Frozen Edge 真夏の氷河期 第4章 3~5
3 統治者 ディストリビューター
「お互い……とは言いますけれど、人数的にはフェアじゃないですよね?」
「そんなことは承知で来たものと思うけど……この程度で弱音を吐くの?」
「……ええ、そうですね。ですから」
「──!? わ、わたしたちの剣が……!?」
「……こ、こんなに一瞬で……!?」
「少しこちらに合わせてもらいたいなと思いましてね。先輩?」
「……ふん。最初からそんなペースで力を使い切って大丈夫なのかしら?」
「愚問ってやつですよ! それは!」
出し惜しみなんて。
後のことは考えない。つねにこれで終わらせるつもりでいく。
「『テュランノス』様、お下がりください。ここは私たちが……」
力を失った者たちが引き下がり、次々と新たな能力者が戦地に補充されていく。『クリサンセマム』は統制のない部隊だと聞いていたけど……?
さすがに近衛師団となれば忠誠心の高い者たちで固められているってことだろうか。
けども……
数的不利をどうにかする術を何も持たずにここまで来たわけじゃない。こうやって取り囲まれることなんてとうに想定済みだ。
「あ……あれ……? 力が出ない……?? どうして……?!」
「なんだか眠く……あっ……」
一様に困惑したあと、力なく倒れ込む白装束の少女。
もっとも、さすがに彼女たちのあるじだけは冷静に状況を見極めている。
「……なるほど。ここら一帯に『エピメレイア』の加護がもたらされているってわけだ」
そう。
最初からあなたたちに力なんて使わせるつもりはない。
凍てついた氷を融かす熱の加護が、あなたたちを完全に包み込んでいる。
ここはもはやあなたたちのアジトじゃない。新たな場の支配者は、私。
「酸欠状態となるよう、意図的に空気の濃さを調節している。我々よりも確実に人を殺す、よっぽど恐ろしい能力者だこと」
「それはどうも」
……なぜかこの人にだけは効かないのが謎だけど。
ひとまずは強制的に1対1に持ち込めた。
それでも対等とはいえないけど……多少なりとも勝率は上がったはず。
「あなた達を止めるためなら、私はなんだって」
「絶対に自分が正しいって思い込んで、独りよがりの暴力で周りをメチャクチャ掻き乱して。正義で動く者ほど残酷になる。神にでもなったつもり?」
「……自己紹介ですか? 先輩」
「我々は力そのもの。『氷河期』たちの意志に従っているにすぎない」
「そんなの、先輩がそう思ってるだけじゃないんですか? そうやって他人の意志を借りないと、したいこともできない。弱い人だ」
「……弱い? 私が?」
「そうですよ。自分をさらけ出せない。自分独りで正しさを判断できない。あなたは、弱い人です」
「後輩のくせにいっぱしの口をきく。そんなに我々の力が見たい?」
「出し惜しみしてていいんですか? 私が勝ちますよ?」
「そう……そこまで死に急ぎたいのなら、見せてあげようじゃないの」
?! 暖かな空気が破られ──『エピメレイア』の力が……無効化された!?
……それから起きた光景は、あまりに異様なものだった。
「私の力の一部となりなさい」
「え……!? 『テュランノス』様……!?」
「あっ…」
白装束の少女たちの身体が実体を失い、凄まじい突風と共に吸い上げられていく。建物の屋根や外壁を吹き飛ばしながら、集められた力が、人のカタチとなって固着する。そうして『テュランノス』の後方には、氷でできた、彼女の何倍もの大きさの、女の上半身が形成されるに至った。
「……なんて大きさなの……」
影にすっぽりと覆われてしまうほどで、思わず驚嘆してしまう。
そんな私をいたく満足げに眺める先輩。
「権力の源泉は何だかわかる? 遥ちゃん。それはね、分配すること。好きな時に、好きなだけ、好きな者に与えることができる者が、あらゆるものを総取りできるのよ。こんなふうにね」
氷の女の持つ剣は竜巻のようなものをまとい、時が経つにつれてみるみる長大になっていく。
先輩が手を振り下ろすと、それまでここにあったはずの建物の壁が跡形もなく消し飛び、激しくえぐれた地面だけが残った。
何メートル、いや何キロ? まるでモーセが川を割ったかのよう。
高円寺呂世が『エレオス』の集合住宅を破壊した時と比較にもならない。
「『我々』の前に、絶望しなさい。神麗和(シンレイワ)遥(ハルカ)」
4 プネウマ
そもそも『スノードロップ』の力はなんで生まれたんだろう?
そして、それを融かすことのできる守護の力──彼女たちが『エレオスの火』、私が『エピメレイア』と呼ぶ力が、なんで同時発生的に私に宿ったんだろう?
そんなことを考えたこともあった。
私はこれまでこの力を自分に課せられた使命のように考え、彼女たちを止めるべくここまで来た。
「先輩……私、気がついたことがあるんです」
「なあに? ようやく降参する気になった?」
でも、私がこうしたい、ってだけじゃない。
……もっと、もっと大きな存在に託されたんじゃないか、って。
「いいえ。実は目に見えない、もっと多くの人に支えられてる、って、思うんです」
「……は?」
想定していた回答ではなかったことに、先輩は苛立ちを見せる。
私は構わず続けた。
「先輩のそばにいた私に『エピメレイア』の力が宿ったのは、絶対無関係じゃないって。私は、生かされてきたんです」
「……なにそれ? ポエム?」
「いえ。先輩と私は合わせ鏡。先輩の示す絶望が大きいなら、それに打ち克ってほしいという願いもまた、同じくらい大きいだろうってことです!」
「……なるほど? でも高円寺程度に手こずってたあなたが、私と対等なつもりなのは、気に入らないわね!」
巨大な竜巻が空へ向かいうねる。
さっきは力を見せつけるためにだろうけど、わざと外していた。
でもきっと、次はこちらへと照準を合わせてくるだろう。
竜巻が振り下ろされたその時は、まず確実に避けることはできない。
「あなたに我々を否定するだけの力はない! 神麗和遥!!」
──来る!
竜巻は再び地面を二つに割った。
「……──消し飛んだ? わね。……あっはっはっは! 大言壮語の割にはあっけないものね! 神麗和遥! 我々の世界苦は深い。あなたごときでどうこうできるものじゃなかったのよ!」
確かに私は竜巻に呑まれた。でも、まだここにいる。
「……身体を失ってなお『エピメレイア』の力そのものは生きる、ねぇ。まったく見上げた執着心だこと、幽霊かって感じね」
……幽霊、思念体。今の私はそう言われる系のヤツなんだろう。
もとより五体無事で帰るつもりもなかった。後悔はない。
足を失ったときも感じたけど、案外こっちのほうが性に合っている。
肉体という枷を失ったことで、受け止めきれなかった力を受け取れるようになった。まだ、勝てる見込みはなくなってない……!
「希望の火は、絶やしません!」
「浅い言葉を……希望って、叶う望みが薄いことを言うのよ!!」
竜巻がふたたびうねりを上げる。
自分の強さを誇示するというよりは、怯えているようにも見えた。
「いいわ、じゃあその希望とやらが! 壊れるのを見せてあげる!」
とめどなく溢れてくる力。これが、みんなの意志。
わかるよ、みんな本当は助かりたい。こんなこと、望んじゃいない。
今度は横に薙ぎ払うように放出される竜巻。
でもなんだろう、怖くもなんともない。
今の私なら、全てを、受け止められる。世界苦に呑まれた先輩を、止めることができる。こんな寒波、私とみんなの力が、吹き飛ばして──
「──! 我々の勝ちのようね! 神麗和遥!!」
あっ……そんな……
まだ、だめ、なの……?
消えていく、わたしがわたしを見つけられなくなる……
ああ……もう、よくわかんない……
5 ゆるぎない者達
真夏に東京を凍てつかせるために活動する組織『クリサンセマム』。
その首領『テュランノス』として立ちはだかった、私の所属していた非営利団体『エレオス』の先輩。
その先輩になすすべもなく敗れ、私の存在は消えようとしていた。
朦朧とした意識の中で、聞こえてきたのは──
耳慣れたバイクの音がしたと思ったら、すぐ近くで止まった。
あれは……以前の闘いの時にダメになってから修理に……お金を出しあって……そう、3人で……そうか。私の力をたどって、追ってきてくれたのか。
「間に合った、みたいですね」
「……まったく、あたしもすっかりあきらめが悪くなったもんだよ。誰かのせいでね」
運転していた女性と、その後方でぎゅうっとしがみつく小さな女の子。
私のよく知っているふたりだった。
ゆっくりとバイクから降りる。
「巨勢(コセ)可南(カナン)と小金井(コガネイ)萌絵(モエ)……たった二人で、今更何をしに来たっていうの?」
「二人じゃないさ」
「……何?」
「……たとえ身体を失っても、私の、いえ、私たちの思いは揺るぎません。先輩、あなたを、止めてみせます」
「……なるほど。オトモダチの身体に乗り移った、ってわけね、神麗和遥。泣かせるわね。でも何度だって同じ。もう一度、今度は大切なオトモダチごと消し飛ばしてあげるだけのこと!」
「同じじゃないさ」
「なっ……?」
「わたしたち3人でなら、もっと強くなれる!」
「はっ……お子ちゃまが。アニメかなんかの見すぎじゃないの? 負け犬が3人になったところで、圧倒的な力の前には吹き飛ぶしかないのよ!」
来る。あの竜巻だ。
さっきまではなすすべもなかったけど、今なら──!
「なッ……!?」
「あんたのできることは! あたしたちにだって! できるんだよッッ!!!」
萌絵ちゃんの増幅能力と、巨勢さんのコピー能力。
これらを組み合わせて、巨大な竜巻を生成する。
ただ違うのは、凍てつかせる力ではなく、融かす力だということだ──!!
ぶつかり合った竜巻は、たがいに混ざり合い、消滅した。
「なっ……!? ふん、一度止めたくらいでいい気に……──?!」
『テュランノス』の大剣は、目前の地面に突き刺さる。
先輩の意志に反して。
「!? どういうことだ!? 制御が、利かない……!?」
「これも、コピー能力の応用ってやつだよ! 悪の親玉さん!!」
「がッ!? ……くはッ……」
「おっしゃーモロに当たった! あたしちゃん渾身のハイキック!」
巨勢さんの蹴りが炸裂。過去にも私を助けてくれた、頼もしい脚だ。
よろめく先輩。
いかに能力で固めていても、最後にものを言うのは純粋な物理攻撃。
このスキを逃すはずもない。先輩の片腕をしっかり掴む。
「くっ……この……! 下っ端風情が……!!」
「先輩。あなたの力、ここで消し尽くしてあげます!」
『エピメレイア』の力を全開にする。
その瞬間、後方にいた巨大な氷の女性も姿を消した。
先輩の力を全て無効化したのを確認した。
長かった闘いも、これでやっと……
私たちが、勝ったんだ──
「……我々の勝ちだ」
「──えっ?」
横腹に鈍い痛みが走った。服にじわりと液体が滲みていくのを感じる。
何これ……血……!?
ガタガタと泣き崩れる萌絵ちゃん。対照的に、勝ち誇る先輩。
「こ、巨勢さん……」
「あっはっは! 最後のところで詰めが甘かったわね! 神麗和遥!!」
ナイフを隠し持っていたのか……
異能の力にばかり気を取られて、よくある凶器のほうに注意が逸れてた。
ごめんね……巨勢さん。あなたの身体なのに……
視界が霞む。意識が……持っていかれる……まぶたが重い……
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