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chapter.5 ボンボンショコラは誰のため?


高田先輩が近づいてくる。
厳つい顔に似合わない愛想笑いを浮かべながら、足早に…

(あぁ、今年もそろそろバレンタインか。)

私はデスクの上のカレンダーを見ながら、心の中で呟く。

「悪い。今年も頼む」

先輩はそう言って白い封筒をキーボードの脇から滑り込ませると、何事もなかったように去っていった。

(どれどれ今年はどんなチョコでしょう?)

白い封筒の中には、「サダハルアオキ ボンボンショコラ 12P」と書かれたメモと、きっちり畳まれたお札が数枚入っていた。

(了解っす。)

私は早速、オーダーされたチョコのパティスリーをググってみる。

(丸の内…ふーん、隣駅か。
今年のお使いは近くて良かった。)




高田先輩はゲイだ。
お相手は先輩が溺愛している猫の主治医だという。

詳しい馴れ初めは知らないけれど、ちょうど2年前の今頃、私は先輩からそれをカミングアウトされた。

「ほんとにごめん。
入社前の夏目に頼むのは、全く筋違いだとは思ってる。
でも、夏目くらいしか頼む人いなくてさ。
俺、女友達いないから…。」

バレンタインのその日、猫の予防注射を口実に先生に会いに行き、チョコを渡して想いを伝えたいのだと言う。

「え、そのタイミングでいいんですか?」

「逆にそこしか無いと思うんだ。
俺の猫も先生を愛してるから…。

分かるんだよね。
だってあの気位の高い猫が、先生にだけは従順になるんだから。」

「なんか…よく分からないけど、了解す。」

私は中途半端に肯きながら、白い封筒を受け取った。

(確かに、この時期のチョコ売り場に高田先輩がいたら、悪目立ち半端ないわ。)




さて。
今年のチョコを味見してみますか。

先輩はいつもオーダー品の価格の倍の金額を私に渡し、同じ物を2つ買って、1つは君が食べてくれ…と頼む。

仕事も完璧主義の先輩の事だから、チョイスに間違いなどあり得ないと思うのだけど、念の為、味のチェックをして欲しいのだと言う。

まぁそう言いつつ本当は、私へのお礼の代わりだとは思うけど…。


私はシンプルな真っ白い横長の箱を開けてみる。

中にはまるでパステルの様なチョコが12本、お行儀良く並んでいた。

一本手に取って頬張ってみる。

うーむ。個性的でありながら一線を崩さない、濃厚で上品なお味。
先輩、さすがす。

でも…。
そんな先輩でも気付いていない事がある。

OB訪問で先輩に出会った時から私が先輩に惹かれていた事。

先輩と一緒に働きたくて、必死に就活した事。

入社前研修で先輩に呼び止められて、「実はおりいって話がある」と言われた時に、思い切り舞い上がっていた事… を。

あれからもう2年か…

私もそろそろ見つけなきゃなぁ。

見た目イケてて、中身濃厚なボンボンショコラくんを。




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