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改シナリオ④『僕は靴ひもをうまく結べない」

~放送記録~

2024年4月1日放送 
文化放送「青山二丁目劇場」
≪キャスト≫
タロウ  織田優成
サクラ  三上枝織
門脇   鎌田 梢
山岸   蟹江俊介
記者   蟹江俊介

支配人  古川登志夫

~登場人物~

タロウ   20代後半(男)小説家
サクラ   20代  (女)
門脇       30代前半(女)編集者
山岸    20代後半(男)タロウの同級生
記者    50代  (男)雑誌記者

〇タロウの精神世界

  カラスの群が鳴いている。

 タロウ(モノローグ)
「ざわざわした感覚は、
 こめかみの奥あたりからやってくる。
 好奇心に満ち溢れた『原因』という言葉を
 もってするなら、勝手にしてくれと思う」

   タロウは、踏切の前で立ち尽くす。

 タロウ(モノローグ)
「僕が僕である感覚。一定のラインを越すと、
 全身が無機質な砂で覆われて溺れそうになる。
 僕は常にそれの捨て場所を探していて、
 時折深く被ったベースボールキャップから
 ジワっと流れ出す。
 そんな状態が子供の頃から続いている」

   電車が警笛を鳴らしながら、通過する。

 タロウ(モノローグ)
「僕は靴ひもをうまく結べない」

  カラスが飛び去っていく。
  ズームの通知音が聞こえてくる。

〇タロウの部屋

タロウ「あっ、ズームの時間か」

  タロウ、キーホルダーを叩きズームにログイン。
 
門脇(モニター)
 「タロウ先生、お疲れ様です」

 タロウ「お疲れ様です(覇気がない)」

 門脇(モニター)
「よろしくお願いします。
 もしかしていま、執筆中だったりしますか? 
 いい感じで進んでいるなら
 打ち合わせは後回しにしますけど」

 タロウ「いいえ、ネットで検索していただけなので
    大丈夫です」

 門脇(モニター)
「少子化の資料なら、先日添付したファイルは
 ご覧いただけましたでしょうか?」

 タロウ「えーと、はい」

 門脇(モニター)
「データに関しては、去年のものが最新となっています」

タロウ「そうですか……」

門脇(モニター)「少子化の問題って、深刻ですね」

 タロウ「ああ」

 門脇(モニター)
「今回のテーマは、タロウ先生のファン層に
 響くと思うんですよね。
 小説ランキングのトップ、狙えますよ、絶対」

 タロウ「そうですか……」

 門脇(モニター)「資料でなにか不明な点ありました?」

 タロウ「ん……門脇さん」

 門脇(モニター)「はい」

 タロウ「打合せって、電話じゃダメですか? 
    ズームなのに、お互い顔を出してないと思って」

 門脇(モニター)「でも、スマホだと手が疲れませんか?」

 タロウ「どっちみちスピーカーにしているんで」

 門脇(モニター)
「先生が良ければ、次回から電話にしましょう」

 タロウ「すみません」

 門脇(モニター)「お気になさらないでください」

タロウ(モノローグ)
「本当の理由は、前回の打ち合わせで
 あなたがズームを切り忘れたからだ。
 ため息とプロゲーマーばりの指の連打で机を叩く音が
 3日間頭から離れなかった。
 そう言えたら、楽のなのかなぁ。
 いや、僕なら言ってしまったことを気にして、
 激しい動悸に襲われるに違いない」

 門脇(モニター)「進捗状況はどうですか?」

 タロウ「パソコンとにらめっこが続いています。
    あのー、今月の締め切り、
    待ってもらっていいですか?」

 門脇(モニター)「少しぐらいなら構いません」

 タロウ「助かります」

 門脇(モニター)
「先生、気分転換に食事しませんか? 
 なにかアイディアが浮かぶかもしれませんよ」

 タロウ「ちょっと難しいかなあ」

 門脇(モニター)「具合、良くないんですか?」

 タロウ「特に悪いって言うほどでもないんですけど、
    人が多いところは落ち着かなくて、
    余計にストレスが」

 門脇(モニター)
 「先生、セカンドオピニオンって考えていますか?」

   頭の中からカラスの鳴き声が聞えてくる。

 タロウ(モノローグ)
「こうやってカラスは増えていく。 大抵のカラスは、
 鳴くだけ鳴いたらどこかに飛んでいって、
 もう姿を見ることはない。中には何度も現れては、
 大きな鳴き声をまき散らすやつもいる。
 小説家になんか、なるんじゃなかった」

  ズームからログアウト。

 タロウ「ふう(深いため息)」

 サクラ「終わった?」

 タロウ「おぉ、サクラ、来てたんだ」

 サクラ「お邪魔してます」

 タロウ「遠慮するタイプじゃないだろう?」

 サクラ「まあね」

 タロウ「ご飯にするか」

 サクラ「ウンウン」

 タロウ「ちょっと待ってて」

 サクラ「フッー」

   サクラ、ベッドに乗る

 サクラ「わ~、気持ちいい」

 タロウ「シーツ替えたばっかりなんだから、
    くしゃくしゃにすんなよ」

 サクラ「皺のないシーツなんてつまんない」

 タロウ「つまんないって、シーツに何を求めているんだ?」

 サクラ「わかってないなあ、シーツはいろんな形になる
    から面白いの」

 タロウ「ふーん」

   タロウ、ガスコンロに火をつける。

 サクラ「あっ、ゴハン温めすぎないで、熱いの苦手」

 タロウ「わかってるって」

 サクラ「さすがタロウ先生ね」

 タロウ「先生はやめろ」

 サクラ「先生って、どんな人が多いの?」

 タロウ「さあ」

 サクラ「知らないくせに、イヤなんだ」

 タロウ「イヤなものはイヤなの」

 サクラ「ハッキリ言うね、
    さっきは借りてきた猫みたいだったのに」

   タロウとサクラ、笑う。

 タロウ(モノローグ)
「僕は彼女の前では、顔出しNGの小説家ではないし、
 元不登校、元引きこもりのレッテルを貼られた男でも
 ない。楽なんだ、彼女といると」

   サクラ、ご飯を食べている。

 サクラ「ん、ん、美味しい」

 タロウ「サクラは、ほんと美味しそうに食べるね」

 サクラ「タロウは食べないの?」

 タロウ「お腹空いてないんだ」

 サクラ「食べられる時に食べなきゃ、
    いつ何が起こるかわからないからね」

 タロウ「サクラが言うと説得力あるなあ」

サクラ「でしょう。ん、ん、おかわりある?」

 タロウ「うん」

 サクラ「ヤッター」

 タロウ「サクラはさぁ、今までどんなものを見てきたの?」

 サクラ「んー、いろいろ」

 タロウ「危ない目にあったことも?」

 サクラ「あるよ、でもよく観察すれば雰囲気で分かるから
    平気」

 タロウ「そんな時って、どうすんの?」

 サクラ「全力で逃げる!」

 タロウ「逃げるか……」

 サクラ「タロウも逃げたら?」

 タロウ「周りの人からは、お前は逃げてるって
    言われるけど」

 サクラ「いやいや、私から見ればしがみついているよ」

 タロウ「サクラは、世の中を達観しているね」

 サクラ「散歩すると、いろんなものが見えてくるんだ。
    ご飯終わったら、一緒に行く?」

 タロウ「う、うん」

 サクラ「ヨシ、急いで食べる」

 タロウ「あはは、ゆっくり食べな」

サクラ「ウンウン(食べながら)」

 タロウ(モノローグ)
「サクラがうちに来るようになって、料理の腕が上がった。
 窓から姿を見かけると、口角が上がるようになった。
 サクラと一緒にいる時間が増えて、
 僕は薬を飲む回数が減った」

 

〇静かな森

  小川のせせらぎが聞える。 

タロウ「へー、ここがお気に入りの場所なんだ。いいね」

 サクラ「でしょう。靴脱いで」

 タロウ「川に入るの?」

 サクラ「ただ足を浸すだけ。やってみて」

 タロウ「わかった」

   タロウ、靴と靴下を脱いで、足を川にさらす。

 タロウ「あーー、癒されるーー」

 サクラ「いっぱいいっぱい癒されて。
    ここは癒され放題の場所だから、
    言葉で表すなら『イヤホー』になるの。
    ホラ、言ってごらん『イヤホー』って」

 タロウ「え? 言うの?」

 サクラ「うん、さらに心が癒される」

 タロウ「『イヤホー』(照れながら)」

 サクラ「ダメダメ。照れがある、気持ちを開放して」

 タロウ「わかった。『イヤホー』」

 サクラ「まだいける」

 タロウ「『イヤホー!』」

 サクラ「気分はどう?」

 タロウ「気持ちいい」

 サクラ「散歩は冒険でもあるんだ。
    なにか面白いことないかなって、
    歩きながら探すと楽しくなる」

 タロウ「その言葉素敵だな、小説に使えるかも」

 サクラ「こら、仕事のことは忘れなさい」

 タロウ「はーい。近所にこんな場所あったんだ、
    知らなかった。僕も気にいったよ、ここ」

 サクラ「本当?」

 太郎「うん。何より人がいない」

 サクラ「それな!」

 タロウ「ふふ」

 サクラ「これでカラスがいないと最高なんだけどなあ」

 タロウ「サクラ、嫌いなんだ」

 サクラ「天敵! 襲われたことがある」

 タロウ「かわいそうに」

 サクラ「私を覚えていて、待ち伏せされたんだ。
    今日もいるかな……」

 タロウ「僕が追い払う」

 サクラ「タロウ、頼もしい」

 タロウ「え?」

 サクラ「ん?」

 タロウ「僕は、自分が生きていくのに精いっぱいで、
    誰かに『頼もしい』って言われたことなくて」

 サクラ「自分から頼もしくなる必要はないよ。
    私がそう思った、それだけでいいんじゃない?」

 タロウ「サクラ」

 サクラ「なに?」

 タロウ「一緒に暮らさないか?」

 サクラ「それは無理」

 タロウ「なんで?」

 サクラ「性に合わない」

 タロウ「心配なんだ」

 サクラ「私はタロウの重荷になりたくないの」

 タロウ「サクラ」

 サクラ「私が自分で決めた生き方だから」

 タロウ「わかった」

 サクラ「ありがとう。じゃあ、私、行くね」

 タロウ(モノローグ)
「サクラの答えは想像通りで、
 そもそも彼女のそういう生き方があるから、
 僕達は知り会ったんだ。散歩したおかげで、
 連載の原稿を書き上げられた」

 

〇タロウの部屋

 門脇(電話)
「原稿ありがとうございました。良かったですよ。
 私的には、散歩のくだりが好きです。
 小川に足を浸している景色が浮かんできますね」

 タロウ「ありがとうございます」

 門脇(電話)「実際、散歩に行ったんですか?」

タロウ「ええ、まあ」

門脇(電話)
「ああ、やっぱり。他の先生もよく仰っています。
 シャワー、散歩、買い物、
 この3つは素晴らしいアイディアが出やすいって」

 タロウ「へえ」

 門脇(電話)
「修正をお願いする時はまた連絡します。では失礼します」

 タロウ「買い物ね……ネット注文ばっかりだったから、
    行ってみよう」

 

〇スーパー店内

 タロウ「春キャベツに新玉ねぎ、
    わー、季節の野菜がいっぱいある」

 山岸「アレ、三原じゃね?」

 タロウ「えっ?」

 山岸「おれ、山岸。二中で同じクラスだった」

 タロウ「ああ」

 山岸「やっぱ、三原勇樹だろう。久しぶり。何年ぶり?」

 タロウ「……さぁ」

 山岸「この辺に住んでんの?」

 タロウ「いや、たまたま来ただけで(動揺)」

 山岸「へえ、元気そうじゃん」

 タロウ「まあ」

 山岸「みんな心配してたんだぞ、学校に来なくなってさ。
   あっ、ちょっと聞きたいんだけどさあ、
   風の噂でお前が小説家になったって、本当?」

 タロウ「それデマだよ」

 山岸「デマ? 小説投稿サイトで有名な
   タロウって作家なんだけど」

 タロウ「知らない」

 山岸「本を読んだやつが、不登校や病気のことが
   三原っぽいって言ってたぜ」

 タロウ「アレはよくある設定だよ」

 山岸「え? お前も読んだの?」

 タロウ「あっ、まあ(動揺)」

 山岸「さっき知らないって言ったよね。
   まぁ、いいや(察して)、生きてりゃ、
   訳ありのことってあるよな。俺もツイてなくて、
   クソみいな仕事ばっかりやってきてさ、
   最近ユーチューバー始めたんだ」

タロウ「へぇ」

 山岸「登録者数が少なくてよー」

 タロウ「ごめん、急いでいるんだ」

 山岸「ちょっと、待って。三原、変わんねえな。
   嘘つくとすぐテンパる。なぁ、俺の配信に
   出てくれよ、お前も注目されるぞ。
   『話題の小説家のタロウ、正体を明かす』って
   タイトルだけで、閲覧数を稼げる」

 タロウ「僕じゃないって」

 山岸「おい」

   タロウ、走り去る。

 タロウ(モノローグ)
「小説家になりたくて、
 小説サイトに投稿したわけじゃない。
 裕福な家庭環境に生まれたけれど、両親は僕が発達障害
 とわかった途端、弟に期待をかけ、冷たくなった。
 僕はひきこもり、自分の居場所をインターネットの中に
 求め、遺書を残そうと思ったのだ。
 死にたいわけじゃない。でも、いつこの世から
 消えてもいいように、心のうねりを書き留めたかった
 だけ。それが編集者の目に止まり、
 小説『僕は靴ひもをうまく結べない』が生まれた」

 
〇タロウの部屋

 タロウ、スマートフォンをタップする。

 門脇(電話)「もしもし」

 タロウ「はい」

 門脇(電話)
「良かったやっと出てくれた、心配したんですよ」

 タロウ「すみません」

 門脇(電話)「直接会って、話をしましょう」

 タロウ「体調がすぐれなくて」

門脇(電話)
「でも一方的にメールで、連載をやめるとか、
 小説家をやめるとか伝えられても、
 それで済む話じゃないんです」

 タロウ「ふー(ため息)」

 門脇(電話)
「うちとしても、先生の素性は必死に守ってきたので、
 ユーチューブなんかでバラされても困るんです。
 とにかく引っ越しましょう」

 タロウ「え?」

 門脇(電話)
「その山岸という同級生は、こっちで対策を考えますが、
 先生も環境を変えた方が安心出来ますよね」

 タロウ「引越は、したくありません」

 門脇(電話)
「ほとんど家に居るんだったら、差し支えないでしょう」

タロウ「ここが気にいっているんです」

門脇(電話)
「先生……こういったらなんですが、小説家タロウに対して
 沢山の人が動いてくれています。
 三原勇樹さん個人の問題だけじゃないんです」

 タロウ「本当に、本当に、すみません(震えて)」

    タロウ、通話を一方的に切る。

 タロウ「サクラ、ご飯にしようか」

 サクラ「無理しなくていいよ」

 タロウ「お腹空いただろう」

 サクラ「何とかなるから、気にしないで、
    それよりタロウはどこかに行っちゃうの?」

 タロウ「行かないよ、ずっとここにいる、サクラと一緒に」

サクラ「タロウ」

 タロウ「ん?」

 サクラ「私はサクラって名前じゃない」

 タロウ「うん、知ってる。僕もタロウじゃない」

 サクラ「うん、知ってる」

 タロウ「タロウはよく架空の名前で使われるんだ。
    とはいえ、実在する人もいる。だから付けたんだ。
    虚構と現実の間にいる僕みたいだと思って」

 サクラ「そうだったんだ」

 タロウ
「だけどね、サクラの前では、また違うタロウに成れる気
 がした。殻に閉じこもっている三原勇樹でもなく、
 小説家タロウでもない。ただのタロウ」

 サクラ「うん、私は目の前にいるタロウが好き」

 タロウ「ありがとう」

 サクラ「タロウ……お願いがあるの。
    もし突然来なくなっても、心配しないで欲しい」

 タロウ「それは、」

 サクラ「私が選んだ生き方を理解して」

 タロウ「違う、それは違う。元々は僕達がいけないんだ、
    こんな社会にしてしまった僕達の責任だと思う」

 サクラ「タロウは優しいね」

   インターホンが鳴る。

 タロウ「ん?」

   インターホンが鳴る。

 山岸(ドア前)
「おーい三原、いるんだろう。出て来てくれよ」

  何度もインターホンが鳴る。

 タロウ「山岸? なんで、ここがわかったんだ」

 サクラ「出ちゃダメ」

 タロウ「うん」

 山岸(ドア前)
「それか、違う名前で呼ぼうか、
 そっちの方が有名だもんな。作家の先生様」

 タロウ「アイツ」

   タロウ、玄関に向かう。

 サクラ「タロウ」

   タロウ、ドア越しに話しかける

 タロウ「帰ってくれ(小声)」

 山岸(ドア前)「フッ、いるじゃん。ドアを開けてくれ」

 タロウ「頼む帰ってくれ(ウイスパー)」

 山岸(ドア前)「俺の頼みを聞いてくれたらな」

 タロウ「警察を呼ぶぞ」

 山岸(ドア前)
「どうぞどうぞ、お前さ、警察って知ってる? 
 民事不介入ってやつでそんなに役に立たないぜ。
 それより騒ぎを起こしたら、ご近所さんに
 知られてしまうよ」

 タロウ「脅迫するのか」

 山岸(ドア前)
「違うよ、配信に協力して欲しいって言ってんの。
 それに俺は、お前の作家以外の素晴らしいところを
 みんなに知ってもらいたいんだよ、
 いいことしてるじゃん」

 タロウ「え?」

 山岸(ドア前)
「ボランティア活動してるんだって? 
 お前のこと気になって調べたら、
 そういう関係の団体に入ってることがわかってさぁ」

 タロウ「山岸っ!」

   タロウ、ドアを開ける。

 山岸「やっと登場か」

 タロウ「帰ってくれ」

 山岸「まぁまぁ、そう言わないで。
   さっ、早速録画しようか。
   ユーチューバーギシヤマの突然インタビューって
   カンジで」

 タロウ「僕は出ない」

 山岸「これはビジネスだよ、ビジネス。
   俺だけ得しようなんて思ってない。
   現に、今だって生配信してないだろう。
   こう見えても気を遣ってんだぜ」

 タロウ「ふざけんな、それは都合よく編集するためだろう。 
    お前は昔からそうだ、ズル賢くて自分の手を汚さず  
    取り巻きに命令して、僕をいじめた」

 山岸「おいおい、何言ってんだ。調子に乗んなよ」

   山岸、タロウの腹を殴る

タロウ「うっ、おほっ、おほっ……。
    こうやって、腹を殴って見た目でわからないように
    するのも君のやり方だ」

   山岸、さらに腹を殴る

 タロウ「あっ、う、うー」

 山岸「なんだ記憶力いいじゃん」

   サクラ、走ってきて山岸をひっかく。 

 山岸「わーー、イテテ」

 タロウ「サクラ! 近づくな!」

 山岸「なんだコイツ」

 サクラ「ふっ、ふっ、ふっ(息遣い)」

   サクラ、山岸を噛む。

 山岸「うう、噛みやがったな、離せコノヤロウ」

 タロウ「サクラ、あぶない!」

   サクラ、地面に打ち付けられる

 サクラ「ううッ(激痛)」

 タロウ「ヤメローーー」

   遠くからパトカーのサイレンが聞えて来る。


〇警察署

門脇「何で殴ったんですか? 
   先方は傷害罪で訴えるそうです」

 タロウ「ふっ、ふっ(鼻を啜る)うう」

 門脇「どうするんですか」

 タロウ「……僕なりのけじめをつけます」

 門脇「どうやって」

 タロウ「記者会見の手配をお願いします」

 門脇「え?」

 タロウ「顔を出します」

 門脇「それはやめた方がいいです」

 タロウ「なんでですか?」

門脇「ちょっと、タイミングが」

タロウ「次の本を出版する時の方が効果的で売れやすい。
    僕の顔は、そういう計算で使われるんですか?」

 門脇「いやいや、先生、なんか誤解しています。
   私はいろんなことを考えた上で言っているし、
   営業や広報とも相談しなければなりません。
   目標にたどり着くには戦略が不可欠なんです」

 タロウ「目標って、謎めいた作家の本を売りたいだけで、
    それって僕じゃなくても……。
    終わりにしましょうよ、門脇さん。
    面倒くさい僕の担当になってハズレだと
    思っているでしょう?」

 門脇「先生、そんな風に私を見ていたんですか、ひどい」

 タロウ「みんな、みんな、僕をハズレだと思っているんだ。
    でもサクラだけは……
    ありのままの僕を受け入れてくれた。
    僕はサクラのために記者会見をする」


〇記者会見の会場

  多数のカメラのシャッターとフラッシュ。
  タロウ、緊張しながらゆっくりと話す

 タロウ(マイク)
「本日は大変お忙しい中、お集まりいただき、誠に有難うご
 ざいます。作家のタロウです。先日起きました暴行事件に
 ついて説明したいと思い、会見を開きました。
 はじめに、ある資料の説明をさせてください」

   会場はざわめく。
  カメラのシャッター音が鳴り響く。

タロウ(マイク)
「2022年度、日本全国の保健所に、
 30,401匹の猫が収容され、そのうち9,472匹が
 殺処分されました。ボランティア団体と行政の協力に
 より、数は年々減ってきています。
 しかし、動物愛護管理法違反で摘発された事件は
 166件あり、過去10年では2番目に多い数字でした。
 人と動物がしっかりと共存する社会が必要だと
 私は考えています」

記者「ちょっといいですか、いまの発言と暴行事件、
   関係あるんですか?」

 タロウ(マイク)
「皆さんは地域猫ってご存知でしょうか。
 住民の認知と合意が得られている飼主のいない
 猫のことです。いわゆる野良猫ではありません。
 不妊去勢手術を行い、
 一代限りの命を全うさせる猫を指します。特徴としては」

 記者「あのー、早く本題に入ってもらえますか? 
   会見に関する資料なら、
   前もって配るなりして下さいよ」

 タロウ(マイク)「カーカー、うるさいな、カラスが」

 記者「え?」

 タロウ(マイク)「最後まで黙って聞いてください」

 記者「いまの発言、おかしくありませんか?」

 タロウ(マイク)
「大事なことを言っているんです。
 手術が終わっている猫は、目印に耳の一部をカットして
 それが桜の花びらに似ていることから、さくら猫って
 呼ばれています。私は1年前からさくら猫のえさやりを
 担当しています。暴行されたと主張する男性は、
 さくら猫を暴行したんです。
 私は彼女を助けようしました」

 記者「は? 彼女? いや猫でしょう(失笑)」

 タロウ(マイク)「何が可笑しいんですか」

   タロウの頭の中のカラスが鳴く。

 記者「タロウさん、あなたは元同級生の顔を
   何度も殴ったそうですね。
   全治2カ月って聞いています。
   飼い主がいない猫のために、そこまでしますか? 
   他に理由があるでしょう。
   例えばご自身の過去に関係してませんか?」

  カラスの鳴き声が、大きくなっていく。

 タロウ(モノローグ)
「子供の頃、僕は靴ひもをうまく結べなかった。
 親や先生は丁寧に教えてくれたけど、
 僕はやろうとするたびに頭が混乱して出来なかった。
 いつからか、そんな周りの声が
 カラスの鳴き声のように聞こえた。
 けれどもサクラは違ったんだ。
 ちゃんと僕と会話してくれる。
 サクラと僕には、
 靴ひもをちゃんと結べるかどうかなんて関係ないんだ」


〇静かな森

   小川のせせらぎが聞える。

 タロウ(モノローグ)
「サクラはあの事件以来来なくなった。
 地面に叩きつけられた時の怪我が心配だ」

   タロウ、靴と靴下を脱いで、足を川にさらす。

タロウ「ふぅー。イヤホー(独り言)」

  小さな足音。

サクラ「イヤホー」

タロウ「サクラっ」

サクラ「タロウ」

 タロウ「イヤホー(楽しく)」

 サクラ「イヤホー(嬉しい)」

 タロウ「元気だった?」

 サクラ「お腹空いた」

   サクラとタロウ、楽しそうに笑う。

                                 (終)
  

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