今日も

彼女が死ぬ2日前にくれたやけにまんまるのサボテンは、それから半年経っても何も変わらなくて、どうせならすぐに枯れて無くなっちゃう花にして欲しかったな。そしたらあたしは枯れた花に向かってわんわん泣いて、大好きだったカレーも4日は食べられない。ふとした拍子に栞にすれば良かった、なんて気づいて、後悔して、それからまた泣いて、バカなあたしの嗚咽が萎れてカサカサになった花びらを1枚吹き飛ばしたりなんかしたら、もっと泣けた。
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皆と同じことが大嫌いだった彼女は、皆と同じように首を吊って死んだ。耳と肩の間に挟んだスマートフォンからその知らせを聞いた時、あたしはお気に入りのマグカップにコーヒーをなみなみ注ぐチャレンジ(失敗)の途中で、そのせいか、何度聞いても言っている意味を理解できなかった。それからお皿に溢れたコーヒーをひとくちすすって、カレンダーに5日続く小さな×をつけた後、お葬式の日時を付箋にメモして通話を切った。一息ついた後、そのメモを何度か読み上げたところで、あたしはやっと彼女の死を分かって、分かったけれど分からなくて、また少しコーヒーを飲んだ。
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彼女が死んだということは、つまりもう彼女はこの世に存在していないということで、それはつまり、今日の記録的な大雨も、昨日とはうって変わって肌寒くなった空気も、あたしが5日連続で例のチャレンジに失敗したことも、彼女は知らないということで、つまりそれは、それは、あたしにとってとてもおかしなことだった。あたしは急いでキッチンを出て、ホコリまみれの本棚から中学と高校のアルバムを引っ張りだし、3年2組と3年A組に記してある彼女の名前と、おかしな程にキッチリ切り揃えられた前髪を確認した。ほら、ね、やっぱり変よ。
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彼女が死ぬはずないじゃない。だって彼女は看護師になるのよ。一生懸命学んで看護師になってたくさんの命を救って、あたしがそれを自分の事のように自慢して、ちょっぴり彼女に怒られちゃったり、ね、そういうことを、するのよ。

結婚だってするわ。だって彼女美人だし、真面目でしっかりもので、いつも靴下の左右がちゃんとそろってる。子供もきっと彼女に似て素直で、旦那さんは穏やかで、でも少し抜けてて、お給料が良くなかったとしても結婚記念日を忘れることはしないの。そうやって、そうやって彼女は生きていくのよ。
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彼女が死んでからあたしは1度だって泣けなかった。おじいちゃんが亡くなった時以来押し入れに眠っていた喪服は、アルバムと一緒で少しホコリっぽくて、とても懐かしい匂いがした。会場に向かう途中、地図を見ながら歩いているのに、あたしは何度も何度も道に迷って、その度にどこへ向かおうとしているのか分からなくなって、そんなことを繰り返してたら、葬儀場についた頃にはもう、真っ暗で。あたしは近くのベンチに座って帰りの参列者を眺めた。そこに昔の友人の姿はほとんど無く、知らない人達が彼女を想って流している涙は、どれもインチキに見えた。彼女は生前、あたしの知らない世界で知らない人達と関わっていて、それは当たり前だけれども、何だか少し不思議だった。  

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彼女の自殺の理由は誰も分からなかったし、分かりたくもなかった。あたしが傍にいるという理由だけで、ずっと彼女が生きていけると思っていた。彼女がくれたサボテンは今日もまんまるで、あたしはこいつが枯れてしまわないと永遠に泣けない気がして、今日もたっぷり水をやった。  
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