Frozen Edge 真夏の氷河期 第4章 1~2

1 透明な私、けれど孤独じゃない

 令和2年。東京五輪は延期された。
 理由は、季節外れの大寒波。 
 それまで局所的にしか見られなかったが、今では『氷河期世代』の絶望が、日本列島全体に覆いかぶさっている。  

 窓から雪を眺める。 
 これは涙。人生を降りることを選択した人の無念だ。  

 裏で暗躍していた『クリサンセマム』がついに表舞台に姿を表した。 
 振る舞いは自警団──というよりは、警察か軍隊。 
 彼女たちがこの国の新たな暴力装置、支配者となった。

 彼女たちを束ねるのは僭主──『テュランノス』と名乗る少女らしい。 
 彼女たちが私たちを倒すのは実に簡単だ。消耗戦を仕掛けるでもいいし、なんなら直接手を下す必要すらない。身も蓋もないけど、電気や水道、ガスを止めるだけでいい。

 私たちなど、いつでも葬り去れる程度の存在なのだ。
 だからこうして捨て置かれている。

「私は……無力だ……」
 
 正攻法で勝てないから搦め手を使わなければならない。
 だけど、いつだってそうだったじゃないか。
 今回だって、どうにかする。するしかないんだ。

 仲間のふたりが、心配そうに尋ねる。

「方法はあるのか……?」
「また無茶なことを考えてません……?」
 
 対して、私は答える。
 方法は、ある──!
 私は無力だ。
 でも、私にしかできないこともある。
 ふたりが覚えていてくれるなら──私は、一歩を踏み出していける。
 
「大丈夫。少しだけ無茶をするけど、一度で終わらせる」
「やっぱり無茶するんじゃないですか! ……これ以上は命に関わりますよ!?」

「萌絵(モエ)ちゃん。大丈夫だよ。でも……そうだね。もし私が帰って来られそうになくなったら、巨勢さんと二人で連れ戻してほしいな」

「おいおい、あたしたちに何をさせるつもりなんだよ……?」
「巨勢(コセ)さん、あなたなら私の『匂い』を嗅ぎ分けられるはず。それが消えそうになったら、たぐり寄せてほしい」
「はぁ!? 犬かあたしは。あいにくとあんたの匂いなんか……」

 言いかけて、ハッとしたようだ。

「……いや、わかったよ」
「サポートは私が引き受けます……くれぐれも、気をつけて」

 ふたりは私の意図をよく汲んでくれる。
 これが、仲間という信頼感。
 私ひとりじゃ、とてもじゃないけど踏み出せなかった。ふたりがついていてくれるとわかってるから、私も、『これ』に賭けることができるんだ。

「……ふたりとも、ありがとう」
 
 ふたりがいるから、私は、透明になれる。


 勝負は一瞬で決まる。いや、一瞬で決めない限り勝つことはかなわない。
 圧倒的な劣勢から総大将のみを射抜く、たったひとつの方法。
 まずは私自身が限りなく『空気』になって漂うことが第一のステップだ。

(……意識が薄まっていくのを感じる……存在をもっていかれそうだ……)
 
 私たちは『テュランノス』の居場所も知らない。
 だけど、かつて『エレオス』本部を押さえた手際と、組織としての指示のしやすさを考えれば、おそらくこの首都・東京にいる。
 ここ稲城は東京の端っこといっても一応23区とそこまで離れてはおらず『冷気』の強さで敵の中心地を探り当てることも不可能ではない。
 敵さえも気づかぬほどの希薄な『空気』となって、なるべく広い範囲を探索する。分裂して私という器を保つことができなくなる、ギリギリを見極めながら。探すのは、冷気のもっとも強いポイント。そこがおそらく、『テュランノス』の居場所。位置さえわかれば、あとは──

(……とはいえ、莫大な力を消費する……)
 
 萌絵ちゃんに力を増幅してもらっているとはいえ、いつまでも保つわけじゃない。なんとしても早く『冷気』の中心を見つけ出さなければ……

 ……!
 しばらく漂ったのち、これまでにない強い力を感じるポイントを発見。
 よし……うまくいった! 強大な冷気が渦巻いている中心に、体温という名の小さな熱源がひとつ。これが私の標的。

 少女は不気味なほど整った顔立ちをしていた。
 パッと見巨勢さんや高円寺呂世よりも幼く、傍目にはこの国を大寒波に包み込んだ主犯だと信じることも難しいほどだ。

 だけどこれほどの『気』……間違いない。彼女こそ『テュランノス』だ。
 私がここでためらうことでより多くの生命が失われてしまう。
 いまさら清廉でいようとは思わない。手段は選ばない。
 世界でただ一人、このひとにだけは冷酷にならなければならないんだ。

「──?! っは………!? んぐ……!?」
 
 かわいそうに、もはや話すことも悲鳴をあげることさえできないだろう。
 呼吸を通じて彼女の体へと侵入した私が、内部から、焼き尽くす。
 少女は跡形もなく消え去った。
 決着を確認、私は『空気』の形態から実体化。彼女の死を悼んだ。
 
「……ごめんね」

 一方的に生命を奪う……あまりに人の道に外れた『力』の使い方。
 これだけは絶対にするまいと、強く誓っていた。
 咎はこのあとで受けるよ。
 
 にしても、打ちっぱなしのコンクリート、薄暗い雰囲気。からっぽの倉庫のような、ほとんど何もない殺風景な場所だ。人としての暮らしぶりがまったく見えない。
 ここがこの国を混乱の淵に陥れた人物の住まい……?

「……どうでもいいか」
 
 長居するつもりもない。何事もなかったように立ち去るとしよう……
 と思った瞬間だった。
 
 ──この冷気!?
 気付けば周囲を白装束の集団に取り囲まれていた。
 しまった、逃げ遅れたか……?
 身構える私をよそに、白装束の集団の中から一人が進み出、語りかける。

「……また生き急いじゃって。自分を犠牲にするのは相変わらずなのね」
「え……?」
 
 その声色に、聞き覚えがあった。
 時には私を励まし、そして時には心配してくれた。
 多くの時間を共にした。同じ理想のために、いっしょに頑張った──

「あなた、そのままじゃ……壊れてしまうわ……ねぇ? 遥(ハルカ)ちゃん?」

2 あのすばらしい日々、からもっとも遠い場所

 ……先輩!? 『エレオス』稲城支部の先輩!?
 
「え……? え……? どうして……!?」
「どうしてそんな顔をするの? 本当はすぐに理解したんでしょう?」
「……で、でも、そんな……だって……」

「さっきの子にはわざと力を多めに与えておいたのよ。そうすれば、ここに遥ちゃん、あなたが来ると思ってね? 本当にわかりやすくて可愛いわね」
「……そんな……あなたが……? 私を騙していたんですか!? はじめから!?」

「そうよ?」
「なッ……!?」

「実態はネットやらワイドショーで噂の通りってこと。『エレオス』はわれわれ『クリサンセマム』のために存在していた組織だということよ」

「そ、そんなの……嘘だ……だって……だって……」

「あなたの働きには感謝しているのよ? あなたのおかげで、多くの『スノードロップ』発現者を回収できた。より多くの構成員に『力』を与えることができたのだから」

「私は……私のしてきたことは……」

「そうよ神麗和遥。あなたは、本当に優秀な『駒』だった。もっとも氷河期世代の生命を奪ったのは、われわれでもなく、あなたなのよ」

「私は……わたしは……ッッ……」
「辛いでしょう? 『真実』を知ってしまうのは……死にたいでしょう? 大丈夫……すぐに楽にしてあげるわ」

 白装束の集団が一斉に私に『フローズン・エッジ』を突き立てる。
 それらが私に刺さることはなかった。その前にすべて消し去ったから。

「ひッ……」 
「……いまさらそんな詭弁に引っかかると思います? あなた方の罪を私になすりつけないでもらえますか?」
 
 私はここで倒れるわけにはいかないんだ。何があっても。
 確かに驚いたが……その程度の『真実』で私は揺らいだりしない。

「へぇ……。しばらく見ないうちにずいぶん図太くなったものね」
「それはどうも。先輩のおかげで私はすっかりスレてしまいましたよ」
「可愛げがなくなったこと。そんな後輩に育てた覚えはないけど!」

「……共に『善行』を積んでいたあの日々。美しい思い出。先輩とのことは美しい思い出として心の中に残しておきます。でも、あの頃の先輩は、もういない! 私が! 先輩を! 否定する!!」

「イキがるのはいいけど。ここはわれわれの本拠地なのを忘れてない?」
 
 次々と白装束姿の少女たちが押し寄せてくる。
 
「そうですね! 総大将みずからここが本拠地だとおっしゃっていただけてありがたいです。これで私も、何も気にせず全力でいける!!」
 
 先輩を倒すことができれば、すべてが終わる。
 未来が見えなかった今までよりも、ずっとやりやすい。

「『エピメレイア』……あなたのその力だけは、計算外だったわ。でも、あなたさえ倒せばもはやわれわれに楯突こうとする者はいなくなる。最後の闘いなのは、こちらとて同じ。お互い出し切ろうじゃない、すべてを!!」


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