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僕と須尾君と「わかった!」

友人と飲み屋にて……

 僕の通っていた小学校では変わった文化があってね。文化とは言っても大したものではないんだけど。それがね、学年のみんなで夏に映画を見るというものなんだ。そこまでだったら普通かもしれないけど、その映画のセレクトというのが変わったところなんだ。
 それが見る映画が毎回、金田一耕助シリーズなんだよ。いや、吉岡秀隆版じゃなくて。うん、古谷一行版でもなくて。渥美清でも、長谷川博己でも、豊川悦司でもなくて。君、なかなかマイナーなところまで知ってるね。
 多分一番ポピュラーな石坂浩二版ね。市川崑版と言ってもいいかもしれない。毎回あれを見るんだよ。
 学年ごとに見るのは違うらしいんだけど、兄は『獄門島』だったらしい。それで僕らは『犬神家の一族』を見たんだ。まあ、中でも一番ポピュラーかもね。見たことない人でもあの白マスクは知ってるぐらいだからね。
 まあ、知ってるだろうけど、あの映画って結構怖いんだ。画面がつねに薄暗いし、なんかしっとりした感じというか、まさしくジャパニーズホラーといった感じだね。それで白マスクだったり、斧琴菊の死に方だったり、小学生にはだいぶ刺激の強い映画なんだよ。今だったら親からの苦情の電話が滝のように押し寄せているだろうね。
 そんなわけでみんなで文字通り大騒ぎしながら見てたわけだよ。生首が置かれてるシーンで隣にいた親友の須尾君なんて早くも泣いていたよ。佐清登場なんて今見たらちょっと面白いけど、当時はほんとに怖かったよ。
 とにかくほんとに怖い映画だったんだけど、そんな中であの映画には唯一の癒しポイントがあるんだ。わかるかい?
 そう、橘警察署長だよ。あの全然わかってないのに「わかった!」って大声出して手をうってるあの人だよ。あの人のトンチンカンな感じが小学生にはウケてね、「わかった!」の度に笑いが起きてたよ。
 それでまあ、無事映画を見終わったんだけど、その後はまあ流行るよね。いや、あの佐清の死に方じゃなくて、わかったの方。
 みんななにかと「わかった!」って言って手をうつんだ。算数の時間なら「わかった!3だ!」とか、国語の時間なら「わかった!ごんが置いていったんだ!」とかね。その度に教室中大爆笑さ。まあ、小学生なんてそんなもんだよね。僕も須尾君も当時は面白がってやっていたよ。
 


 話は変わるんだけどね、その年の秋にね、僕のクラスに転校生がやってきたんだ。ちょっと背の高い女の子でね、肌が白くて、髪が長くて、ちょっとつり目の日本風の美人といった感じでね、着物なんか着たら似合いそうだと思ったのを覚えているよ。無口で無表情だったからみんな近づき難いというか、小学生とは思えないオーラを纏っていたんだよ。クールビューティってやつだね。
 するとその日から須尾くんが妙にソワソワしだしてね。授業中手を上げる時に大声を出したり、休み時間になにかと動き回ったりして、目立つ行動を取り始めたんだ。ぼくは違和感を感じながらも、まあそんな日もあるかと思ってたんだ。
 まあ、そんな感じでみんな須尾君の変わった行動をあまり気に留めてなかったんだけど、ただ一人そうじゃない人がいたんだ。
 あの転校生の女の子さ。下の名前は珠代さんっていうんだけどね、彼女は須尾君をチラチラと視界の端に入れているようだったんだ。僕は彼女の隣の席だったから気づいたんだけどね。するとだ、なんとまあ須尾君も変な動きをしながらチラチラと珠代さんの方を見ていたんだ。
 なるほどと思ったね。子どもっぽいやつだと思っていたけど、須尾君、意外にマセた奴だったんだよ。
 そんなある日、僕は須尾君の家に遊びに行ったんだ。テレビの前に座って二人でゲームをしたんだ。確かF-ZEROだったかな。なかなかせわしないゲームだけどね。
 すると須尾君が話し始めたんだ。最近どうもソワソワする、今までなんということもなかった教室に妙にワクワクしてしまう、思えば珠代さんが転校してきてからそうなったんだ、とね。
 僕は驚いたよ。どうも彼は自分の感情に気づいていないようだ。まあ、あの時は小学三年生とかだったからわからないのも無理はないかもしれないけどね。とにかく彼は自分の違和感の正体がわからず僕に相談してきたんだ。
 端的に言うのは簡単だけどね。でもそれはあまりにも無粋だと当時の僕も思った。だから遠回しに言ったんだ。お互いが好きなマンガのキャラクターの話を持ち出したりしてね。当時は僕もその経験がなかったからどうしても伝え方が下手だったんだけど。
 おぼつかない会話が続いた後、彼はコントローラから手を離し、手をうったんだ。パチンという音ともにこちらを向いた。僕も彼を見つめた。するとそこに白い髭を生やしグレーのスーツを着た初老の男性が座っていた。そんな幻が見えたんだ。彼は叫んだ。
 
 
「わかった!恋だ!」

 
 橘警察署長もとい須尾君は立ち上がっていた。映画の中の橘さんが叫ぶ時は何もわかってないときだけど、それでも橘さんの目は確信に満ちているんだ。そのトンチンカンな真剣さが面白いところなんだよ。あの目の演技が加藤武さんのすごさというところなんだけどね。目の前の彼はそれと同じ顔をしていたんだ。確信に満ちたあの目、そしてどこか嬉しそうなあの表情。あの時の彼の顔は忘れられないね。初めての経験に戸惑いとかもあっただろうけど、それでも癖というかボケを忘れない彼の姿勢に僕は感動すら覚えた。あの瞬間から彼は「大人の男」になった気がしたよ。
 それから彼の苦難の日々が始まった。珠代さんに猛アタックし始めたんだ。アタックって言葉は少しおじさんくさいね。彼は小中高と彼女に幾度となく告白していったんだ。
 ところが彼女の答えはいつもノー。さすがはクールビューティ。ハラリと手を振って彼を一蹴していた。それでも彼はめげずに何度も何度も告白していたよ。はたから見ればその必死さはちょっと面白くてね。今でも三人で会った時はよくその話をするよ。
 え?ああ、三人って言うのは僕と須尾君と珠代さんだよ。今でも仲はいいんだ。なに?美人の珠代さんをお前に紹介してくれだと?
 そうだ。今思い出したよ。彼女の当時の苗字を。佐藤だ。確か佐藤珠代さんだった。
 ん?ああ、当時のっていうのはね。彼女、結婚したんだ。先月。僕も結婚式に行ったよ。友人代表の手紙も読まされたよ。ちょっと恥ずかしかったね。
 彼女の今の苗字はね、須尾っていうんだ。
 大学生になってから彼女がようやく折れてね、そのままゴールインというわけさ。これも少しおじさんくさいな。
 実は彼女も小学生の頃から好きだったらしいんだ。でもなんだか恥ずかしくていっつも断ってしまってたというわけさ。世話の焼ける二人だね。




 


 え?ただの惚気話じゃないかって?どうも納得してないような顔だな。
 よし、じゃあこういうオチはどうだ?
 今の話はぜんぶ作り話というオチだ。
 須尾君も珠代さんも映画を見る文化もぜーんぶ嘘。そんなものは存在しない。
 事実があるとすれば俺がいつもこういう妄想をしてるということと加藤武さんがすごいということだ。

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