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就任前から不支持が上回る尹錫悦 低迷の理由は新閣僚を巡る疑惑の数々

 5月10日に韓国大統領に就任する尹錫悦(ユン・ソクヨル)。当選から1月半ほど過ぎたが、引継委員会の段階から問題が噴出している。大統領執務室の移転問題については過去に触れているが、尹錫悦が閣僚に任命しようとした人物を巡って数々の疑惑が浮上しており、彼の掲げてきた「公正と常識」というスローガンが大きく揺らいでいる。

○なぜ「共に民主党」は検察の捜査権をなくそうとするのか


 この1~2週間、韓国のニュースは連日「検察捜査権の完全剥奪」という話題で持ちきりだった。尹錫悦が大統領に就任すると野党になる「共に民主党」が、検察からすべての捜査権を分離させる関連法の改正案を今国会で成立させようとしたのだ。一院制である韓国の国会で「共に民主党」の議席数は170席を超え、全300議席の過半数以上を占める。そのため一度国会に上程されれば法律が改正されるのは確実だ。ところが、全ての捜査権が検察から警察に移されれば、捜査に大きな遅れが出るのではないか、そもそも警察権力が肥大化するのではないか、といった懸念の声も多い。検察はもちろん、新大統領の誕生後に与党となる「国民の力」も当然改正案に反対していたが、進歩的な市民運動団体「参与連帯」や「民主主義社会のための弁護士の会」ですら、もっと議論が必要だと拙速な法改正に反対の立場をとっていた。韓国ギャラップの行った最新の世論調査でも、検察から捜査権を分離することについて、「そのまま維持」すべきと答えた人が55%と、「警察に移譲すべき」と答えた人(33%)を大きく上回った(https://www.gallup.co.kr/gallupdb/reportContent.asp?seqNo=1292)。
 結局4月22日、段階的に検察から捜査権を分離させていく国会議長の仲裁案について両党が合意し、法改正を巡る攻防は一段落した(検察側は依然として反対の立場を崩しておらず、抗議の意思を示すための複数の幹部が辞意を明らかにしている)。

○疑われる検察の中立性


 なぜ「共に民主党」は法改正を急いでいるのか。「国民の力」側からは、捜査権の分離は「文在寅・李在明を守るためのもの」という批判の声があった。検事総長出身の尹錫悦が新大統領になれば、5月にその座を退く文在寅大統領や、彼と大統領の座をかけてたたかった李在明の不正を追及する捜査が始まることを「共に民主党」が恐れているというのである。とくに李在明については選挙戦の過程で多くの疑惑が報じられてきた。尹錫悦の大統領就任後に捜査が始まる前に、検察から捜査権をはく奪しようとしている、というのが「国民の力」側の主張であった。
 しかし、本当に不正があったとするならば誰が大統領であったとしても捜査が行われるべきだし、検察も誰であろうと疑惑があればしかるべき方法で捜査に乗り出すべきである。ところが、果たして本当に検察は中立性を保っているのか。尹錫悦は選挙戦の最中マスコミのインタビューに対して、大統領に就任したら「文在寅政権の不正を追及する」と発言。その後文在寅から「それならなぜ自分が検事総長の時にしなかったのか」と反発され謝罪を要求されている。このように「誰が権力を握るか」によって「誰が捜査対象になるか」が決まってしまう、と疑われてもしかたないのが、悲しいかな韓国の現実である。
 もっともわかりやすいのが、日本のワイドショーでも連日報道された曺国(チョ・グク)の法務長官就任を巡る問題だった。当時から検察権力をけん制しようとする動きは存在し、曺国も文在寅大統領の掲げた検察改革を実行するための人材として注目されていた。ところが候補に名前が挙がった段階から、彼の娘に関する大学入試不正疑惑が浮上する。そして検察が異例ともいえるほどの大規模な捜査を実施し、曺国は結局法務長官を辞任。そして彼の妻は複数の容疑で有罪判決を受けている。
 一方で、曺国を守ろうとする世論があったことも確かだ。その理由は、検察の捜査があまりにも恣意的である、というものだ。検察権力の肥大化を防ごうとしたために、曺国は標的にされたのではないか。このように検察の捜査が恣意的に行われる危険性があるからこそ、検察から捜査権を分離する必要がある、という主張が成り立つのである。ちなみに、尹錫悦の夫人であるキム・ゴニにも相場操縦に関わったという疑惑が報じられているが、彼女はいまだに検察の捜査に応じておらず、拘束もされていない。

○新閣僚候補に相次ぐ疑惑


 そんな中、尹錫悦が新政府の閣僚に任命しようとしている候補者に多くの疑惑があがっている。
 まずは法務部長官候補のハン・ドンフン。検察官時代は尹錫悦の側近として働いてきた人物だ。しかし検察官時代もマスメディアとの癒着や政治介入など、常に疑いの目を向けられてきた人物である。そんな彼を法務部長官候補に指名したことについては、「国民の力」内部からも驚きの声が上がったという。そんなハン・ドンフンだが、指名直後から不動産に関連する複数の疑惑が報じられている(韓国ギャラップの世論調査では、ハン・ドンフンが法務部長官に「適切だ」と答えた人は38%、「不適切だ」と答えた人は35%と均衡している)。
 次に総理候補のハン・ドクス。過去の政権でも重役を担ってきた人物だが、公職を離れた後に大手法律事務所から多額の顧問料を受け取っていたことが発覚。その中立性が疑われている。
 この2人以上に連日ニュースを賑わせているのが、保健福祉部長官候補のチョン・ホヨンだ。慶北大学病院の院長を務めたことのある彼を巡っては、子ども達の医学部編入に便宜を図ったという疑いが持ち上がった。息子の場合は一度慶北大学医学部への編入に失敗しているにもかかわらず、翌年設けられて新制度を利用して今度は成功している。ところが合格の決め手となった学業成績については不可解な点が多い。半期の間に19学点(日本でいうところの単位)を取得しながら、週40時間の研究も同時に行っていたという。このハード・スケジュールをこなすのは物理的に不可能なのではないか、ということだ。また上記研究チームに学部生としてただ一人参加し、論文作成にあたっては「先輩が驚くほどのアイディアを出した」とされているが、これも既存の研究を要約したり翻訳した程度であるとの指摘もある。やはり慶北大学医学部に編入した娘の場合は、面接試験で満点をつけた面接官3人がみなチョン・ホヨン候補の知人だという。この3人の満点が合格の決め手となっている。

取材に応じるチョン・ホヨン(MBCニュースよりスクリーンショット)


 さらに息子に関しては兵役免除に関する不正も疑われている。2010年には兵役をこなすのに問題ないと診断されたにもかかわらず、2015年には「椎間板ヘルニア」と診断され兵役を免除されている。しかしこの間ほとんど病院に通っておらず、さらに上記の「ハードスケジュール」に合わせて患者移送のボランティアまでこなしていたことになる。さらに2015年の診断を下したのが慶北大学病院だったことも注目された。ハン・ドンフン候補は「不正は一切なかった」と反論し、21日には新たに別の病院で診断を受けた結果当時と同じ椎間板ヘルニアという診断が下されたと発表した。しかし、2015年当時の診断結果については「個人のプライバシー」を理由に公開を拒否している。
 その他にも、息子が賭博サイトの運営者であると報じられている外交部長官候補、韓国外国語大総長時代の数々の暴言が問題となっている教育部長官候補などなど、新政権の閣僚候補を巡る疑惑・スキャンダルは次から次へと出てくる。大統領選挙の直前「もし尹錫悦が大統領選に勝利したら、引継委員会の段階から大騒ぎになるだろう」と語った知人の予言が、現実のものになってしまった。
 
 現在のところ尹錫悦は、検察の捜査権を巡る動きについても、閣僚候補たちの疑惑についても、距離を取り見守っている状態だ。しかし、選挙戦の最中には検察権力の強化を公約に掲げると同時に、「公正と常識」を幾度となく口にしてきた尹錫悦にとって、現在の情勢は望ましいものではない。実際に韓国ギャラップの世論調査では、尹錫悦の職務遂行について肯定的に評価した人が42%であるのに対し、否定的に評価した人は45%に達している。正式な大統領就任を前にして、不支持が支持を上回ってしまった。特に否定的評価の理由で一番多かったのが「人事」である。
 尹錫悦がこれから5年間にわたって大統領職を務めあげるには、まずは何度となく口にしてきた「公正と常識」という理念に忠実であるべきだろう。


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