絶望反駁少女 希望のビジュタリア Ⅰ-8
「ここで強調しておきたいのは、少子高齢化というのはいつまでも続くものではない、という事実です」
『希望』のターン
この発言で紛糾するということは、つまり会場の識者でさえビジュタリアの少子高齢化は『手遅れ』である、と内心認識していていることを如実に示している。
少子高齢化は食い止められる──オレが知っている限り、これを明確に言うことができたヤツは一人としていない。
そもそも少子高齢化問題を解決するために各国の識者が束になって協議する場をここに設けているのであって、たかだか一国の、しかもそれが深刻なところの小娘一人が解決策を思いつけるのなら誰も苦労していない──本音はそんなところか。
「かんたんな話です。少子高齢化というのはあくまでも相対的なものなのです。資料でもお示ししておりますが──画面出ますでしょうか、出ましたね──この図をご覧ください。これは我が国、ビジュタリアの人口ピラミッドを表したものです」
オレでもニュースで幾度となく目にしたグラフだった。
現在の40代をピークに高い年齢層が人口が大きな三角を描いており、それより下が逆に極端にしぼんでいっている。
人口ピラミッドのグラフにおいて見られる3つの類型のうち『壺型』とも言われる、典型的な少子高齢化モデルだ。
これは世界的にも知られたグラフで、これをどうバランスの取れた分布にするか、というのがこの会議でも究極の目標となっているはずだ。
「まず、この上の、現在多数派となっているボリュームゾーン。これは永続的に続くものではありません。現代科学において寿命がある以上、上のボリュームゾーンは自然減していきます。つまりは、この40代までのボリュームゾーン、人口が極端に高かった層の扶養を社会で支えきり、なおかつ人口減を現在比若干増で保ちさえすれば、およそ30年から40年後、極端に増大した社会保障費から解放された『希望』のターンが訪れます。そこに到れれば、社会保障に充てていた費用の一部によって、支援を受けた費用の一部を機関に返納、すなわち他国に支援する番となることも可能となるでしょう。この『希望』モデルを我が国やルクソス、その他の国で達成してみせる必要があるのです」
各国代表団が、さっきとは打って変わって静かに一色カスミの言葉を傾聴している。考えてみれば当たり前の話だ。
適切な対策さえ打てばこの国の過剰な少子高齢化はいつまでも続かず、将来的には緩やかになる──そんな簡単な理屈が、なんで思いつけなかったんだろうか。なんでそれを言う人が、この一色カスミ以外に、いなかったんだろうか。
「つまり、とにもかくにも、どうにかしてボリュームゾーンの多い時代を乗り切る。そうすれば少子高齢化問題は解決できる。その『どうにかして』という部分を、世界各国のみなさまに、率直にお願い申し上げます。我が国をもって救国のモデルが示せれば、世界は少子化問題に終止符を打つことができるでしょう」
そしてカスミは深く頭を垂れ、各国に『お願い』する。
「──どうか、われわれの国を、お救いください」
いったいどれほどの間だろうか。カスミは動かなかった。
その様子を目の当たりにした各国の代表団は、言葉を失っていた。
静寂を切り裂くように言葉を発したのは、やはり一色カスミその人だった。
「……わたくしが知る限り、誰も教えてくれなかった。この国は終わりだ、未来はない、って絶望をあおるだけで、だれも将来に『希望』はあるんだよって言ってくれなかった。誰も、『希望』が光差す社会を描いてくれなかったんです。だから、わたくしが、それをやるんです」
静寂に包まれた会場。やがて、先ほどとは別の男が拍手のあと、
「……実に感動的な演説でしたよ、ミス・イッシキ。貴女の聡明さ、そして熱意には大変に心打たれました」
一定の賛辞を送るが、しかし──と続ける。
「……貴女の設立した基金に支援してくれる国や地域・団体、はたまた個人──これらが現れるという具体的なビジョンは、貴女にはおありですかな?」
遠回しに、「誰が世間知らずのお嬢様の思いつきにカネを出すか」と言っていることくらい、オレにもわかる。いくら少子化が大なり小なり先進地域に見られる問題だと言っても、各国に温度差があるのは当たり前だ。さあ、どう出る?
「ありますよ」
──ここではっきり言い切れるのが、こいつの強さだ。
「我々は、我々が産み出す多様な文化、人々のコミュニケーション、熱意──それらのソフトパワーを通じ、世界とつながっている。国際的に貢献している。わたくしたちは世界から孤立してはいません。すでに当組織設立の趣旨にご賛同いただいてる方々もいらっしゃいます。わたくしはただの思いつきやコネクションでここに立っているのではない、ということを、どうか、ご承知いただければと思います」
「いや、しかし……」
「……よいではありませんか。この方にやらせてみては?」
まだ言いたいことがありげだった男を遮ったのは、これまたお嬢様と同い年ほどに見える少女。金髪碧眼なのはお嬢様と同じだが、ハーフであるお嬢様とはやはり顔立ちからして違う。
MAの各国代表団でも真ん中に陣取っていて、ただ者ではないことがわかる。最近の政界は女のガキを神輿に担ぐのが流行っているのか?
「しかし、オクタヴィア様……」
「よいのです。これで」
「は、はぁ……」
「ミス・イッシキ。貴女の提言にこのオクタヴィア・アウグスタ、同年代として誇らしく思います。マグナ・アウストラシア連合の特任大使たるわたしが、貴女の『希望』──その後押しをお約束いたしましょう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるカスミ。
このやり取り以降は、さしたる混乱もなく一色カスミの提言が受け入れられ、晴れて少子高齢化対策基金を運用する国際組織・WESPが設立された。特任大使一色霞の華々しい外交成果、とでも翌日の新聞紙面を飾るのだろう。万雷の拍手で見送られ、我らがお嬢様はグランディオヌムの議場を後にするのだった。
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