パーティーで物議を醸したとある即興演奏の音楽的分析及び、コードネームという概念についての一考察。
何気なく爪弾いた即興曲が物議を醸した
昨日、妻の友人たちのクリスマス会に参加した際、ミニギターを持参しまして、気づけばBGM係と化していたわけですが、その時、物議を醸した即興演奏がありました。
こういう曲です。
これを弾いた途端、
「えっ、それ、トム・キャットのふられ気分でロックン・ロールみたい笑」
とか
「私はリンドバーグの今すぐKiss Meだと思った」
とか、色々な意見が出ました。
弾いた本人は、エリック・クラプトンの「Signe」(「アンプラグド」収録の一曲目)の出だし部分(これがギターを持った時の私の手グセなんです。下の動画のフレーズですね
これをベースに、
ユーミンの「守ってあげたい」
のメロを加え、ベースを1−6−4ー5の進行にした即興、というつもりで弾いていました。
しかしこうして物議を醸すということは80年代、この「ドーシーレード」という動きのメロディがいかに流行っていたか、ということなんだと思います。
「ドーシーレード」を音楽的に分析してみる
さてこの「ドーシーレード」という音の動きを、音楽理論を使い分析してみましょう。
まず、ドという非常に安定した音がシに落ちると非常に不安定になりますので、また安定したドに戻ろうとする反動が生まれます。
これは「ドミナント・モーション」といわれます。
ドミナント・モーションとは
学校の音楽の授業で起立(C)、礼(G7)、着席(C)をピアノでやったかと思います。これですね。
この時の「礼」から「着席」に戻ろうとする時の、シからド、ファからミへの動きが、ドミナントモーションというやつですが、わかりやすくいうと、不安定な状態「礼」(G7)から安定した状態「着席」(C)に戻ろうとする力が働く、ということです。
ドミナント・モーションに、ペダルベースを加えると、機能と響きに複雑さが増す
クラプトンの「Signe」の場合、わかりやすいように移動ドで話しますと、メロディがドからシに下降した際もルート音(ベース)は、ずっとトニック(ド)のままになります(ペダルベース)。
そうなりますとこれはG/CともCmaj7(9)とも解釈される響きになりますので、ドとシが半音でぶつかり合う、不協和音になります。
この二点によりクラプトンの「Signe」の面白さは、ドとシがぶつかり合う不協和音の美しさと単純なトライアドが、ドミナントモーション、つまり不安定な音が安定しようとする力を利用して交互に訪れる点にあると言えます。
また、ベースが常に最も安定した音であるトニック(C)で固定していることにより、ペダルベースを用いなかった場合に比べ、解決感が緩和されるという機能面の効果もあります。
私の即興曲の「ドーシーレード」の動きは、「ドーシード」と直接ドに戻らず、一旦レに寄り道してから、ドに戻る、という、ドミナント・モーションのバリエーションということが言えると思います。
また、ベースをドでキープしたままド→シ→レに行きますと、今度はドとレがぶつかる不協和音になります。
シとド、ドとレという不協和音を経て、その後、ドに戻ることで、ようやく着地します。
また、この際、三度上の旋律は、ミ→レ→ファ→ミと遷移します。特にファ→ミが重要で、この際、ベースはペダル(Cのまま)ですので、コードネームをつけた場合、Csus4→CとするかG7/C→Cとするかで、働きがかわります。
前者ですと、四度の掛留が解決する働きになるし、後者ですと、V7の7thの音がIの3度の音に解決するドミナントモーションの働きになります。
このように、ペダルベース(ベースがずっとCのまま)を用いることで、コードの機能面でも複雑な構造になります。
コードネームは、音楽の構造を説明するのに十分ではない
先述のように、不安定な状態に晒された音を安定した状態に戻ろうとする力を理解することがドミナントモーションの基本となりますが、厄介なのがそれを表現するにはコードネームという記法では足りないということです。
コードネームは常にその瞬間の音の構成を表現しているだけであって、音の横の動きを表現するには足りないので、音楽を説明するには十分ではないのです。
この不安定→安定という時間的な動きを高度に組み合わせて作曲された例として坂本龍一の「Happyend」という曲を取り上げてみましょう。
このように、繋留→解決という、音の重力の法則に従った、横の動きがいくつも複雑に絡みあって進行する曲なのですが、コードと音の動きがわかるように、冒頭の4小節のみですが、ピアノの音で打ち込んで、コードネームを入れてみましたので合わせてお聴きください。
こういった曲の場合、縦割りの概念しか持たないコードネームがついていることが、むしろこの曲への理解を妨げることすらあるのが、おわかりいただけるかと思います。
この「Happyend」について坂本龍一さんご本人も次のように語っています。
コードネームでは、「sus4」という4度から3度への「繋留→解決」を表現する方法はありますが、6度→5度、とか、2度→1度というのはあらわせません。
コードネームという発想自体、繋留という時間的な概念を含んでいない、あくまで瞬間的な響きを表すものなので、コードネームのみで、こうした構造を表そうとしても、完全な整合性は取れないと思います。
坂本龍一さんの指摘にもあります通り、コードネームだけで音楽の構造を説明しようとするのは不可能ですし、コードネームだけで音楽の構造を理解しようとするだけでは、不十分である、ということに我々学習者は留意する必要があります。
まとめ
音の動きには力学が働いていて、それを操る営みが作曲という行為である。その中で、多くの作曲家によって使われてきたものは、定番の技法としてとメソッド化・汎用化されている。「起立・礼・着席」でおなじみ「ドーシード」と音が安定→不安定→安定と遷移する動きはドミナントモーションと呼ばれている。
ベース(根音)を動かさない状態でこのドミナントモーションの動きをすると、ドミナントモーションの動きに加え「Imaj7」の機能が付加される。このコードはドとレが半音でぶつかる不協和音を含むため、複雑な響きになる。クラプトン「Signe」の出だしは、この動きの反復によって作られている。
私が何気なく弾いて物議を醸した即興曲は主旋律が「ドーシーレード」と遷移するがこれは「ドーシード」のバリエーションであり、80年代によく用いられた音の動きである。その際、ベースを動かさない「ペダルベース」にすることでそれぞれの音の動きがより複雑な働きを持つようになる。
これらを説明するには、時間的概念を持たないコードネームでは足りない。つまり、コードネームだけで完全な整合性を持った音楽の構造を説明することはできない。それがわかる顕著な例として、坂本龍一さんの「Happyend」という曲を取り上げた。
コードネームは便利で有用なものだが、この点を留意し、あくまで補助的なものとして活用すべきである。
まとめ(図)
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