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Frozen Edge 真夏の氷河期 第2章(後)

5 ベルトシュメルツの乙女

「我々の同志になるための資格はふたつだけ。まずは若い乙女であること。そして何より大事なことは、繊細過ぎる心を持つがゆえにこの世界に生きづらさを感じ、居場所を見失っている──世界苦(ベルトシュメルツ)の乙女であることだけ」

 『クリサンセマム』には入会資格のようなものがあるという。
 入会の際、このようなことを言われたそうだ。

「歓迎しよう、巨勢(コセ)可南(カナン)。あなたはたった今から、世界の中心で咲く冬の雛菊、その一輪となるのだ」

 世界苦の乙女なる、独特の感性をした造語の意味はわからないけど。
 『スノードロップ』発現者同様、その力を吸い上げ我がものとする『クリサンセマム』の少女たちもまた、なんらかの理由で社会から弾き出されて、苦しみを負っている者なのだとしたら──私のすべきことはたったひとつ。
 
 救わなきゃ。彼女たちも。


「イキるのはいいけどサア! 無能力者がどうやってワタシたちに近づけるんでしょうネェ!? 巨勢可南!」

 強大な力を持ちながら制御することができない小金井(コガネイ)萌絵(モエ)ちゃんの力を乗っ取り自在に操るのはオタク少女・メイプル・オータムフィールド。彼女はさらに攻勢を強める。
 数多もの巨大な氷の柱が、巨勢さんに襲いかかった。

「すぅーっ……」
 
 深く息を吸ったのち、巨勢さんが全速で能力者二人に迫った。

「エッ……?」
「メイプル先輩。悪いけどあたしさあ、能無しじゃないんだわ」
「ひッ!」
「……チッ」

 巨勢さんは舌打ちした。
 すんでのところで、また堅牢な氷の障壁を張られてしまったらしい。

「萌絵ちゃん、ナイスデース!」
「痛っ……無意識的に他人を拒絶している、か……」

 まともに硬い面を殴りつけてしまい、巨勢さんは手をプラプラさせる。

「ご、ごめんなさい、私、私は……」
「わかってるよ……心配するな。今すぐに解放してやるから」

「先程は少しばかり焦りましたが……無能力者であるアナタにはこのバリアを破れるはずがありマセン! 痛い思いはあと一度きりにしてあげマス!」

「そうだな……あたしには能力がない」
「ン……?」
「だけど……! ありとあらゆる人を救いたいとか言ってるお人好しが! あたしに力をくれるんだ!」

「なッ……?! 空中の氷たちが……切れ──!?」
「……それだけじゃない。私のバリアが、融けていって……まさか!?」
「フ◯ック! 『エレオス』の、火ィ……!!」

 ──私の力の本質は『空気』。それは巨勢さんには伝えてあった。
 だから彼女なら気付いてくれると信じていた。
 私の身体がたどり着く前に、少しだけ力を、そっちへ送っていたことを。
 熱気を操ることができるなら、冷気もまた操ることもできることを。

「聞いてよメイプル・オータムフィールド。嬉しいんだあたしは。もう一度フローズン・エッジを振るえるってことが!」

「ファッ◯! ファ◯クファ────◯ク!」
 
 巨勢さんの剣によって障壁が切り払われていった。
 苛立ちが頂点になり、メイプルはこう叫んだという。

「ワタシ、いやワタシたちには力が──……もう迫害と虐めの……そんな日々はァァッ!!」

 これまで『感情支配(マニピュレーター)』のほうに持てる力を割いていたメイプルが、ついに自身のフローズン・エッジを具現化した。輪形の剣だったそうだ。

「それがお前の世界苦とかいうヤツかメイプル・オータムフィールド!」 
「そうだよ巨勢可南!」
 
 たがいのフローズン・エッジがキン、キンと、アニメで聞くような音を立てて衝突、メイプルと巨勢さんの激しい斬り合いが繰り広げられる。
 
「ワタシがワタシの好きなものを、好きなままでいるために! それを阻む者は、みんな! 敵だ!!」
「そのために目の前の子を泣かせてもいいってか!」
「偉大な自由のためだ!」
「あいつならこう言うだろう、何者も犠牲になっちゃダメなんだって!」
「ありとあらゆる人を護ることなんて、できやしない!」
「あいつならこう言う……全員、護るって!」
「ならなんで……あの時も、あの時も……たった独りでいたワタシを、助けてはくれなかったんダ!!!」

 激昂と共に、メイプルは輪形の武器を投擲。
 
「くっ、戻って──?!」

 ただ投げただけでなく、軌道も輪を描き所有者の元へと戻ってくる。
 チャクラムというんだったか、こんな形の武器だから想定はしていたんだろうけど、わかっていたとしても容易く対処できるたぐいのものでもない。
 ただそれでもギリギリとも言えるタイミングでかわしたというんだから、巨勢さんは素質があるんだろう。とはいえ間合いを離されてしまった。

「よく避けたもんデス……でも、これが一つだけだと思ったら大間違い!」
 
 メイプルは意気軒昂と輪形の武器を一気に現出。その数は十や二十を優に上回った。今まではほとんど不意打ちのような形で倒していた『クリサンセマム』幹部たちだけど、まともに対峙するのは容易でないことがわかる。
 だけど忘れちゃいけない。これは彼女たち自身から湧出した力では──

「それだけの力を手にするのにどんだけの『スノードロップ』の命が捧げられたんだかね……」
「そうデスね。ここでワタシが斃れては、彼ら氷河期は犬死にデスねぇ!」
「……あんた、悪魔に魂売ったんだね」
「今更まともぶって! お前もそうだったでしょう!」
「そうだな……あんたたちのおかげで目が覚めたよ。ありがとうな」
「憐れむような目で、ワタシを見るなァ!!」

 いくつものフローズン・エッジが放たれる。
 慎重かつ繊細、だけど大胆かつ刹那に。それらをいなしつつ巨勢さんは距離を詰めた。だが、数多ものチャクラム、そのすべてが巨勢さんに照準を定めていたとは限らなかった。冷酷な輪は羽根をなくした籠中の天使──小金井萌絵を引き裂こうとしていた。

「きゃああああああ!!」
「……この勝負、ワタシの勝ちデス!」
「……いいや、あたしたちの勝ちだ」

 現場にたどり着いていなかった私は戦闘の様子をつぶさに観察できたわけじゃない。だけど、冷気の流れで敵の攻撃が複数の飛び道具であることは把握できた。それらを『エピメレイア』の保護で融かすことなら、目で追わずとも、可能──!!

「『エレオス』の火ィィ!!」 
「……勝負あり、だ!」

 袈裟懸けに斬られ体勢を崩し触れた足場が大きく陥没、メイプル・オータムフィールドが瓦礫の山へと呑み込まれてしまった。その衝撃音の凄まじさは依然遠く離れた私にも聞こえたほどだった。橋はさらにひび割れ崩壊が伝播、小金井萌絵も足を取られ脱落してしまう。

「あっ……」
「小金井ちゃん!」
 
 巨勢さんが手を差し伸べようにも間に合わなかった。
 
「頼む、救ってくれ、遥あぁ────────ッ!!」
 
 この時彼女の声は聞こえていなかった。
 それでも、尋常じゃない状況だということ、そしてその音のする只中にはまだ、温かな命がひとつあることは、たしかに感じたんだ。

「小金井ちゃん……!!」
 
 急いで反転し、橋を降って崩落の現場へ急行した巨勢さん。
 うず高く積もった瓦礫の頂上には、巨勢さんの言葉をそのまま借りると「あの時見たのと同じ光があった」。

「小金井ちゃん! 大丈夫か!?」
「……ん……こ、この、光は……!? なんだかとっても、あたたかい……」
「ああ……! 『エピメレイア』の保護だよ……!!」
 
 光は抱き寄る巨勢さんも包み込んだのだった。


6 分断と憎悪

 巨勢可南さんが中央公園で戦っている間、こちらも足止めを食らっていた。
 一足飛びに公園まで行きたい。でも、車の往来が大混乱している。
 平日の、しかもいわゆるアイドルタイムにあってはあまりに不自然。
 信号機の動作が不安定なせいで、交通に麻痺が出ているのだ。

 これもまさか……人為的に……?

 加えて、『クリサンセマム』の大群の追撃だ。人の手による破壊的な氷の雨。そんなものを経験したこともない車道・歩道、どちらの人もパニックに陥っていた。
  
「……くそっ、急がなきゃなのに……!」
「気分はいかがですか? これらはあなたが助けたい人たちが引き起こしているんですよ?」

 後方から『クリサンセマム』の刺客・浅草寺(センソウジ)貢里主(クリス)の挑発が聞こえてくる。

 ……追いつかれてしまったか。
 にしても彼女の口ぶりから判断するに、やっぱりこれは……人為的な── 

「ちょっとインターネットであれこれ吹聴したらすぐこれですからね。本当に『彼ら』は素直で純粋で、お可愛らしい」
「……人の悪意を操って、分断して。あなたたちはそれが楽しいんですか!?」

「ええ。ゾクゾクするほど愉しいですわ」

 浅草寺貢里主は間髪を容れず言い切った。そして言い放つ。
 
「人が抱いてる、ふわふわとした、なんとなくの嫌悪感。それが、明確な『憎悪』に変換される瞬間。何にもまさるエンターテインメントではありませんか?」

「……エンタメ……!? あなたちはそんな感覚で、こんなことを!?」

「『エレオス』。あなたたちは嫌われ者です。お節介、気持ち悪い、怪しい……こう言われているんですよ? あなたたちが救いたいと願っている当の人たちにね! そして今はこうして我々に同調してあなたの行く手を阻んでる。これほど惨めなことってあります? やめたくなりませんか!?」

「……そんなこと、知ってますよ」

 ……知ってるよ。
 わかるよ、そのくらい。言われなくたって、伝わってるよ。
 何度も何度も。暑い日も寒い日も、雨の日も。彼らの様子を見に行っているんだから。会おうとしても、門前払いがほとんどだ。

 だけど! いちばん苦しいのは彼ら『スノードロップ』の発現者なんだ。

 何よりも私自身が、孤独に凍え死ぬ人たちを、これ以上見たくない。
 それに、熱意が通じる時だって……あるんだ! それまでは何があろうと挫けてる暇なんてないし、くだらない分断工作などに付き合っている暇もないんだ。

「なんと言われても……何をされたとしても……私は、彼らを救うことを、やめない!」
「おお、たいそう崇高なことで……さて。時間は稼げましたわね。お話にお付き合いいただいて、ありがとうございます、ですわ」

 しまった、つい──! 
 歩道や周囲の住宅、アパート・マンションの上階。いたるところに『クリサンセマム』の構成員が配置されているのが見て取れた。
 まんまと彼女らの思惑にハマってしまったわけだ。

「教えてあげましょう神麗和(シンレイワ)遥(ハルカ)。人は正義の是非にかかわらず、生きづらさの果てに、大いなる力の顕現を欲するということを。『クリサンセマム』は、まさに彼ら『スノードロップ』の人たちが渇望し、わたくしたちに託した力だということを!」

「……そうですか。でも私は認めません。たとえ私独りだけが取り残されたとしても、私は、私の信じる道を歩むまでです!」

「……おやりなさい」
 
 浅草寺さんの感情のこもってない指令と共に、氷塊の矢の雨あられが降りかかる。こどもの頃に見たCG映画のようで、それが私に向けて放たれたというのすら忘れるほどの壮観さだ。けれどこれは紛れもなく、私が乗り越えるべき現実。それらをすべて、『エピメレイア』の保護で融かす。
 
「ぐっ……!? ぁは……!?」

 立ちくらみ、か……!? 突如足腰に力が入らなくなり、膝をつく。
 ぽた…ぽた……こぼれ落ちていたのは、血……!? 
 何も当たっていないはずなのに、どうして……

「……やはり、ここまで相当無理を重ねたみたいですわね」
「え……?」

 浅草寺さんが嘲笑とともに私を見下ろす。

「!! がはッ……げほっ、ごほっ……」 

 道端のペットボトルのごとく腹部を蹴飛ばされ、鈍い痛みが走る。
 元々私はただのボランティア風情。けっして戦うためのトレーニングを受けているとかいうわけではない。こうして掴まってしまえば、普通のか弱い女となんら変わりはない。

「『スノードロップ』も命を散らして発言する力。あなたの力も、なんのリスクもなく無尽蔵に出せるものではない、ということですわね」

「……どういう、ことですか……!?」

「あなた、自分の力がなんなのか理解もせず奮っていたのですか。あなたのその力も自らの命を代償にして得た、悪魔の所産ってことですよ!」

「──ッは……!!」
 
 執拗に同じ場所を蹴られ、意識が飛びそうになる。
 ……たしかに、そうか。私だけ無限に力が使えるなんて、そんな都合のいい話あるわけないか……

「……惨めなものですね。自分の命を削ってまでやってきたことが、ここでまったくの無駄になるのですからね。わたくしならそんな人生、死んでもお断りですわ」

 ……私のやってきたことは、無駄だったのか……?
 こんなところで、終わっちゃうのか……?
 ランス型のフローズン・エッジを構える浅草寺さん。
 
「──消えなさい、『エレオス』の火!!」


7 裁きの矢

「な、なんですの!?」

 私の身体に鋭利な氷の刃が突き立てられようとしていたまさにその時、地割れのような音が鳴り響く。中央公園、『くじら橋』のある方角。
 失われた命、そしていままさに失われようとしている温度を感じた。
 浅草寺さん以下『クリサンセマム』全員の注意が逸れた今この瞬間しかチャンスはない。
 

 中央公園のほうには保護の力を。
 そして心苦しいけど目の前の人には、対極の──


「へぇ、まだ立ち上がれますの。ですがヨロヨロのあなたが──……?!?!」
 

 口元をパクパクさせながら、声も出せずに悶える浅草寺さん。
 普段は意識することもないけれど、たしかに存在しているもの。
 それが空気。
 それがたとえ一瞬でもなくなっちゃったなら──?
 生物である限りは、逃れようもない苦しみでしょう?

「……こんな危ないものは、ないないしましょうね」

 無防備になったのに乗じ彼女の腕に握られていた武器を蒸発させる。

「……ぷはっ……え、『エレオス』ぅぅぅぅ……!!」
 
 顔面蒼白。顔を歪めながらキッと私を睨みつけた彼女は、そのまま地面へと倒れ込んだ。意表をつくのだけしか能がないけどそれだけは得意なんだ、ごめんなさいね。


「……これで勝った気にならないことですわね! 忘れてはいませんか? あなたには数十の弓矢が向けられていることを!」
 

 見上げると、太陽に反射したいくつもの光。
 あれがすべてフローズン・エッジが照らし出す光なんだとすると……
 さっきはCGみたいに感じられたけど、ある意味それさえ超越した、裁きの矢を矧ぐ宗教画の一幕なのかもしれない。

 浅草寺さんの言葉は脅しでもなんでもなく事実そうなんだろうけど……
 これまでの流れからいくと、本当に危ないのは私なんかよりも──
 
 
「きゃっ……あなた、何を──」

 
 私自身がそうだと知覚する前から、身体はもう動いていた。

 
「やめて──────────────ッッッッ!!」

 
 浅草寺さんに向かって降り注ぐ矢と、それらを射出した弓まで。
 すべてを。 
 エピメレイアの力を最大限引き上げてかき消す。

「っうっぷ……!! がはッ!! はぁ……はぁ……」
 
 口元を押さえた手のひらは新しい血で染まる。
 先程よりも強い脱力感に襲われる。  

「む、無茶苦茶ですわ……」
 
 浅草寺さんが小さく漏らす。
 
「浅草寺さん……無事で、よかった」

 彼女を救けられた。それだけで、今は満足だ。
 ……意識が朦朧とする。
 今ここで、なんてさらさらないけど──これが、命を削ってる感覚か。
 私はこうしていつかは戦いの場ですべてを出し切って死ぬんだろうな、というのは、確信めいて感じられた。

 全身にまったく力が入らない。ここで力尽きてはいけない。
 中央公園も気がかりだ。
 早く行かなきゃ。行って、巨勢さんを……救け……なきゃ…………


8 アフター・ザ・ナイトメア

 「ここは……? どこ……?」
 
 どこまでも吸い込まれそうな、真っ黒な空間。
 その只中に独り、私はいた。
 闇の中をあてもなくさまよっているうちに、見つけたんだ。私がいちばん逢いたくて、逢えなかった人を。
 
「お兄ちゃん……!? 生きてたんだね!」
「死んだよ。とっくにね。お前のせいだよ、偽善者」
「え?!」
「全員救いたい? そんなの自己満足だよ。じゃあなんであの時僕を救けてくれなかったんだよ」

 ……はっ。今のは……?
 泣いていたのか? 私は。
 長い夢を見ていた。ような、気がする。
 目が覚めた瞬間までは覚えてたはずなんだけど……毎度のことだけど、どんなに意識しても夢ってすぅーっと消えていくから、人の忘れるってプロセスは不思議だ。
 もしかしたら現実では二度と逢うこともできない人と言葉を交わしてたりしてるかもしれないし、いささかもったいなく感じることもあるけど、それは悪夢だった都合よく忘れるための防衛機制のようなものなんだろうな。

 知らない、白い天井。病院のようではない……けど。
 今私が横たえているこれは……ベッド。
 我が家にそんな上等なものはない。
 この、身体──とくに頭がほんの少し埋没している感じ、久しく忘れていた。思えば2~3年くらい、まともに布団やベッドで寝たこともなかった。背中の痛みともそれ以来の付き合いだけど……そうか、ちゃんと準備して寝るとそんな症状は起こらないんだな。
 
 誰にともなく問いかける。

「ここは……? どこ……?」
「よかった、目が覚めたんですね……!」

 返事は、初めて聞く幼い少女の声。
 その割に出で立ちはしっかりとした印象だった。
 あるいは、そう育たざるを得なかったのか。
 上体を起こした時、頭痛に襲われた。

「う……」
「あ、あまり無理をしないでください……!」 
「ありがとう……大丈夫。それより、あなたは?」
 
 代わりに彼女を紹介したのは、私の知っている声。
 
「小金井萌絵ちゃんだよ。そしてここは、この子の家だ」
「巨勢さん……! 無事で本当によかった……!」
「どっちかって言うとそれはあたしたちのセリフなんだけどな。あのときの公園でも助けられたし」
「そうです! 神麗和遥さん! あなたは私の、命の恩人なんです!」
「……いや、私は何も……」

 心当たりがないんだけど、とまで言いかけて、あっ、と思い当たる。
 あの橋が崩落したような音と共に、命が落ちようとしていたのを感じた。
 あれが、この子だったのか?

「それに、私は自分のコントロールできない力から解放されたかった。やっと普通に戻ることができた。感謝してるんです、心から。ほんとに」
 
 ……そうか。
 望んで『クリサンセマム』になった子たちばっかりでもないんだな。っていうのは荻窪さんもそうだったけど……
 

「そうだ。私は『クリサンセマム』に襲われて……」

 その荻窪さんの命を奪った浅草寺さんやほかの『クリサンセマム』たち……
 あの軍勢はどうなったんだ!? 
 巨勢さんに質問をぶつける。
 
「あれからどれくらい経ったんですか?」
「……丸2日かな」
「そんなに……! こうしてはいられない、すぐ事務所に……!」
「ダメですよ、安静にしてないと! それに──」
 
 言いよどむ小金井ちゃん。
 いい子なんだろうな、嘘をつけないタイプだ。明らかに、しまった、っていう表情だった。巨勢さんもバツが悪そうにうつむく。そんな二人の変化に気づけないほど私は鈍感ではないし、どうしても流すことはできなかった。
 なんだろう……ものすごく、嫌な予感がする。
 
「……それに?」
「えっと、ああ、アレだ。目が覚めたばっかりだから。今日は休もう? な? 一日くらい休んだってバチ当たんないさ、あんたの働きぶりだと。な?」
 
 巨勢さんも、どこかおちゃらけたところがあるけど根はすごくいい子。
 話題の逸らし方があまりに下手くそすぎる。
 いや、彼女たちを責めてどうにかなるもんでもない。覚悟を決める。
 私は、どんなことがあっても、揺らぎはしない。

「何かあったんですね……? 『エレオス』に」
 
 巨勢さんも覚悟が要ったんだろう、長い一拍を置いて話しはじめる。

「落ち着いて聞いてほしい。あたしたちを襲っていた『クリサンセマム』の部隊は完全に陽動だった。あいつらの本当の狙いは──『エレオス』、稲城支部。あたしたちを引きつけている間に、『エレオス』稲城支部が襲撃されていたんだ」

「え……?」

「あのあと行ったんだよ、あたしとこの子でさ。そしたら、事務所の中は荒らされてて、中の人は……その……誰も──」

 ………

「……そう、ですか」
「……泣いたり、しないんだな」
「……」
「あ、いやごめん……責めてるつもりじゃ……ただ、強いな、と思って。なんていうか、あたしだったら耐えられないって、思うからさ……」
 
 不器用だけど励まそうとしてくれてるのはわかる。
 

「ありがとう……でも、そのような事態が起こったのなら、それを招いたのは私の責任でしょう。本来はそこまで想定して動くべきでした。どのみち、相手方は攻め込んできたとは思いますが」

「い、いや……あんたのせいなんかじゃ、自分を責めたりは──」

 私は首を横に振り、巨勢さんの言葉をさえぎる。

「原因と結果はありのまま受け止めます。結果として私は、事務所の先輩すら守れなかった。それは厳然たる事実です」
「そ、そんな……! 神麗和さんは私を助けてくれました!」
「……大丈夫ですよ。だからと言って、自分を過度に責めたりはしません」
「……神麗和さん……」

「過激な行動に出た何者かに踏みにじられた者が、自分のせいだ、と何もかもを背負う必要はないんですよ。あの時ああしていれば……と脳裏をよぎります。けど、そもそも悪いのは、過激な行動に走る者たちです。虐げられた被害者のみがどうして罪の意識にさいなまれなきゃいけないんですか。それこそが、いちばん理不尽です」
 
 そう、『クリサンセマム』が何者であろうと。一方的な暴力にうったえた時点で、彼女たちになんの正義もありはしない。
 そんな者たちのために感情を揺さぶられるなんて、あまりにもバカらしい。
 先輩たちのことは悼みます。だけどごめんなさい、涙は見せません。
 少なくとも、今は。

「彼女たちからしてみれば、邪魔な私さえ押さえ込めればあとはどうとでもなる。少なくとも首都圏の『エレオス』は完全に押さえられていても不思議じゃない……おそらくはもう制圧されているんじゃないですか?」

「は、はい!? ……そ、そうだな。ネットの書き込みでは、『エレオス』解散だ、って大騒ぎさ」

 思わず乾いた笑いが出てしまう。
 ……改めて、嫌われてますね。もっとも、あの時の浅草寺さんの口ぶりだと、工作も込みなんでしょうけど。
 
「以前のいち飲食店の規模ならいざ知らず、公園や歩道といった人目につく場所をわざわざ指定し、白昼堂々能力を使った。これはつまり──」
「……もはや自分たちの存在が知られてもなんにも困らない、ってか」
「そうです、巨勢さん。彼女たちは今後、より過激な行動に走る可能性が高い。あなたたちは、私が──」

「……神麗和さん。あなた、独りで闘おうとしてますね?」
 
 小金井ちゃんの凛とした表情。まいったな、そんな顔もできるのか。
 気弱そうないい子、というイメージは、早めに払拭しないといけないな。

「わたしにも闘わせてください。月並みですけど、あなたは独りじゃない」
「あたしも混ぜろよ。まあ、無能力者二人じゃ、結局頼りきりになっちゃうかもしれないけどさ。あ、でも今日は休めな? 戦略的な休息だ。じゃないと勝てるものも勝てないだろ?」

 独りじゃない、って言われた時の安心感。
 ああそうか、『氷河期』の方たちも、こんなふうに嬉しかったんだな。
 
「……二人とも。ありがとうございます……!」
 
 私は、帰る場所を失った。
 けれど代わりに、かけがえのないものを手に入れた。
 まだすべてが終わったわけじゃない。
 救うのを、あきらめない──!


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