紫の空を越えて、偶然という演出に溺れる
紫の夜
マジックアワー、紫の夜と聞いてすぐ思い出したのは、湘南爆走族(マンガ)2代目総長 江口洋介のリーゼントだ。ある意味間違ってはないのだが、そうではなく、同マンガでも表現されている紫のワインディングロードだ。そのマンガでこんな台詞がある。
「集会が終わると、夜明けの海岸線を突っ走って帰るんだ。明け始めの道路ってのは、紫色なんだよ。建物も空もだ。〜中略〜 紫の中には俺一人。一番いいなって思う瞬間だね」
彼らは爆走族なので、バイクでそんな時間を味わっているが、自分の参加しているチームのスタイルはランニングだ。さらにオンラインでチームを組んでいるので、世界各地にメンバーがいる。
これはそんな仲間たちがそれぞれの地域のマジックアワーを映し出した日の話だ。
僕らのマジックアワーRUN〜紫の夜を越えて〜
2021年もうすぐゴールでウィークというタイミングで、集会
(「僕らのマジックアワーRUN〜紫の夜を越えて〜」)
の案内が届いた。
「僕らのマジックアワーRUN〜紫の夜を越えて〜」とは日の出前、僅かな時間しか味わえない、色相がソフトで暖かい空「マジックアワー」を、全国各地のランニングクラブのメンバーとオンラインで同時刻に集まり、共有しようではないかというオンライン集会だ。
5月3日早朝5時にオンラインミーティングアプリzoomに集合。
zoom集会の目的は日の出前、僅かな時間しか味わえない、それぞれの地域に現れるマジックアワーの空をオンラインのスマホ画面を通して共有することだ。
この案内で思いついたのが冒頭に紹介した紫の光景だ。そのせいで海岸線のイメージがぼんやり思い浮かび、自分は九州東端地域に足を運び、この集会に参加することにした。
当日は久しぶりに午前4時起床。すぐにコーヒーを入れ、カフェインで目を覚ます。現地までは愛車で約30分。早朝なので飛ばせば5分以上は短縮できるだろうとダラダラしていたら、出発の時間を過ぎている。急いで愛車に乗り込み、九州東端地域に向けてかっ飛ばす。車中からでも空が徐々に明るくなっていくのがわかるのと同時に、全国のメンバーがそれぞれの空の写真を専用facebookグループスレッドにアップしている通知がスマホに流れてくる。
現着は5時を廻ったが、愛車から降り立ち海岸へ、東の空を見れば、日の出前のマジックアワーが描かれている。周りには誰もいない。独り占めだ。
早速写真をスレッドにアップしzoom集会に合流。メンバーが映し出すそれぞれの地域の空をのぞく。東のメンバーはもう日の出を迎えていて、朝日が高層ビルの間から見えている画面もあったりと、早朝からこことは対照的な都会の日の出も堪能しながら、しばし談笑をして、またそれぞれの時間に戻っていった。
(海外メンバーは時差があるため、専用facebookグループスレッドに写真だけの投稿で参加されることも付け加えておこう。)
このように日の出前からランニングするという人は少ないと思うが、自分はそんな時間をランニングで攻めた時期もあるため、マジックアワーはそれなりに経験している。
この時間の空気感は静かで澄んでいる。その上その幻想的な状態を大概一人でたっぷりと堪能できる贅沢な時間でもあるのだ。
視覚と聴覚とプレイリスト
日の出を迎えながら海岸でサクッとオンライン集会を終え、ここからは自分の時間だ。本日は久しぶりにノルディックポールを持参し、海岸沿いの国道197号をノルディックウォークで攻めに来たのだ。愛車を止めている道の駅へ戻って準備し、早速スタートを切る。しばらくは国道を進んでいたのだが、国道から海岸線を見ていると、どうも海岸線に沿ってウォーキングコースが整備されてるような道が見え隠れするので、しばらく進んでビーチ区間に入った時に国道から降りてみると、やっぱり海岸線に沿ってコースが整備されてるのを発見。ちなみに自分が愛車を止めた道の駅から、ここのビーチまでもしっかり整備されていることを、復路で気付く羽目になるのだが。
というわけでここからは予定を変更して海岸線に沿ったコースを攻めることにした。とはいってもビーチを抜けた後はまた海岸線の道路に出なくてはならない。しかしながら、その道路もどうやら旧道らしくほぼ車は入ってこない。しばらく旧道を攻めていると、どうやらこのコースはサイクリングロードとして整備されていることがわかった。とはいえこんな早朝からサイクリングしている人もいないので、ほぼ貸切の贅沢なコースなのだ。
しばらく進むと今度は道路からさらに海岸沿いに整備された道に分かれたのだが、この区間がまた綺麗な景観なのである。
向かって右手には新緑を纏った壁、左手には透明度のある水と海藻と岩が織りなすグラデーション、正面にはお日様が燦燦と輝いているのだ。
気づけば紫の夜からあっという間に日の出を迎え、暗いうちは見えなかった影の部分の色彩が鮮やかになっていく。
マジックアワーは日の出前の僅かな時間でしか味わえないが、ノルディックウォークしながらここまで攻めてきた時間も数分程度の大した時間ではない。こんな短い時間の中に普段は気にも止めない、当たり前の色彩の変化がある。そんな時間を贅沢に感じられるというのもなかなか乙なものである。
このように、夜明け前という普段は味わうことの少ない時間帯を、景観のコントラストが豊かな場所で攻めることにより、普段は気にも止めなくなっている色彩の変化に、大いに視覚を刺激されつつ、港町を折り返し地点とした往路を占めた。
復路はランニング
当初予定していた折り返し地点には広場がある予定だったが、googlemapに従って到着した場所は、港町の住宅街の細い道で広場はない。とはいえ別に広場は折り返し地点の目印にしただけなので、さほど気にせず来た道を戻ることにした。戻り始めてすぐに往路で通り過ぎたベンチがあったので、そこで着ていたアウターを一枚脱ぎリュックにぶっ込み、ノルディックポールもリュックにぶっ刺して、復路はランニングだ。
当初はノルディックウォークだけの予定だったが、このコースを今度はランニングでも攻めたくなったのだ。
港町から早朝の海岸線のコースに戻っていく途中で、そういえば今日はBGMを流しながらではなく、波の音と磯の香りで攻めていたなと思い。復路はおもむろにAirpodsを左耳にブッ刺した。ノルディックウォークなら両耳にAirpodsを装着するのだが、ランニングだと走る振動で右耳のAirpodsが外れやすくなるため、片耳装着なのだ。片耳だと音源によっては聴こえなくなる音もあるので、そこは脳内補正をかけながら再生。BGMには我ランニングクラブで定期的にリクエストを募集し、もう既にvol.4に突入した、早朝と新緑をテーマにメンバーから集められた曲を並べた「RUNDOM MIX 2021 vol.4」だ。このRUNDOM MIX 2021は現在vol.1〜4まであり、全てApple Music、Spotify、YouTube Musicで聴ける曲でリクエストが募集されて、構成されている。どれか使用中のサブスクがあれば視聴可能だ。
とはいえ、なんだか体がだるい。あとからメンバーにも聞いて納得したのは、ノルディックウォークを7キロ1時間以上やれば、かなり疲れるらしい。どうやら久しぶりのノルディックで調子に乗ってしまったようだ。
クラシックと波打ち際のハーモニー
疲労を微妙に感じながらも、港町から先ほど攻めた海岸線のサイクリングロードを目指していざスタート。10分も経たないうちにサイクリングロードに入った。景観も往路とは逆になり、左側にAirpodsからBGMが流れてくる新緑の壁、右側が波打ち際の音が流れてくる海、バックに太陽を背負うことになった。ちょうど右側の光景がビーチの区間に入ったタイミングだった。ゆっくりと管楽器とハープの音色が左耳から流れてくる。
モスクワ放送交響楽団のオーケストレーションが波打ち際で開演された。絶妙のタイミングで右耳からビーチの砂が波に洗われている摩擦音が流れ込んでくる。とても柔らかい音だ。その音がチャイコフスキー「花のワルツ」の演奏に混ざり込んでくるのだ。お〜〜〜この演奏の柔らかさにピッタリではないですか〜と、波打ち際の音がオーケストラに加わっている脳内補正がかかる。理想としては両耳にAirpodsを装着し、ノイズキャンセリングをオフにした状態で、その波打ち際の音を、いい感じで取り込みたいのだが、そこは脳内補正で自分だけの世界へトリップするのだ。
ちなみにこの曲をリクエストしてくれたメンバーは、フランスでソムリエをされている方だ。そうだ!これはまさに柔らかい演奏に、水で洗われる砂の柔らかい摩擦音が混じるというマリアージュが音で表現されているのだ。
そんな贅沢な時間に聴覚が洗浄されたのである。
音と音の偶然の出会い
ビーチの音は打ち寄せる波に間があるので、打ち寄せる瞬間は大きくなり、引くときにフェードアウトしていく。不規則的ではあるけれど、柔らかい音の強弱が繰り返される。もちろんそれは天候によって激変するので、この瞬間を再現することはできないというわけだ。
今回は水の音に洗われながらワルツを走るという体験に癒されたのだが、水の音は音でも様々なタイプがある。滝に行けば水面や岩に直撃する水の音が継続的に流れ続ける。水量に寄って多少の強弱はあるが轟音が鳴り続けるため、ただのノイズともとれるのだが、滝に行けば癒される。多分それは滝の窯が吹き抜けの空間になっているので音を吸収してくれて、耳に優しく入ってくるから、ノイズにならないことと、その美しい滝の光景に魅入られるという相乗効果も重なるからだろう。
ではノイズ的であれば不快なのかといえばそうではないとも言える。
ここで雨の日の演奏を記録した音源を紹介したいと思う。
演奏の最初から盤面の荒いレコードを状態の悪い針で再生しているような、おそらく雨が人工物である路面やテントに打ち付けている音が流れてくる。非常にノイズ的な水の音だけど、この時点で個人的には嫌いじゃない音の演出だ。徐々に演奏が立ち上がっていき歌が始まる。この時点でもう雨や雑踏の音が曲調と重なって混じり合い、この曲の背景色のような彩りになっている。
もちろん編集で良き感じに調整されているかもしれないではないかと言われればその通りだと思う。でも自分はそれでいいと思う。現に自分は走りながら左耳だけAirpodsを装着し、右耳で波打ち際の音捉えて、脳内補正という演出をしているのだ。
自分も走りながらこの作品のように、気付いたら混じり合っている偶然の瞬間の演出に魅了されたのである。
ロマン漂う港町佐賀関ぜよ
さて、今回初めてランで攻めた場所は佐賀関という地域だ。おそらく全国的にも「関アジ・関サバ」がブランドとして名を馳せている。当然走り終えた後は堪能したいとこではあるが。。。
愛車の待つ、道の駅さがのせきに戻った現在の時刻は8:00。祝日の朝だ。営業しているお食事処は無いようだし、道の駅の営業開始も9:00だし、近くに銭湯もないようだ。
これ以上このことは考えたくないので、即断即決で帰ることにした。とりあえず自販機で水分補給。アクエリアスの守る乳酸菌ウォーターなるものを発見し、Coke ON Payにて支払い。
早朝の集会から今まで突っ走ったあとのドリンクは文句なしに美味い。しかし、こんなことで今の自分の舌、港の幸モードを騙すことはできない。もう視覚、聴覚なんかどうだっていい。次回はただこの味覚だけを満たすためのリベンジを誓って、国道197号を愛車で爆走し帰路に着いたことだけが、本当の紫の夜を越えた後の真実なのだ。