吾輩は童貞である。魔法使いになる気はまだ無い。㉟マッチングアプリ編その16

前回の記事

直接の続きのため、ご一読いただければ嬉しい。
これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


筆者スペック

身長:160代後半
体型:やや細め
学歴:私立文系
職業:税金関係
趣味:映画鑑賞(ハリウッドからクソ映画まで)
後輩くんが隣の卓の大学生に俺を紹介した台詞:もう分かったと思うけど、クズぶってる割には根っこが真面目なんスよこの人

登場人物紹介

リターニー(31)
俺が前回マッチングした女性。
帰国子女、理系、院卒、外資系。
受け身でない、頭が良い、笑顔を絶やさない、向上心がある。
教えてくれ五飛、俺はむしろ何を嫌いになればいい?

太陽が空から転げた後に

ある日。

俺は、どうしても気が散るので勉強の手を止めた。

悩む命題はただ一つ。

即ち、”マチアプで告白するのは何回目のデートがベストなのか?”

愚劣極まる。こんなことに思考を巡らせても何の意味もない。どれほど悩み惑ったとしても、「時と場合による」としか答えの出しようがないからだ。

”3回目のデートで告白”神話は、既にモノリッドによって崩されている。結局のところ、どれだけデートを重ねようが、それによってお互いの自己開示が終わっていなければ…お互いが気を許せなければ…そして、相手とのコミュニケーションが密に取れていなければ何の意味も無いことはもう分かっていた。

改めてモノリッド戦を振り返る。…先ほど挙げた条件が一切クリアされていないことは火を見るよりも明らかであった。少なくともモノリッドにとっては俺は自己開示をし切っていないように見えたのであろうし、気を遣いすぎて気を許していないように見えたのであろうし…何より、基本的にレスポンスが遅い上にそこから更にムラがありすぎて、会っている時以外ではそこまで話をしていない。あったとしてデート場所のすり合わせや集合時間の共有ついでにちょっとした雑談をする程度であった。

モノリッド相手に話した、”顔を合わせた時に沢山話せばいいと思っている”というのは確かに事実…なのだが、顔を合わせていない時の方が長い以上、その間のコミュニケーションは少なくとも付き合う前までは重要ではあったのだ。そこを蔑ろにした/された以上、最初から勝ちの目などなかった。

対して、リターニー。前2つはともかくとして、コミュニケーションの密度に関しては既にモノリッドが霧散するほど濃い。それでいてメンヘラのカリンのように一方的ではなく、互いの生活に支障を出すほどの悪質な濃度ではない。図らずも、最も心地良い頻度で連絡が取れていたのであった。

……

………

想いを馳せる。

これまで俺がやり取りをしてきた女の子たちに感じていた(とはいえ、受け身以外の原因は大体俺にあるのだろうが)、無視しようと思えば無視できる程度の微細なモヤつきを、リターニーは全て解消していた。

自立している。

頭が良い。

食べ物の好き嫌いが無い。

積極的にお店や、行ってみたいスポットを提示してくれる。

お互いに褒め合う土壌がある。

自己肯定感が高い。

向上心がある。

むしろ見下してもいいくらいなのに、俺に対してリスペクトを見せる。

また、真の意味で男女平等主義なところがあるため、

自身が一方的に甘えることをよしとしない。(俺の甘えを受容する)

自身が一方的に奢られることをよしとしない。

デートは男がイニシアチブを握るという発想それ自体がない。

情けない話だが、俺は昔からどちらかといえば年上の方が好きである。同年代や年下とばかりやり取りしていたのは、たまたまそういうマッチングしか続かなかったからでしかない。

──ぶっちゃけ、もう好きだなあ。

というか、俺といる間ニコニコ笑っている女性が、今まで何人いただろう。

想いを馳せる。

感情表現が素直で大きめ。

自分の思考を明確に言語にできる。

思ったことはその場ではっきり言う。

これがアメリカ帰りの実力か。アメリカの空気を吸って生きた人は、日本でもアメリカの空気を吐いているものだが、リターニーはそんな呼吸をしておきながら、全く嫌らしさがない。某バチェロレッテなどと違い、海の外での生活が長く、己の人生に根差しすぎて、それを使って承認欲求を満たそうなどという腐った考えに至らないのだろう。そこも魅力的だった。

……

………

そうして悶々としていると、リターニーからLINEが来た。

リターニー『私、○○だと迷いそうだから集合場所を相談させてほしい!』

──…。

俺は行き方を知っていたし、行き方を事細かに記載してあるサイトもある。こんなものはLINEで一言書いてURLを貼り付ければそれで済む話である。

だが。

──デートの回数よりもコミュニケーションの密度、か…。

俺『いいよ。じゃあ、電話しない?』

ラウンド2:星の降らぬ夜に二人

俺は、洋画の”主人公の相棒のハッカーキャラ”のように、デスクに座り直す。特段大した意味もなく巨大なモニターにお店や待ち合わせ場所を表示させて、リターニーに電話をかけた。

……

………

うーん…何喋ってたんだっけ。

本題は早々に解決してしまったので、俺とリターニーはそのままズルズルと他愛もない話を続けていた。やっていることは寝落ち通話に等しい。もっとも、それを狙って電話を提案したのだから当然と言えば当然だが。

リ「ケツアナゴ(筆者)くんって聞くと安心する声してるよね」

俺「…」

リ「カッコいいし」

俺「…」

リ「優しいし」

俺「…」

リ「今隣にいてくれたらいいのになって思う」

俺「俺も」

──…。

星の降らぬ夜。月も出ず、街灯も無い。

暗夜に誘われ、祓いきれなかった闇の残滓が集まってきた。

この期に及んで振られたらどうしようなどと怯えているわけではない。考えるだけ無駄な怖れは捨てたつもりである。この段階でリターニーが別の男と同じようなやり取りをしていて、最終的にリターニーが俺ではなく別の男と交際をすることになっても、費用対効果の薄さに落ち込みはするだろうが、それは一時的なものでしかないだろうという確信が俺にはあった。

懸念は一つ。

──こんなに肯定的で逆に大丈夫か?

そう。

「振られてもしょうがない」という、失敗の痛みが薄れる心の境地とは、「自分ならまた別の女の子と会えるさ」という自信のみによってもたらされるものではない。「目の前の女性一人が俺にとっての全てではない」というある種の諦めの心持ちというか、「敗北はごくありふれたものである」という現実から逃げずに直視できるようになる冷静さも多分に含まれている。

己の中の醜く、怠惰で、無知で、無能で、悪辣で、陰湿な俺が、陰で小刻みに震えている。

全てを取り繕っているつもりはない。猫を被っているわけではない。モノリッドに対してしていたような、過剰な気遣いをしているつもりもない。だが、今のリターニーによる俺への高評価は、俺がリターニーへ”見せている俺”によるものでしかない。

元カノに対しては、”それ”しか見せていなかったから、そして”それ”が俺の全てだと勝手に幻想されてしまったから、そうでなかったと分かって早々に関係が破綻したかもしれないという反省がある。

よく考えたらこんなものは当たり前なわけだ。恥部をひた隠しにする魂胆がなくとも、氷山の一角の自分の見せられる一番綺麗な場所を見せて戦場に臨むのは、就活だろうと恋愛だろうと同じはずである。しかし、リターニーが俺を肯定的に見てくれているという実感が湧くたびに、足元が崩れる不安が俺を襲う。本当の俺はそんないいもんじゃないよ…ここにきてなお淀んだままの俺の心の奥の奥が、そんな言葉を口から出そうとするのだ。

俺「…化けの皮が剥がれねーよーに気をつけなきゃなー!!ガハハ!!」

俺は、卑屈な人は嫌いだ。それでも俺は、俺の口をついて出る暗闇を抑えきることはできなかった。だからせめて、俺は俺の卑屈さを押し付けないように、冗談めかして笑い飛ばそうとした。

不意に漏れた暗闇に対して、リターニーはそれが暗闇と知ってか知らずか…。

リ「化けの皮は徐々に剥ごうね。お互いに。人間だからダメなところもあるだろうし。完璧な人は疲れちゃうもんね

──…。

──……。

──………。

──綺麗事だ。

過去の敗北は糧である。だが、使い方を間違えれば、それは毒となる。

──所詮、綺麗事だ。

俺が女の子の臨界点を超えないように、俺自身が常に進み続けなければ、綺麗事は綺麗事のまま終わってしまう。当然のことだ。

──けれど、それが現実になるのなら、なってくれるのなら…。

星の降らぬ夜。月も出ず、街灯も無い。

それは昏い闇の下。

だが、そこには二人いた。

これは魔法使い化の未来に抗う、アラサー童貞の記録である。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?