても、支え合うことはできる。解決はできなくても、回復することはできる。

言わないことに想いを馳せるぶん、いろんな印象的なシーンは多い。散髪、自転車、ジャケット、お土産、洗車、症状自虐ネタ。だけど、僕がいちばん好きなシーンはもう決まってる。上白石萌音が、筒形ポテトチップスの最後の残りカスを直接流し込むシーンが大好きすぎるし、その仕草にこんなに心動かされてるのに、松村北斗が全然気にしてないところが本当に最高なんだよなァ…

見た目だけではわからない他者と、どう関わり合えるのか。繰り返すメロディと反復する日常の中で、少しだけ垣間見える仕草に滲む繊細な変化。そんな奇跡みたいな瞬間を、日々の生活に根付かせる上白石萌音と松村北斗の佇まい…。明けない夜はないし、止まない雨はない。だけどいずれ夜はやってくるし、雨はいつか降る。顕微鏡からプラネタリウムへ。ミクロからマクロ、闇から光へ。遠くへみんな行ってしまった、本当にそうだろうか。世界のどこかに何かを抱えたひとたちはいて、世界のどこかでそのひとにも光が当たっている時がある。近くを見つめ、遠くに想いを馳せ、そしてひとと関わることを諦めない。わからないけど、わかりたいって思うんだ。夜に寄り添って、柔らかな光を浴びて、その優しさを信じたいと思ったんだ。ずっと涙目でした!いい映画!

あと松村北斗も上白石萌音も、ふたりとも声がいいんだよな…。このふたりを自作の吹替に既に起用している新海誠、やっぱりやりおるな……

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