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エアジョーダン5〜呪いと表情のない顔〜

人生の大半、憧れ続けたエアジョーダン5。さまざまなすれ違いが重なり、手に入れることができないまま時が流れていった。それはまさしく呪いのように、長く僕を苦しめていた。

しかし、呪われたまま42歳になっていた僕(後厄)はある日突然まったく思いもよらない場所でエアジョーダン5と出会った。旅行で訪れたセブ島のショッピングモール。そこのナイキショップに新品のブラック(オリジナルカラー)が売られていたのだ。

やはり人間は広い世界を見聞しなければいけないなとしばしの感慨に浸ったあと、おもむろに値段を確認。8,500ペソ。日本円にして約19,500円だ。安い…。しかしここで僕は人生初の値切り交渉に踏み切る。
「プ、プリーズ、ディスカウント」
店員の中年女性は虚ろな目でパソコンのモニターを確認し電卓を叩いた。7,550ペソ。約17,300円。日本ではありえない値段で憧れ続けたエアジョーダン5が手に入る!
(レートは2017年1月のもの)

興奮を抑えつつ別の若い男性店員に自分の足のサイズを伝えると、彼は奥の部屋に入って行った。いよいよ購入の体勢に入った僕は同行していた妻に、いかにこの靴が自分にとって素晴らしいものかを口角泡を飛ばして語った。

妻は僕の熱弁をまるで木彫りの人形のような表情のない顔で聞いていたが構わない。買うのだ。やがて戻ってきた男性店員は、鉄でできた仮面のような表情のない顔で言った。
「お前のサイズはない」
僕は雨の日に出土した埴輪のような表情のない顔で静かに店を出た。

そのショックを引きずり帰国した僕はネットでエアジョーダン5の現況を検索。昨夏に新しく復刻されたことをそこで初めて知る。

休日。妻と二人で上野に行き、所用を済ませたあと、予感を抱きながらアメ横のスニーカーショップへ。ショーケースの中にはやはりエアジョーダン5があった。が、しかし何故か店員がいない。すっかりうろたえた僕は妻に促され、いったんその場を離れる。

妻の買物に付き合いつつも心ここに在らず。溜息混じりに解放され、もう一度スニーカーショップへ小走りで向かうと、今度は店員がいた。サイズを伝えたら「ある」とのこと。震える足で試着し、そのフィット感を確かめたらもう選択肢は残されていなかった。
「カードで。あ、2回で」値段は言わない。

こうして呪いは解けたのだった。

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