「世界を知るための哲学的思考実験」読書感想文
思考実験とは、アインシュタインの相対性理論などでもよく知られる言葉です。光と同じ速度で移動するとどうなるか、双子の兄が宇宙船に乗っているとどうなるのか、など聞いたことがあるのではないでしょうか(こちらを参照)。またSF(サイエンス・フィクション)はスペキュレイティブ・フィクションと呼ばれることもあり、思考実験の実践結果と言えなくもありません。いわゆるIF(イフ)の世界がそれです。
しかし本書には、「世界を知るため」「哲学的」というキーワードが付加されています。これはどういうことなのかと言えば、我々(ホモ・サピエンス)が直面しているドラスティックに変化している世界(つまり問題)を、哲学的側面から理解することが重要であり、その道具として「思考実験」が有効である、ということらしい。目次をざっと眺めると下記のようになっています。
プロローグ・・・世界を理解するための第一歩
【第1章】 トロッコ問題の誤解をとく
【第2章】 バイオテクノロジー革命はどこへ行くか
【第3章】 ようこそ情報管理社会へ
【第4章】 格差をどうするか
【第5章】 フェイク化する社会
【第6章】 民主主義はもう機能しない
【第7章】 来るべき人口減少社会に向けて
エピローグ・・・未来世界のための思考実験
世界を変えつつあるのは、2つのテクノロジー革命、すなわちバイオテクノロジー革命、デジタル情報通信革命です。これらが引き起こす変化や問題を、思考実験によって、抽象的な議論ではなく身近な問題に置き換えて考えてみましょう、というのが著者の意図するところではないでしょうか。サピエンス全史、ホモ・デウスを著したユヴァル・ノア・ハラリさんも近しい論点があるように思います。彼は歴史視点から語り、本書は哲学視点から語っているのかもしれません。
古くからのSFファンとしては、バイオテクノロジー革命による変化は、ジョン・ヴァーリイの諸作を始めとして類挙にいとまがありません。その意味では今更感もありますが、確かにデザイナー・チャイルドによるホモ・サピエンスの2極化は現実の課題となりそうです。ホモ・デウスの中でも言及されている通り、階級格差は時と共に拡大され、まさに遺伝的にも乖離が生じるかもしれません。これが何百年後に(ヘタをすると数十年後)起こりうると想像すると旧ホモ・サピエンスに属する自分としては背筋が寒くなるようです。
バイオテクノロジー革命によるホモ・サピエンスの分断という問題からすれば、情報管理社会はまだましな気がします。ポイントとなるのは、ジョージ・オーウェルの1984のように目に見えるビッグブラザーが君臨する世界ではなく、監視されていると分からず、むしろ人々が積極的に監視を利用し、プライバシーと引き換えに利便を手にする世界が到来しているという事実でしょうか。
欧州のGDPR(General Data Protection Regulation)「一般データ保護規則」のように法的な規制が始まっていますが、一方でGoogle MapやFacebookのように自らの情報を積極的に提供することによって得られる利便性から逃れることができなくなりつつある。またそのことを意識せず、監視社会に適合しつつある、ということは、ある意味では恐ろしいことかもしれません。
本書では、他にも「犯罪責任と脳の哲学的?問題」や、「フェイクニュース」に対する考察など、現代の直近の課題を取り上げ興味深い思考実験を行っています。どうすれば問題が解決するのかという視座ではなく、思考実験によって問題の捉え方を学ぶ、という面もあってとても面白く読むことができました。非常に読みやすい本なのでタイトルに構えることなく手にとってみてはいかがでしょうか?
最後まで読んでいただきありがとうございます!もっと文章が上手くなるように研鑽させていただきます。