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【大榎庵】鳥取県名物、ピンクのカレーを食べたふしぎ体験

「大榎庵」別館
玄関のドア、壁に描かれた桜の和風なテイストに、店内のテーブルと椅子は、イタリアンでも出てきそうなシックな雰囲気。
それを無視して棚に飾られているビビッドピンクのバッグ(サマンサタバサのような色合い)とキラキラのついたくまちゃんのぬいぐるみが爛々と店内に輝く。目に映る光景のあまりのちぐはぐさに

「コンセプトなに?!」と思った。

午後一時半。

本命の鳥取県B級グルメ「ホルモンそば」を店内満席で食べ逃した私たちは、しゃあなしネタ目的でピンク色のカレーなるものを食べに行こうという話になった。

店員のお兄さんも独特の間合いの取り方をする方で、一言でいうなら、なんともぎこちなく、私は早々彼を新人認定した。

うんうん、わかるよ。私も数々の飲食店バイトを経験してきた身だ。
この、「本日はご予約ありがとうございます」と言った後の謎の気まずい沈黙とか、
話終わったならさっさと席から立ち去ればいいのになんとなくもにょっと居座っちゃう感じとか、わかるわかる。

私も焼き鳥居酒屋でバイトしていた時、
「串盛り合わせ、塩でーす!」を
「塩の盛り合わせ、串でーす!」
と言い間違えたり、
「出汁巻き卵」の読み方を知らずに
「お待たせしました〜! でじる卵でーす!」と大きな声で言ったり
飲み放題の長い説明を覚えられずに勝手にはしょったり(はしょっていいわけがない)、ポップなミスからここに書くのも憚られる重めミスまで幅広くやらかしてきたポンコツ店員だった。

ポンコツ人間は新人に優しい。
新人はのちに自分を超える存在となるので偉そうにしていいことは一つもない。
誰より弱者に優しくすることで自分を守ろう。
ポンコツの心得である。

メニューの文字のフォントは渋め。
ピンクのカレー
ではなく
『ピンクの華麗』と書かれている。
レトルトのカレーも売られているが、パッケージには『ガラスの仮面』を彷彿とさせる目コテコテキラキラのドレス姿のお姉さんたちが描かれている。

とてもファンシーだ。
なのにファンシーに振り切ろうとはしない、店内に蔓延る独特の渋い雰囲気は一体……

お昼時を少し外したからか、店内には私たち以外の人はいなかった。人っこ一人いないのがこの不思議な空間で私たちの存在を浮き彫りにし、なんだかそわそわしてしまった。

ピンクの華麗を待つこと数分。

店員のお兄さんはカレーを置き、

「それでは、味と見た目のギャップをごゆっくりお楽しみください」

と言って去っていった。


いや、それ言わんほうがよくない?! お待たせしました〜だけじゃあかんの? 
その一言でめっちゃハードル上がったで自分!
さてはお前、新人じゃないな……! と私は勘付いた。
ギャル店員が
「これめっちゃ美味しいんですよぉ、私も賄いでよく食べてて〜」というのとは訳が違う。
こんなハードル上げる言葉を口にするなんて、やつは絶対にこのセリフを言い慣れている。なんならそのセリフが口に馴染んでいるやつ特有の余裕すら漂っていた。ピンクのカレーをみてキャイキャイ言う観光客たちを見続け、数多の客のハードルを上げ続けた強者の一言をカレーに添えやがった。

やるなぁ……

と思いながら、自分の中で勝手に芽生えた新人へ対するやさしい気持ちだけが心に沈澱する。
新人だったお兄さんは実はプロのエンターテイナーで、ポンコツなのは自分だけだった……すみませんでした……

ピンクの華麗
ピンクは地元鳥取産のビーツの色


オレンジジュースはセットで強制的に付いている。
オレンジジュース以外の選択権は許されていない。

実食

わー、ほんまにピンクやなぁ、味想像つかへんなぁ、と話しながらひとしきり写真を撮り

一口食べた。

……普通にうまい

家庭っぽいカレー味に絶妙にスパイスが効いている。ビーツがどこにいるのかはさっぱりわからんが、そもそもビーツの味がいまいちわからん。ウォーリーを知らない人が、ウォーリーを見つけられるはずがない。

こんな色なのに普通に美味しいのが逆に違和感があり、一緒に来た幼なじみは

待って、カレーの味忘れた。あれ? こんなんやっけ?」
とパニくり出した。
ラーメンを食べながらラーメンの味を、肉じゃがを食べながら肉じゃがの味を忘れる人がいるだろうか。
幼なじみの頭の中は「カレーやのにピンク」、「ピンクやのに甘くない」、「ピンク色のカレーやけど美味しい」ことで混乱したのだ。

カレーの味を忘れてしまった幼なじみには、「スパイスの味するやろ。それがカレーや」と教えてあげた。やさしくて的確。あとかわいい。

さらに食べ進めるうちに
幼なじみは

「なんか……こわい……」
と言い出した。
おおよそカレーを食べているだけの人が口にするのにはいささか意味がわからないセリフだが、

このチグハグの店内、ミステリアスなお兄さん、ファンシーな見た目のカレー、やのに味は美味しい

という不気味なシチュエーションがそのセリフを成立させた。これでもし味が少しでもまずかったら、いっそ「だよね〜」になって落ち着くのだが、再三いうがうまいのである。

視覚的な強烈さとは裏腹に味(というかルーのとろとろさ)が妙に家庭的というアンバランスさが私たちの心までもを不安定にした。

私たちは最後まで首を傾げながらお互いを励ましつつ食べた。

食べ終わると達成感があった。
〆にオレンジジュースを飲んだ時の安心感と言ったらなかった。



今時の人々はだいたい、食べるものも、見に行くものもネットやSNSで下調べしてから目的地に行く。

「がっかり」、「思った通り」、「思った以上」という違いはあれど、一度写真なり動画なりでみた「想定」をベースに一体「実物」はどれほどのものなのか見てやろうじゃないのという気持ちで現場に赴く。
小説も映画もそうだ。あらすじや予告で得た「おもしろそう」な内容を「おもしろいか確認し」に、作品を見る。

私たちは圧倒的に裏切られ慣れていない。 

だからこそ、このピンクのカレーに対してこんなにも動揺し、違和感があるのだろう。

オレンジジュースの酸味でさっぱりした口で私たちは

「カレーの味全部オレンジジュースに持ってかれたな」
「てかさっきのカレーの味どんなんやっけ」

と言い合って帰路に着いた。

いつかもう一回食べに行ってもいいかもしれない。

※大変美味しゅうございました。
みなさま鳥取に行ったら面白半分でぜひ!
私は次はホルモンそばを食べます。

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