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『リトル・ガール』セバスチャン・リフシッツ監督について

 2020年の東京国際映画祭で、セバスチャン・リフシッツ監督のドキュメンタリー映画『リトル・ガール』がジャパンプレミア上映されました。リフシッツはフランスではかなり有名な存在ですが、日本ではほとんど紹介されてきませんでした。この機会にリフシッツのフィルモグラフィを紹介していきたいと思います。

 セバスチャン・リフシッツは1968年パリ生まれ。オープンリーゲイです。パリ第1大学で美術史を専攻した後、著名なキュレーターのベルナール・ブリステーヌ(現在のポンピドゥー・センター館長)のアシスタントとして、現代美術の世界でキャリアをスタートさせました。その後写真家スザンヌ・ラフォンのアシスタントも務めました。そんな縁もあり、2019年にはポンピドゥー・センターでリフシッツのレトロスペクティヴが開催されています。

 このツイートのような「ファウンド・フォト」、撮影者が誰であるか分からない過去の一市民が撮った写真を発掘し、再構成する現代アート作品を手掛けていました。

 1994年に初の短編映画「Il faut que je l'aime」を製作。翌1995年にクレール・ドゥニ監督を追ったドキュメンタリー「Claire Denis la vagabonde」を製作し、現代アートから映画に軸足を移すことになります。彼にとって映画業界はまったく未知の領域であり、その後の監督人生でドゥニに受けた影響は大きかったと後に語っています。

 劇映画にも進出し、2004年にトランスジェンダーのセックスワーカーを主人公にした長編「Wild Side」でベルリン国際映画祭テディ賞を受賞しました。

 2009年『南へ行けば』(Plein sud)を監督します。レア・セドゥの出世作であり、4年後に『アデル、ブルーは熱い色』がパルムドールを取って知名度が高まった後、さかのぼってオンリー・ハーツによって日本配給されました。ヒッチハイクに乗り合わせた若者4人の会話をドキュメンタリーチックな長回しで捉えています。

 現在唯一日本で配信されているリフシッツ作品であり、Amazon Primeで観られます。ちなみにレア・セドゥの出番はほとんどなく、ゲイの2人が主人公の映画です。

 リフシッツは2010年代にジェンダーに関する5本のドキュメンタリーを立て続けに発表し、そのすべてが国際映画祭で受賞して話題を集めることになりました。

Les Invisibles(2012)

 60代以上の同性愛者の生き様を取材したドキュメンタリーです。彼ら彼女らの多くは保守的な農村地帯に住んでおり、人生の中でさまざまな苦労をしてきたことが語られます。製作のきっかけは「ファウンド・フォト」の中に戦前はプライベートな異性装の写真が多くあったのに、戦後の一時期ほとんど見られなくなったことにありました。

 劇中に出てくる女性は「4人の子供をもうけたが、世間体を気にした結婚は災厄だった。夫と死別して初めて自分に戻った」と語っています。公開当時フランスで同性パートナーシップや養子縁組をめぐる議論が盛んになっていた時期でしたが、劇中で現在の問題について語られないことについて「あからさまに政治的な映画ではなく、Invisibleな人々のありのままの暮らしを知ってほしかった」と述べています。

 2012年カンヌ国際映画祭公式セレクションに選出され、セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。この年のセザール賞の本命と言われていたのは『旅する写真家 レイモン・ドゥパルドンの愛したフランス』でしたが、リフシッツにとって初のセザール賞となりました。

Bambi(2013)

 日本でも知られる伝説的トランスジェンダー、マリー・ピエール・プリュヴォー(通称バンビ)のドキュメンタリーです。アルジェリアで生まれたバンビは1954年からパリのキャバレーでダンサーとして活動し始め、その活躍が評判になると多くのトランスジェンダーがキャバレーを仕事の場として社会進出の足がかりにできるようになりました。1960年にまだ実施例が少なかった性転換手術をモロッコで受け、その後もパリを代表するトップダンサーとして活躍し続けました。

 2013年ベルリン国際映画祭でテディ賞ドキュメンタリー部門を受賞し、セザール賞にノミネートされました。この映画のヒットでバンビの功績が再び見直され、トランスジェンダーとして史上初めてフランス教育功労勲章(パルム・アカデミック)が授与されました。

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The Lives of Thérèse(2016)

 フェミニストの先駆者として長く活動し、2016年2月に88歳で亡くなったテレーズ・クレールを追悼するドキュメンタリーです。リフシッツはクレールの了解を得て彼女の晩年に密着取材し、その最期の日々を編集したものです。ボーヴォワールやジゼル・アリミらと共に1975年のヴェイユ法成立に貢献した彼女は晩年、パリ郊外のモントルイユに高齢女性が自由に生きられる老人ホームを設立します。クレールは最期まで「老いることは価値を失っていくことではない」と主張し続けました。

 2016年カンヌ国際映画祭監督週間で上映され、クィア・パルムを受賞しました。クィア・パルムは2010年の創設以来『キャロル』や『燃ゆる女の肖像』などが受賞していますが、唯一日本で上映されていない作品です。

『思春期 彼女たちの選択』(2019)

 2人の少女エマとアナイスの成長を13歳から18歳までの5年間にわたって追いかけたドキュメンタリー。パリ同時多発テロや大統領選など社会情勢の変化も取り入れながら、2人の思春期の成長を描いています。ロカルノ国際映画祭で批評家週間賞を受賞しました。

 以上の4本はフランスでドキュメンタリーとしては異例の興行収入を記録してかなり評判になり、リフシッツをフランスを代表するドキュメンタリー作家に押し上げるとともに、人々にジェンダーやセクシャルマイノリティについて考える機会を提供することになりました。私は「The Lives of Thérèse」がヒットしているときにパリに留学していた友人から教えてもらって過去作を観ることができたのですが、日本でもまとめて上映される機会があればいいなと思います。

『リトル・ガール』La petite fille (2020)

 そして今年のベルリン国際映画祭パノラマ部門で最新作『リトル・ガール』がWPされました。

 男の子の体で生まれたサシャは、女の子になることを夢見ている。家族は理解を示しサシャを支えるが、学校制度に阻まれる。母親の献身と闘いが感動的であり、無垢な表情のサシャに胸を痛めずにいられないドキュメンタリー。

 先日東京国際映画祭で上映されたあと「これドキュメンタリーとしてどうなの?」という感想ツイートがいくつか見られました。

 前作「Adolescentes」も「10代の子のプライベートに踏み込みすぎ」「物事を単純化しすぎ」「音楽使いすぎ」といったような批判があったのですが、私も東京国際映画祭の2回目の上映で『リトル・ガール』を観てどのような点が問題になっているのか確かめたいと思っています。

(追記)『リトル・ガール』を鑑賞していくつか思ったこと:

①対立する当事者(教師やバレエの先生など)の見解や理由が一切示されません。劇映画であればキャラクターが立てられて何らかの主張を述べる役回りが必要になるでしょう。当事者にインタビューをすることは実質的に不可能であり、ドキュメンタリーの限界でもあると思います。

②サシャの親の独白がかなりの部分を占めています。サシャに「あのときどう思った? 怒った? 悲しかった? 両方?」と聞いたりしますが、8歳の子が自分の心情を言語化するのは難しいことであり、本当にそう思っているのかは定かではありません。

③映画として衆目に晒されることでサシャは今後カムアウトされた状態で生きなければなりません。将来どのような人生を歩むかまったく分からないのに。性的指向が男性か女性か、子供を作りたいかもまだ何も分かりません。

④お風呂に入っている上裸のシーンはまったく不要だったと思います。8歳の子に同意をとることができない以上使用すべきではなかったのではと思います。親が自分の子の上裸をYoutubeに上げることすら非難されるのに映画として全世界に公開するのはよくないでしょう。

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