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東北忌~2024
このところ、すっかり俳句をサボっていましたが、やはり今日だけは詠まずにはいられません。
昨年からでしたでしょうか。「東日本大震災」が正式に季語になったということで、今年はストレートに使ってみました。
とはいえ、字余りの季語であり、詠むのは結構難易度が高い気が^^;
そんなわけで、今回は字数無視の句になりました(苦笑)。
信州に古木伝えり三月十一日
※訂正版
信州に古木伝へり三月十一日
今朝の新聞で、2017年、長野市長沼地区に紫陽花の苗木が届けられたとありました。
須賀川にも「長沼地区」があり、その縁で「奇跡のあじさい」の株分けが行われた経緯があるそうです。
元々、3.11で藤沼湖の決壊がなければ、蘇ることのなかった苗木でした。
ですが、そのような経緯があるからでしょうか。2019年の台風の折に、信州でも甚大な被害に見舞われたにも関わらず、今では見事な花を咲かせているとのこと。
それを思うと、不思議な縁を感じます。
そして、福島と信州をつなぐ、もう一つの「長沼」の縁があります。
時は江戸時代、五代将軍徳川綱吉の頃の話です。
信州長沼藩主、佐久間勝親(通称織部)は、綱吉から御小姓の登用を命じられていました。ですが、織部はこれを辞退します。そのため綱吉の怒りを買い、佐久間家は改易を命じられ、藩主織部は二本松藩に「預け」となりました。信州長沼藩は、改易に。
その後、二本松にやってきた織部は元禄4年(1691年)1月2日、23歳の若さで病死しました。織部は二本松霞ヶ城の搦め手にある「龍泉寺」に葬られ、龍泉寺墓所の傍らの桜は、「翔龍桜」と呼ばれています。
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春になったら、また龍泉寺に詣でて、この見事な桜を見たいなあ……なんて、思っています。
沖つ波のたりのたりと三月十一日
あの日、福島でも沿岸部は大津波に襲われました。そのために福島第一原発の事故が発生し、多くの人が今でもその苦しみを背負っています。
ですが春秋が過ぎた今では、すっかり穏やかな様相を見せているのではないでしょうか。
あと何十年、何百年も経ったときには、福島の海はどのように変わっているのか。
そのような思いを込めて、詠んでみた次第です。
ちなみに、過去の震災句は、こちらからどうぞ!
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