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四足二輪ツーリング 秩父三峯神社(前編)

ゴールデンウィークは実家に帰る。実家は所謂兼業の米農家で、かつて会社勤めであった父の仕事の都合上、田植えはゴールデンウィークというのが決まり事だ。僕は大学進学と同時に東京に出てきたわけだが、それ以来一度たりとも日々の主食としての米を購入したことはない。備蓄がなくなれば実家から送ってもらえば済むことだからだ。お陰さまで我が家の家計は非常に助かっているのだから田植えぐらいは手伝わないと、と思うのは当然の事だろう。

だが、恒例行事であるはずのゴールデンウィークの田植え帰省は、昨年に続き今年も実行する気にはなれなかった。実家には90歳になろうという祖母が健在で、両親も65歳を過ぎて世間的には立派に高齢者の仲間入りを果たしている。万が一があった場合、自分や家族たちが直接の原因となってしまいかねないことを考えると、仕方ないよなと思うのだ。

前置きが長くなったが、要するに今年のゴールデンウィークは巣ごもりで過ごすことになった。5月6~7日に至ってはお国のカレンダーとしては平日扱いなので、市の臨時職員の妻も、高校、中学に通う子供たちも不在となり、家に残されるのは愛猫と、連休をつなげるために有給を取得した僕だけになるわけだ。
つまり僕は暇を持て余すことになる。どうせ家にいても一人(と一匹)。となると遊びに出かけたくなるのが僕という人間だ。

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6日はフルスイングで家族のために奉仕する。いわゆるご機嫌取りだ。
朝は皆が出かける前に起きて洗濯を済ませる(掃除の次に嫌いな家事だ)。3人とも送り出した後はコストコに行き、連休最後に予定しているBBQ(例年なら田植えの後の恒例行事)の食材を調達する。ついでに寿司セットを買ってきた。うちの家族は寿司さえ与えておけばご機嫌だし、コストコの寿司はそこそこ美味い。
夕食を済ませたら風呂場で妻の髪と背中を流す(これは割と普段からやっている)。我ながら完璧且つあからさまなご機嫌取りである。

満を持して妻に話しかける、つもりだったのだが先に妻から切り出してきた。

明日ツーリング行きたいんでしょ?休みだもんね。
行っておいで。バイクもたまに乗ってあげなきゃかわいそうだよ。

まじか?何か裏があるのか?それとも気づかぬ間に僕は女神と婚姻していたのか?とにかく、持つべきものは年上の伴侶だと再確認した。

妻の許し、いや積極的な推奨を得ることができた。7日は全力でソロツーリングを楽しませてもらうことにした。

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バイクカバーを外し、ホイールの防犯チェーンとハンドルロックを解除する。トップケースにはどうせ使わないだろうと思いつつも、ウルトラライトダウンとカッパを入れる。タイヤの空気圧を点検し適正圧に調整する。タンクを開けガソリンの残量を確認すると(僕のバイクにはガソリンメータがなく給油警告灯しかない)若干減っている。出発前に給油が必要なようだ。ちょっとした荷物を入れたザックを背負いイグニッションスイッチを押す。半年以上放置していたのにもかかわらず一発始動してくれるあたり、素直でいい子だとな思う。

最寄りのガソリンスタンドで給油を済ませ、いざ出発だ。
バイクという乗り物は生身で騎乗するその性質上、気候の変動を敏感に感じることができる。前日までは快晴続きの灼熱の連休だったわけだが、この日はどういうわけか涼しい、いや肌寒さすら感じる。この時感じた違和感は後の後悔の前兆だったのだが、僕はそれに気づいていなかった。

まず目指すのは道の駅芦ヶ久保だ。
青梅あたりまでは普段の生活領域ではあるのだけれど、クルマで走るのとバイクで走るのはやはり違った刺激があることが再確認できた。例えば、クルマだとただただ道の示すラインをひたすらなぞることしかできないが、バイクは車線内でも道幅をフルに使うことができるのでライン取りを楽しむことができるといったことが挙げられる。法定速度の範疇であっても、ちょっとしたカーブ一つを狙ったラインで走れることで快感を与えてくれるのだ。
埼玉県道53号線から正丸峠へ。途中左カーブを曲がる際、対向のバイクが外に膨らみ路肩まではみ出して危うく転びそうになっている姿を見かけた。幸い転倒など大事には至らなかった様子だ。他人事とは思わず気を引き締めていこう。
峠を抜けると国道299号線に出る。あとは道なりに進めば道の駅だ。この道の駅、いや国道299号線は人気のツーリングスポットで連休ともなると道の駅前の交差点で渋滞ができる。今回は連休の合間の平日だからか、予想していたよりもはるかに空いていて、すんなり入場できるどころか、バイク駐車場はガラガラで僕を含めて5台程度しか停まっていなかった。トイレとコーヒーブレイクをさくっと済ませ再出発する。

次なる目的地は小鹿野町の東大門だ。小鹿野町はわらじかつという2枚の大きな味付きトンカツのかつ丼が有名で、東大門はその人気店の一つだ。
名物のわらじかつ丼にはメガわらじというものが存在している。総重量1kgオーバーのまさしくメガサイズだ。

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完食すると記念撮影によりその栄誉が称えられる。店の入り口には誇らしげに空の食器を掲げた写真が無数に貼ってある。その中に自分を見つけて懐かしい気持ちと吐き気を思い出す。そう、僕は5年程前にすでに完食を達成していたのだ。あの日の愚行を繰り返すわけにはいかない。何せこの後がっつり運動をする予定があるのだ。
通常サイズのわらじかつ丼を注文し5分ほどで手元に届いた器を見て安心感を覚える。この程度の量なら前回より5歳ほど齢を重ねた今の僕でも余裕で食べきれる。見た目は所謂ソースカツ丼なのだがやや甘めの味付けが施されている。個人的には七味をかけることを強くお勧めしたい。

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腹ごしらえを済ませたところでメインの目的地に向けてスマホのナビをセットする。目的地は秩父三峯神社だ。
三峯神社の由来は古く、日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)をお祀りしたのが始まりと伝わっている。社名の由来は景行天皇によるもので、日本武尊が平定した東国の巡行を行った際に当地を訪ね、三山高く美しく連なる地であったことから「三峯の宮」と名付けられたということのようだ。その後、修験道の修行場から密教寺院化に伴い神仏習合が進み一時は天台修験の関東総本山となり観音院高雲寺と称したが、明治の神仏分離により三峯神社として現在に続いている。どうやら一部では関東有数のパワースポットとされているようだ。

東大門の前の道をそのまま進んでいくと途中枝分かれした元の道、国道140号線に合流する。荒川が作る渓谷に沿って道は進んでいき、やがて左手には三峯神社の表参道大輪鳥居が見えてくる。本来であればこの周辺にバイクを停め表参道を登っていくのが良いのかもしれない。ここから本殿までは標高差700m、約1時間半の道のりとなり割とハードだ。往復3時間はちょっともったいないなということで今回はスルーし、裏側から直接アプローチさせてもらう。
そのまま道なりに進むと140号線は突き当りで二手に分かれる。左折した道を進んでいくと二瀬ダムに辿り着く。重力式アーチダムの天端は橋としても機能していて交互通行の道になっている。この道からの眺めは絶景で、荒川を堰き止めた右側が秩父湖、左側には荒川の渓谷が見える。そのまま広いとは言えない道を進んでいくとやがて三峰神社の駐車場が現れる。ダムを利用したこの道は参拝客が自家用車でたどり着ける唯一の道となっているのだ。

料金を払い駐車場にバイクを停め、ライディングシューズからトレランシューズに履き替える。早速境内を散策することにしよう。

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まず目を引くのは三ツ鳥居だ。その名の通り三つの鳥居が合体したような形をしている。この形式は全国でも珍しく、さらに左右に鎮座しているのが狛犬ではなく狼(守護神とされている)でありここでしか見れない物だろう。三ツ鳥居には独特の通り方があり、中央から入り左から出てきてまた中央を通り右から戻り、中央、左、中央と進む、というややこしさだ。8の字+左を一回りと覚えるとよさそうだ。(ちなみに周囲の参拝客は誰もやっていなかった…。加えて帰りの作法は情報がない。)

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緩やかな傾斜の参道を登っていくと急に左手の視界が開ける。その正面には豪奢なつくりの随身門が緑の中から現れてくる。寺院時代に仁王門として配置されたこの門は明治期に仁王を廃し随身門へと姿を変えたようだ。
随身門をくぐり参道は一旦下り坂になる。両側に石灯籠が並び、道は緩やかに右にカーブしていき、やがて石段が現れる。その上には青銅鳥居、奥には拝殿が見えてくる。

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拝殿は豪華絢爛の一言に尽きる。権現造と呼ばれる形式で建物は総漆塗り。煌びやかな色彩と装飾に彩られている。権現造の「権現」とは一般的には仏が仮(権)の姿で現れることを表すが、この場合は徳川家康の神号である「東照大権現」を指すのだろう。久能山や日光の東照宮と同じ形式がとられているということだ。

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拝殿の裏手には本殿がある(本殿に対し祈る場が拝殿なのだから当然だが)。こちらは春日造だ。本殿の建立は江戸前期、拝殿は江戸後期であることから従来は全体が春日造であったものが拝殿再建の際に最も新しい形式である権現造を採用したということだろう。拝殿同様、本殿も総漆塗りで鮮やかな色彩となっているが比較するとやや控えめな印象ではある。

本殿周辺には他にも神楽殿、祖霊社、国常立社など、やはり豪華な社殿が並んでおり見ごたえのある境内となっている。日本武尊の像、大山倍達記念碑などと併せて一通り見て回るといいだろう。参道を少し戻り随身門に背を向ける方向にある石段を上りきると奥宮遥拝殿がある。

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奥宮遥拝殿からは秩父の山々が見え、その一つ妙法ヶ岳の山頂(標高1329m)には三峯神社奥宮が鎮座している。遥拝殿からは片道1時間半ほど。軽登山といえる道のりになる。実は開山期間があり5月3日~10月9日の期間しか登頂、参拝することができない。今回GWのツーリング先を三峯神社に選んだ理由がこれだ。

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足元にはトレイルランニング用のシューズ。両手にはノルディックウォーキング用のポール。これで四足歩行となる。いざ、妙法ヶ岳山頂、奥宮へ!

~後編につづく~

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