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ペヤングとマレットヘア 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その31

「誰が面倒なのかしら?」

聞き覚えのある声に振り向くと、

「ペっ、ペヤング!お前、いつの間に⁉︎」

俺の背後にはいつの間にか、ペヤングとその取り巻き共がいた。

「私はペヤングじゃなくて青木安子!いつになったら」

「お前の名など、知ったことか!」

 あぁ、ペヤングの本名なぞ知ったことじゃない。

「私もあなたの事など知ったことじゃない。
 それと私は学生をしているだけのあなたとは違って忙しいの」

 ペヤングはその背後にいる者達へ目配せすると、取り巻き共が“仮面”を取り囲んだ。

「ペヤング!“仮面”をどうするつもりだ?」

 ペヤングはスマートフォンを取り出し、

「あなたにはまだ調整が必要のようね」

 そのスマートフォンの画面をなにやらスワイプし始めると、“仮面”の眼の光が消え、発信音のような音を立てながら、“仮面”は仰向けに横たわった。

「“仮面”に何をした?」

「制御機能に不具合があるから、工房へ持って帰って再調整します」

「工房?再調整?」

 工房へ持って帰って再調整?まるで“仮面”は機械のような物言いに、俺は返す言葉を失う。
 “仮面”はやっぱり…

 取り巻き共が台車のような物を持ってきて、5、6人掛りで“仮面”を台車の上に載せる。

「“仮面”!」

 俺の呼びかけに“仮面”は全く反応しない。
 “仮面”はまるで機能が停止した機械のようだ。

「行くわよ」

 ペヤングは踵を返し歩き始めると、取り巻き共は“仮面”を載せた台車を押しながら後に続く。

「あーぁ、あれはもう戻って来ないかもしれないな。
 戻ってきたとしても、お前のことを全て忘れているかもしれないぞ」

 その声につられ横を見ると、そこにはいつぞやか、大学の第三食堂で俺にフォークト=カンプフ検査について話しかけてきた男、マレットヘア男がいた。
 名前は確か城本で、俺の真似をして“シロタン”を自称している奴だ。
 城本のことは一旦置いておくとして、このまま“仮面”を引き渡してはならない、という強い気持ち、衝動に駆られる。
 そうだ、糞平を同様に連れ去られ、今度は“仮面”までもが…

「ペヤングっ!待ちやがれ!お前の好きにはさせない!」

 ペヤングは振り返りもせず、

「いい加減、あの豚をどうにかして。
 後始末はうちの法人で何とかするから」

「わかりました!お嬢様!」

 と、取り巻き達が一斉に声を揃えた。

「行かせるかよっ!」

 俺は小走りにペヤングを追おうとした時、二人の男が俺の前に立ちはだかる。
 ペヤングの取り巻き達の番頭格である堀込とそれの補佐というか、腰巾着の西松だ。

「風間、ここから先は行かせるわけにはいかない」

 堀込は鼻の穴を膨らませて、どこか覚悟を決めたような雰囲気だ。

「またお前らか」

「お嬢様からの許可が出た。今日で終わりにしてやる」

「何が許可だ。四流私大の法人に何が出来るのか」

「風間、お嬢様のお力を甘く見ない方が身の為だ」

 堀込は確信に満ちた様子なのに対し、西松はどこか他人事のようだ。
 いつもの西松なら先頭を切って俺に絡んでくるのにどこか表情が冴えない。
 糞をぶっかけられた相手を前にして怯んでいるのか?それは一旦置いておくとして、

「堀込、またお前のお得意の“正義”ってやつか?」

 そうだ、堀込はこの前、俺をバスから降ろし、“正義は勝つ!”だなんて凱歌をあげていたからな。

「そうだ。正義は常にお嬢様と俺達の側にある」

「下らねえな。それなら今日は正義を実行しにきた!とでも言うか?」

 堀込の表情が一転、一瞬にして曇った。
 しばらくの沈黙の後、

「風間、お前は今、何と言った?」

「下らねえな、と言った」

「その後だ」

「“正義を実行しにきた!とでも言うか?と言った」

 俺の一言に堀込と西松は眼を見合わせる。
 西松の手が小刻みに震えている。

「“正義の実行”か…」

 そう呟いた堀込の表情にどこか陰鬱な翳りが差した。
 この体育会系、脳筋男にもこんな表情を浮かべることがあるのだな。

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