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【短編小説】いかのお寿司

 今日は私の娘「柚」が通う幼稚園の「保護者親睦会」の日だ。

 先日、私は姉とランチに出かけた。
姉は「小春」妹である私は「夏美」という。
姉とランチに出かけた理由は、今日行われる幼稚園の「保護者親睦会」の下見のためだった。
 「保護者親睦会」は学期ごとの恒例行事であり、「ランチをしながら保護者同士の親睦を深めましょう」ということで、クラスごとに行われる。
今回は私が幹事になったため、姉と店の下見に行ったのだった。
下見をしに行った和食屋は、大人数なら送迎バスまで出してくれるというので予約をし、今日がその当日というわけだ。

 参加希望の保護者は全部で10名。
当日の朝、11時に幼稚園の門前で集合し、お店の送迎バスに乗った。
赤ちゃん連れの保護者が4名、それぞれベビーカーや抱っこ紐で参加してくれた。

 「保護者親睦会」の会場となる和食屋は、畳敷きの座敷があり、そちらへ案内された。
 さて、まずは席決めである。
箱に入っている、番号を書いた紙を保護者にひとりずつ引いてもらい、書かれた番号と一致する席に着いてもらう。
 こういうこともあらかじめ用意しておかなくてはならないのだ。

 席も決まったというところで、食事が運ばれてくる前に、各々自己紹介から始める。
 まずは幹事である私からということになった。
「小谷夏美と言います。娘は柚という名前です。柚は年少組から通わせているんで、顔見知りの保護者の方もいらっしゃいますが、改めて1年間よろしくお願いします。」
拍手ー。
といった感じで10人の保護者の自己紹介が終わる。

 その後はランチになり、そこからは「ご談笑の時間」である。
知ってる人、今回が初めましての人のもいるが、共通してあるのは「子供」なので打ち解けるのにそうは難しくない。

 今回の参加した保護者は比較的温和な印象で、誰かの悪口や、園への批判的な言葉もなく、平和だった。
 子供のお迎えの時間に間に合わせるため、親睦会は13時半でお開きとなる。
保護者達10名はお店の送迎バスに再び乗り、幼稚園の門前へと戻った。

 14時を過ぎるころ、幼稚園の門が開かれ、保護者は園庭に入ることが出来る。
そして、教室から子供たちが一斉に園庭に出てくる。
お迎えに来た保護者のもとへ駆け寄ってくる子供たちの姿は、いつ見ても可愛いものだ。

 柚も私の所へ駆け寄ってきた。
「おかえりー。あれ?柚、なに持ってるの?」
「これな、今日作ってん。」
柚は、いかの握り寿司の絵が描いた画用紙を持っていた。
「いかのお寿司やん、ママにも見せてー。」
「いいよ。」
柚は嬉しそうに私に画用紙を渡してくれた。
そこにはクレヨンで
①しらないひとについて「いか」ない
②しらないひとのくるまに「の」らない
「お」おごえをだす
「す」ぐにげる
⑤おとなに「し」らせる
と書いてあった。

 なるほど、それで「いかのおすし」ってわけか。
「今日な、防犯教室っていうのがあってな、警察の人が来てん。そのときに作ったんよ。」
と柚。
「そうかあ、これ柚が書いたの?上手に書けてる!」
「うん!」

 幼稚園からの道を歩くと大通りに出る。
園からの帰り道、その大通り沿いにあるスーパーに寄り、柚と買い物をして帰ることが多い。
「柚、買い物してもいい?」
「うん。柚、アイス買いたい。」
「よっしゃ!買いに行こう!」
そろそろ暑くなってきたし、アイスが恋しくなるよなあ。
わかるわかる。

 スーパーに入るとすぐ「キャベツ1玉158円」のポップが目に入る。
「158円は安いな。柚、今日お好み焼きにしよか。」
「しよしよ。チーズ入れてな。」
ということで、本日の夕食はお好み焼きに決まったので、あとは足りないものを買おう。
 お好み焼きのソースがなかったな…。
とソース売り場に向かうと、ご高齢の女性に声を掛けられた。

 「すみません、ケチャップ売り場知りませんか?なんぼ探しても見つからないんです。」
と女性は困った顔をしていった。
「あ、ケチャップはここのソース売り場じゃなくて、パスタソースとか置いているところにあるんです。こっちです。」
その女性は困った様子だったので、私はケチャップ売り場まで案内をした。
「助かりました。ありがとうございます。」
「いえいえ、わかりにくいですよね。」

 そう言って私は女性と別れた。
「ママ。」
私の手元で呼ぶ柚を見ると、何やら難しい顔をしている。
「どしたん。そんな顔して。」
「今のおばあちゃん、ママの知ってる人?」
「ううん、知らん人。」
「いかのおすし出来てないやん。」
おお…。
たしかに、いかのお寿司ではルール違反になるか。
「そうやな…。いかのお寿司ではあかんやつやったな。」
「なんでいかのお寿司ではあかんっていってたのに、ママは何もなかったん?」
「そうやなあ…。」
難しい質問だ。
子供は時に難しいことを聞いてくる。

 家に戻り、私は柚とアイスを食べながら話した。
「今日、柚が警察の人から”いかのお寿司”を教えてもらった理由は、まだ柚が小さいからやと思うねん。」
「小さいから?大人はいいの?」
「大人やから全部守らなくていいってわけじゃないねんけど、柚はまだ小さいから、知らない人が、危ない人か、そうじゃない人かっていうのがわからんやろ?」
「うん。大人にはわかるの?」
「大人になったらみんながわかるとは限らんけどな。スーパーで会ったおばあちゃんは、危ない人じゃないってママは思ったから、ケチャップ売り場まで一緒に行ってあげたんよ。」
「難しいなあ。」
「そうやな、今の柚にはまだ難しいな。だから、警察の人は小さい柚たちを守るために、”いかのお寿司”を教えてくれたんよ。」
「いつになったらわかるん?」
「そうやなあ、いつっていうのはわからんけど、家族と一緒にいないときは柚は”いかのお寿司”を守らないとあかんな。」
「わかった。守る。」

 難しい話である。
今日私は、知らない女性にケチャップ売り場まで案内をした。
そして「保護者親睦会」では、初めて会う保護者と話をし、ランチまでしてきたのだ。

 知らない人は警戒するように。
じゃあ、知ってる人ならいいのか。
話したことはないけれど、顔を知ってる人ならいいのか。
それには「いいよ」とは快く言えないのが現実だ。

 ひとつひとつを教えるのは難しい。
だが今の柚に言えるのは「家族と一緒じゃないときは”いかのお寿司”が必要だ」ということだ。
今日のことは、夜、パパにも話してみよう。




 








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