見出し画像

村上春樹『猫を捨てる 父親について語るとき』


本書の概要

村上春樹が、語られることのなかった父の経験を引き継ぎ、たどり、自らのルーツを初めて綴った、話題の書。

この本を手に取ったきっかけは、自らの親を亡くした幾人かの先輩が、自分自身が生まれてきたことの奇跡について、なぜか同じように語ってくれたことだった。

人はなぜそのような心境になるのだろうか。私もいつかそこに至るのだろうか。そんなことを考えるといつも思い出すのは、村上春樹が「父親について語るとき」と題したエッセーである。

ダイジェスト

いずれにせよ、僕がこの個人的な文章においていちばん語りたかったのは、ただひとつのことでしかない。ただひとつの当たり前の事実だ。
それは、この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。(中略)我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。

pp.95-96

生まれてきたことの奇跡

言い換えれば我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられて消えていくのだとしても、いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが集合的な何かに置き換えられえていくからこそ、と。

pp.96-97

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?