妄想:軍事の姿勢、強権と民主のちがい

強権は「勝つこと」にあり、民主は「負けないこと」にあり。

強権は勝つたという証拠が必要。民主は蹂躙されない自由が必要。

自由が確保されていれば「負けていない」ことになる民主。

強権は「誇れる証である領土・領民」に重点を置く。

民主は敵国に浸透することを最優先とし、強権は敵国を服従させることを優先する。

欧州西側と米国。自国の自由が保障されていることが前提ではあるが、敵国に民主を浸透させる時間が欲しいのだろう。急いて暴力革命を促してしまえば、種類の違う強権が生まれるだけ。そこは、避ける。

強権運営の国は、強者が全責任をもって領民の安全を守るという姿勢が大切。領民(進駐後)の安全が護られると思わせられたら勝利である。

紛争地域の市民は「強権の下での安定」を欲するか、「民主の下での自由」を欲するか。強権と国境を接する国であれば「自由と強権」の狭間で「安定した自由」を得ることができるか。そこが思案のしどころ。

だれも助けてはくれない。"負けないこと" が主眼の国からは、"空から自由を投下" してくるだけ。それを拾っても自由には成れない。地上では肉弾戦が始まろうとしている。戦争が終わるためには強権が勝つしかないのか。

"負けない" とはこういうことである。今回も自国の自由を優先するほかはない、そう "決断" しそうな展開と見える。


#日経COMEMO #NIKKEI

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