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爆弾魔の防犯教室 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その21

 その後、尾行を撒くこと数回、前の車からドライブレコーダーで監視されてるから逃げるを繰り返し、糞平の家へ着いたのは午前10時過ぎだった。

 俺はほぼ一晩中、まるでカーアクション映画の世界の中にいたようなものだったのだ。
 車がジャンプしたり跳ねたりする度に天井に頭を打ち、スピンして目が回り、度重なる急発進急停車で首や腰はもちろんのこと、尻まで痛い。
 もちろん、車酔いしている。
 当分、車には乗りたくない…

 現実にカーチェイスするほど他の車に追われていたのかと言えば、そんなことは全く無く、糞平は追跡を撒いたつもりになっていたのだが、俺の認識ではどの車も尾行しているようには見えなかった。
 少しでも前や後に車やバイクが来る度に勝手に逃げているだけなのだ。
 あぁ、糞平の被害妄想だ。そうとしか考えられない。

 糞平のアパート前の駐車場に着き車から降りた時、俺は思わず息を飲んだ。
 糞平の車のダメージっぷりが子供の頃に見た、刑事ドラマやカーアクション映画に出てくるカースタント後の車の様だったのだ。
 これには思わず懐かしささえ感じるのだがな、カースタントの車の助手席になんて乗るべきではない。
 それを嫌と言うほど痛感させられた。

 糞平はアパートの鉄骨の外階段を上りながら、部屋は二階の奥だと言う。
 俺は糞平の後に続く。

 糞平は部屋のドアの鍵を開錠し、玄関に入るとしゃがみ込む。

「どうした?何か落としたのか?」

「違うんだ、シロタン。ちょっと待って」

 糞平は玄関マットの端を持ち、静かに捲り上げる。
 玄関マットの下には白いビニール紐が真っ直ぐに伸ばした状態で置かれていた。

「よし、シロタンは先に部屋に入って」

 言われるがままに靴を脱ぎ、先に部屋へ入る。

「糞平、そのビニール紐は何なんだ?」

「外出前に玄関マットの下にこうやって、ビニール紐を置いておくんだよ。
 それで帰ってきた時にマットの下の紐が動いていたら、誰かが侵入したってことがわかるんだ」

 こいつ、何なんだ…
 驚きはそれで終わりでは無かった。
 糞平は何事も無いかのように、玄関ドアに三つもダイヤル式の南京錠を掛けているのだ。

「糞平、お前は何に追われているんだ?
 大学へ入学式以来来てないのは、それが理由か?」

「それを話すと長くなるから、何か食べてからにしよう」

 それもそうだ。俺は昨晩、きゅうりを無理矢理喰わされリバースして以来、何も食べていなかったのだ。
 腹が減っていることを今、思い出した。

 糞平は台所を抜け、その向こうにある引き戸を開け部屋に入ると、俺もその後に続く。

「何も無いけどゆっくりして」

 糞平のそんな一言がどこかへ飛んでいってしまう程の衝撃が走る。
 その部屋に一歩、足を踏み入れた時、その異様な光景に思わず俺は後ずさりした。
 糞平の言う通り、六畳の和室には家具らしき物は何も無いのだが、壁一面に何やら新聞の切り抜きや、雑誌の切り抜き、コピーした用紙などが貼られ、その上に何か文字やら記号を殴り書きしてある。
 それだけでは無い。部屋のあちこちにはアルミホイルが貼り付けてあるのだ。
 嫌な予感しかしない。
 俺はこの世の見てはいけないもの、触れてはいけないものに触れてしまったのか?
 悪寒がしてきそうなのだが、これを見過ごすのは無理だ。

「糞平、これは何なんだ?」

「研究と言うか、証拠を集めているんだよ」

「何の研究で、何の証拠を集めているんだ?」

「影の政府の陰謀の証拠を集めているんだ。
 その活動のせいで僕は影の政府から追われていて、奴らから集団ストーカーされているんだ」

 糞平は表情一つ変えずに言った。
 これで糞平の昨晩の逃げっぷりにも納得だ。
 事もあろうに影の政府の陰謀ときたか…、一気に香ばしくなってきたな…

 糞平は壁に貼ってある雑誌の記事の切り抜きのような紙を手に取り、

「シロタン、よく見てくれ。
これは一昨日の雑誌の記事なんだけどね」

 糞平がその切り抜きを俺に手渡してくる。
 その切り抜きは女性週刊誌の男性若手アイドルとその所属事務所への提灯記事のようだ。

「何か感じないか?」

 何も感じない。

「ただの提灯記事じゃないのか?」

「シロタン、君は何もわかっていないな。
 これは縦読みをするものなんだよ」

 糞平は俺から切り抜きを取ると、鉛筆で何やら書き込んでいく。

「この丸を付けた所を上から読んでみて」

 と言うので、糞平の指示通りに丸を付けられた文字を目で追う。

「けいかくをじつこうせよ、か?
 なんだこれは?」

 縦読みというにはあまりにも無理がある読ませ方だ。
 行は飛びまくるし、縦に並んでおらず、不規則過ぎる読ませ方なのである。

「影の政府はこういう手段を使って、工作員へ指示を出しているんだよ。
 これを発見した時は背筋の凍る思いがしたよ」

 糞平の俺を見つめる、底なし沼の様な眼差しに俺の背筋が凍っている。

「糞平…、これはちょっと無理が」

 と言い掛けた俺の言葉を遮るかのように、

「シロタン、近いうちに必ず大きな事件が起こるよ」

 糞平は何の感情を感じさせない顔を俺に近づけ、無理な縦読みをした切り抜きを俺から取り、元の場所へ貼り付け、

「そうだ、お腹が空いてたんだよね。
 カップ麺しかないけど、それでいいかい?」

「あぁ、頼む」

 糞平は踵を返し、台所へと向かう。

 失敗だ…
 糞平の家になぞ来なければよかった。
 俺は昨晩、弱り果てていた。
 そのせいでジョーカーを引いてしまったのだ。

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