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Frozen Edge 真夏の氷河期 第3章 3~4

3 ひとであること

「『クリサンセマム』なんて御大層な組織を作り上げて、あんたは何を成すつもりなんだい? テュランノス」
「私には目的などないさ。ただ力なき者のための力そのものになるのだ」
「力そのもの──だと?」
「そうだ。力を欲している者たちが『世界苦』からの解放を望むならば、われわれはそれに応えるのみ。そのための手段はそれぞれに委ねている」

 その時高円寺呂世(ロゼ)が『テュランノス』と呼んだ女性。
 それが『クリサンセマム』を結成した人物。本名は誰も知らないという。

「つまりあんたは力の使いみちに対して干渉しない──ぼくたちの好きにしていいってことかい? 面白いじゃないか!」
 
 『テュランノス』は何を言うでもなくただ微笑むだけだったという。


 ──高円寺呂世。
 『氷情機械(アイアン・メイデン)』の異名を持つ。
 以前はその能力を発揮させる前に倒すことができたけど……
 肌を刺すような冷気。以前よりも力が増している……! 
 説得だとかが通じる相手とは思えない。闘うしかなさそうだけど……

 勝てるだろうか? 
 いや、負けることは一度だって──

 壁に大きな陥没跡ができる。
 ……挨拶代わりってことか。
 まとう冷気の尋常でなさでなんとか一撃は回避できた。
 だけど……まったく剣が見えなかった。次また同じようにかわせるかと言われれば自信はない。

「……へぇ? あれをかわすとは、やるね。まあこの程度でやられてもらっちゃ復讐のしがいもないけどね」

 高円寺の歪んだ笑み。

「力を極限まで研ぎ澄ませば、フローズン・エッジの切っ先を限りなく細くできる。視認するのが困難なほどにね」
「……いいのかな? 手の内を明かしちゃって」 
「手の内が知られたところで? 君には防げないからね」

 ヒュッと手首を軽くひねったと同時に鳴り渡る、バン、という破壊音。
 これほど簡単に壁に大穴が開くのなら、人体に当たれば……
 ほんのわずかな冷や汗も悟られてはならない。動揺を隠しつつ反論する。
 
「……そうかな? 現に今私はそれをかわしてみせたけど」
「そうだね。でも……」

 高円寺が両指をわずかに動かすだけで至るところが砕ける。天井、つまりは上階の通路がガラガラと崩落。ちりあくたが舞い上がる。
 これほどの力を得るために、どれだけの『スノードロップ』を取り込んだというんだ。

「ぼくのこの、見えざる針がひとつだけとは限らないよ? 逃げ場のないほどの針で串刺しの刑にしてあげるよ、アイアン・メイデンのように!」
 
 殺気立った温度を避けたとしても、代わりに建物が激しく傷つく。いまだ住人も多数いるだろうに、お構いなしか──!

 足場も狭いし、『エレオス』が保護した住人たちも巻き込んじゃう。
 このままここで闘っちゃいけない。
 なんとか建物の外におびき寄せないと……
 とは思うものの、あまりに攻撃が速すぎる。よけるだけで精一杯だ。

 たまらず『エピメレイア』の力を使い──いや、使わさせられた、と言ったほうが正確だろう──四方から迫ってきた殺意の冷気を融かす。

 はぁっ、はぁっ……息がしづらい、胸が締め付けられ……

「そうだ! 力を使え! 体力を消耗しろ! キミの身体が能力に耐えきれなくなった時! それが、キミの命が尽きる時さ! 神麗和遥!!」

 見えざる攻撃は、施設の一室そのものをえぐり取る。
 寸前でかわせたが……これほどの威力をぶつけられれば、全力のエピメレイアでも抑えられるかわからない……

「……こんなこと、やめなきゃいけない! 建物自体を壊す気!? ここに住んでいる人はどうなるか──」
「住んでいた人、ねぇ……たぶんもういないと思うけどね、そんなの」

「なッ──!?」

「くだらない心配はいらないよ。おとなしくぼくに処刑されればいいのさ」
「くだらない!? 人の命を、くだらない……!?」
「わからないね。どうしてきみに関係ない他人を助けるのにそこまで必死になれるのか……弱いヤツを生かしておく必要あるの?」

「……高円寺……あなた……!」

「独りでは何もできないヤツが最期に誰かの力になることができるんだ。感謝こそすれ非難されるいわれはないけどな。ぼくに力を取り込まれたヤツはみんな感謝していたけどね。これでやっと誰かに必要とされた──ってね」
「嘘だ、みんなほんとうは生きたいと……」

「それが思い上がりだと言うんだよ、エレオス!!」


 ?! 
 足先に冷気が!? 包み込まれる……気体化して逃れ──

「もうその手は通じないんだよ!!」
 
 ……なんて力……逃げられない……! 凍る……!!

「無数の小さな氷の針を輪のように足元に集中させ、さながら拘束具のように掴んで離さない。気体化しようとしても、瞬間冷凍してあげるよ」
「……くっ!」
「じゃあね。終わりだよ。『エレオス』の遺産と共に死ぬがいいさ!」
 
 高円寺が右腕を勢いよく上げると巨大な竜巻が巻き上がり、建物の最上階までが吹き飛び、その瓦礫が私に覆いかぶさらんとする。


 死ぬ!? 私が──!? 

 いや、まだ諦めない。生きることを、生きたいと心の奥底では願っている人を助けることを、投げ出したりはしない──!!
 そのためなら……

 すさまじい音をたて、崩落する施設。

「……ふん、ぼくはやはり強い。ぼくは、この世界で生き残るべき存在だ。新たな世界では強い者だけが生き残れ──」
 
「高円寺、呂世──!!!」
「──は!? 神麗和(シンレイワ)──」


「人のッ! 痛みをッッ! 感じなさいッッッ!!!」


「?!?!」

 顔を全力で殴り飛ばす。自らが築いた瓦礫の山に激しく倒れ込む高円寺。
 ……はぁ、はぁ………

「?!?! ……なぜ、なぜ生きて……あ、あし、ひ、膝から上が、う、浮い!?」
「ああ、私の足はあの瓦礫の中に眠ることでしょう。高円寺、あなたが犠牲にした命と共に、ね」

「……咄嗟に切り離したっていうのか!? 自分で!? イカれている!」

「あなたに言われたくはない、高円寺! 自分が強くなる、そのためだけに他人の命を奪い尽くすあなたには!」
「何が悪い! これは新たな時代の生存戦略なんだ! 生命の華を摘み取るのは、強者のみに許された特権なんだ!」

「……それがあなたが力を求める理由なのね。生きるために力がいる。裏を返せば、力がなければ生きられないと思っている。力なき弱者へと転落し、生きる権利を奪われることを極度に恐れている」

「人の心を透視した気になって……気に入らないね! ぼくは!」

 失った足の部分に冷気が集められているのがわかる。

「きみの力で浮いているのならば、その力、ふたたび凍らせるまで……う、嘘だ、なんで、なんで凍らない!? 足を失ってなお、なんで──」
「私は倒れるわけにはいかない! その想いが、私をこうして、ここに立たせている!」

「ば、化け物……キミはもはや、人間じゃない……!!」

「人をやめることで救える生命があるのなら、いくらでも、やめてやる!」
「ひ、ひッ……!」
 
 次の攻撃の手を出そうとしたところで、突如変化が訪れる。


 ──?!
 地面をなめることとなったのは、私だった。起き上がることができない。足元に感覚が……もっとも本来失われているんだから、感覚があるほうがおかしいんだけども……

「……あは、はは……なんだよ、エネルギー切れかよ! 流石に驚いたけど、運はぼくのほうに味方してるみたいだね! あははは!」

 ……ダメだ、もうこれ以上は力が……
 終わるの、私!? こんなところで……!?
 四方に無数の氷の針。私に照準を定めて浮かぶ。
 
「今度こそ……処刑の時だ! もう逃げられないよ、神麗和(シンレイワ)遥(ハルカ)!!!」 


4 私のためではなく、あなたのためではなく、私たちのために


 足はもう失われた。力もない。ハッタリも使えない。
 さすがの私も心が折れかけたけど──まだ命尽きることは許されてはいなかったようだった。

 高円寺の背中をめがけ風を切る、長大な氷の柱。さながら投擲の槍のよう。
 私に向けられた無数の針は消え失せた。防御に力を割いたと思われる。

「ちっ……!」
 
 高円寺の強い舌打ち。邪魔が入ったことによっぽど苛立ったと見える。
 こんなことができるのは、『フローズン・エッジ』の能力者しかいない。
 そう、能力者はこの場所で高円寺呂世ただ一人じゃなかったんだ。

「ったく。こりゃまた派手に。壊すことだけは天才だな、あたしの古巣」 

 来てくれ……いえ、来てしまったんだね。
 助けるつもりが、私が助けられて……情けない。

「……下っ端風情が二度も歯向かうか! 巨勢(コセ)可南(カナン)!!」
「……その下っ端に蹴り倒されたのは、どちら様でしたっけ? 弱いヤツほどよく吠えるって本当だったんすね、センパイ?」
「お前……!」
 
 歯ぎしりをする高円寺。本当に表情豊かな人だ。
 それにしても……巨勢さんの力は私が奪ったはず。
 くじら橋の闘いでは一時的に私の力を分け与えただけにすぎない。
 その巨勢さんが力を手にしているのは何故か。考えられる可能性は一つ。

「遥、そんな目で見るなよ」
「巨勢さん……」
「言いたいことはわかるよ。そうだよ、『雪の雫(スノードロップ)』を摘み取った」
「……」
「最期に言ってたよ。あの日──あたしとあんたが逢ったあの日だ──こんな僕に優しい言葉をかけてくれたのは、何十年ぶりだったかもしれない。ありがとう……ってね」

 巨勢さんと逢った日……?
 じゃあ、まさか今巨勢さんに宿っている『スノードロップ』の力は……
 『エレオス』が世間的に大バッシングを受けてなお庇ってくれていた……
 
「……そんな……」
「あたしだって嫌だよ。あたしの行為は、他人の生命を差し出してもらうことを正当化してしまってる。それは本来とても怖いことだ。あたし達は奪うことでしか力を手にできない」
「巨勢さん……」
「その暴力性と愚かさは……あたしが一生かけて背負っていくさ。遥、あんたを助けてからでな……!」

「……わからないな。ぼくたちの力が、『愚か』……?」

 これまでの話を黙して聞いていた高円寺だが、ここで口を開く。

「生きることの本質は、ヒエラルキー上位者が下位の者を食らうこと。弱者の存在意義とは、強者が生きるためのエネルギーとして消費されること。それこそがファクト──自然の摂理。それを否定するなど、それこそ愚か──」

「……センパイも知ってると思うけどね。あたし達を『強者』にしている力は、簡単に失われるってこと。それくらい脆いものだってこと」

「簡単なこと。勝ち続ければいいだけだ。きみたちとは種としての出来が違う。勝ち続けるさ、ぼくはね!」
 
 無数の針を展開する高円寺。
 わずか一瞬で、これ以上動く隙間もないほど張り巡らされる。

「たかが一人『スノードロップ』を取り込んだくらいでのぼせ上がって。おめでたい後輩だよ。きみ一人で何ができるって言うんだい? 下位のヒエラルキーなんだから、手間をかけさせないでよ」

「たしかにあたしが一人取り込んだ程度じゃたかが知れてるけど……ありがたいことに、独りじゃないんだよなあ、あたしはね」
「ふんっ、歯の浮くような常套句を──」
 
 ここで私のほうをチラッと見てからニヤリと笑う巨勢さん。
 これは──!?
 
「……ただの事実なんだよなあ!」
 
 身体がすっぽりと収まってしまうほどの巨大な剣を生成する巨勢さん。
 無数に張り巡らされた針を、刀身にまとう冷気だけで払いのける。
 凄まじい力だ……!

「!! こいつ……!」
「いくぜ、井の中のぼっちガエルさん!」

 巨大な刀を前にかざし、一気呵成に肉薄する巨勢さん。

「……大海を知らないのはどっちかな!!」

 高円寺呂世には研ぎ澄まされた『見えざる針』がある。
 それを攻略するには──

「──!? 剣が、消え──!?」
「……」
「今、何を……?」
「あんたの相手はあたしじゃない、だろ?」
「何を……はっ──?! 神麗和…遥……ッッ!? はっ、離せ……!」
「離さない……はあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ああ……ぼくの力が……せっかく手に入れた力が……!」

「高円寺さん……あなたを『強者』と錯覚させているその『力』、私がきれいさっぱり消し去ってあげます!」

「やめろぉぉぉぉぉお……!!!」

 『エピメレイア』の力を発動。高円寺呂世のまとう冷気を融かしていく。
 高円寺呂世の意識が大仰な剣へと意識が移った瞬間に、巨勢さんから力を譲り受け、不意打ちで捕らえる。あのくじら橋での闘いで、巨勢さんに私の力を分け与えたことがあったけど、ちょうど逆ということになるかな?
 相変わらず私たち、不意打ちだけで勝負してるな?
 もっとも、今回もなんとかなったからいいとしよう。

「……くそっ、くそぉ……なんで……」
「あたし独りでもどうにもならなかった。もう大丈夫だ。出ておいで」

「は、はい……」

「こ、小金井……!? そうか、こいつが力を増幅……でも、その力を取り込んだりするなど……まるで……」
「メイプル・オータムフィールドみたい、でしょ? センパイ」
「……なぜ……いや、まさかそんな……」
 
 そう、巨勢さんの真の能力は、一度見た能力をコピーできること。
 そして小金井さんの真の能力は、取り込んだ『スノードロップ』の力をみずからの中で増幅すること。それが彼女の意志に反して過剰に行われてしまっていたため、本人が制御不能になっていたにすぎない。

「私と巨勢さん、そして小金井さん。この3人でなければ勝てなかった。私たちだから、あなたに勝てたんだ!」

 高円寺呂世の『力』をすべて蒸発させた。
 掴んでいた身体を離したが、彼女に抵抗の意思は残されていなかった。
 力なくうなだれる。

「ぼくは……また……負けたのか……? 負け組に価値などないのに……?」
「勝ち負けじゃないですよ、高円寺さん」
「……嘘だ。キミは勝ったからそんなことが言えるんだ」

「たしかに自然の摂理というのは弱肉強食。それは事実としてあると思う。だけど、私たちはそれを否定し、自分たちが生きやすいように世界を組み直してきた。まだ完璧とは言えないけど、すべての人が生きられるようにするのが、私の願いなんです」

「……わがままだね、キミは」

「そう。私はわがままなんです。わがままで欲張りだから、私の身の回りにいる人は、誰ひとり欠けてほしくないんです。高円寺さん、あなたもです」

「……まったく、キミはわがままで、勝手なヤツだ……」

「弱いまま生きましょう。弱いままで生きられるのが幸福であるということです。強くなきゃ生きられないのは、悲しいことです」
「そんな……勝手なことばかり。ぼくは、今まで……そんな生き方……今更そんなことをぼくに言うなんて……ほんと、勝手だよ……」 
 
 何も言わず、ただ小さくうずくまる高円寺さんに寄り添う。

 
 高円寺さんにはそう言ったけど……私は、私だけは、誰にも負けない強さを手に入れなきゃいけない。

 この『スノードロップ』騒ぎを引き起こしている中心に、僭主──『テュランノス』を名乗る人がいることはわかった。その人を止めなきゃ。

 誰もが穏やかに暮らせるために、何者をも守れる強さを、どこまでも追い求めなきゃいけないんだ。


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