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恥辱に塗れる赤いキザ 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その23

 その後、その日の夜に目が覚め、夕飯を食べた後、俺はまた眠り翌朝に目覚めると、糞平が大学の図書館で調べものをするから一緒に行くか?と聞いてきた。
 一人この部屋に居てもやる事が無いし、壁一面に貼られた糞平の陰謀論の証拠に囲まれていたら、頭がおかしくなりそうだ。
 俺も大学へ行くことにしたのだがな、

「今日はバスで行かないか?」

 と、提案した。
 糞平の家の近くには大学へ行くバスが通っているし、なによりも糞平の車に乗りたくないのだ。

「なんで?」

 無表情な糞平だが、僅かに心の機微を感じた。

「車だから追われるのであって、バスとか公共交通機関で人混みの中に紛れ込んでおけば、目立たずに済むだろ?」

 我ながら良い口実だ。

「シロタンの言うことも一理ある。今日はバスで行こう」

 糞平が俺の提案に乗ってくれて助かった。


 バスが大学近くの停留所に着くと、多くの学生らの中に混じって俺と糞平も降車する。
 糞平はバス車内でも被害妄想と挙動不審っぷりを発揮したのだが、なだめたり話題を逸らしたりして、なんとか切り抜ける事が出来た。

 狭山ヶ丘国際大学は山の上にある。
 俺と糞平は大学へと繋がる坂道を無言で歩いていると、山の中腹辺りにある駐車場に“奴”の真紅のスポーツカーが駐車してあるのが見えた。
 そのスポーツカーの運転席のドアが開き、“奴”が小走りに助手席へ向かい、ドアを開ける。
 ペヤングが当然と言いだけな様子で降りてきた時、ペヤングがふとこちらを見た。

「ちょっと待ちなさい!」

 ペヤングは俺たちの方を見て声を荒げた。

「あの人は僕達に言ってるのかね?」

 糞平は入学式以来、大学にほとんど来ていないから、ペヤングのことを知らないようだ。

「さぁな。あいつに関わると面倒なだけだ。無視しよう」

 無視して歩き続けるのだが、何者かが俺たちを駆け足で追って来るような気配を感じる。
その気配は疾風のごとく俺たちを追い抜き、真っ赤な人影が俺たちの目の前に立ちはだかった。

「君たち!待ちたまえ!」

 全身真っ赤な服に目元にはサングラス、そして甲高い声、“奴”だ。
 “奴”は俺たちの前に立ちはだかったと思ったら、地面を引きずるような音を立てながら視界から消えた。
 なんだ?瞬間移動でもしたのか?と驚いたのだが、なんてことない。
 “奴”は転んだのだ。
 その無様な姿に思わず哄笑する。
 しかもその転んだ衝撃で“奴”の靴が片方脱げていたのだ。
 その靴の踵の高さは軽く見積もっても20センチ、爪先にも10センチはありそうな厚みがある。

「うっ」

 片方だけ取り残され、一人佇んでいるようなハイヒール靴の姿が切なくて、思わず声が出る。
 しかし、この切なさは何だ?
 切なさだけでない、この複雑な気持ちは何だ?
 取り残された片方だけの靴を見て、俺は何故ここまで心を揺さぶられるのか?
 背中に嫌な汗が滲む。

 言いようのない気持ちなのだが、それは置いておくとして、“奴”のズボンの裾はハイヒールを隠す為にラッパの様に広がっており、さらに爪先まで隠す為にズボンの丈が極端に長くなっており、靴が脱げていると、まるで時代劇で大名が殿中で穿いている長袴みたいなのだ。
 まぁ坂道をこんなハイヒールの重そうな靴で走れば転ぶのも無理はないだろう。

「あっ足首が〜っ」

 “奴”は苦痛に顔を歪ませ、くじいたと思われる足首をおさえている。

「無様だな。
 次からはその靴で走らないことだ」

 俺たちはうずくまる“奴”を避けて行く。


「何してるのよっ!だらしないっ!」

 背後からペヤングのものと思われる金切り声ご聞こえ、思わず振り返ると、ちょうど“奴”はペヤングから平手打ち、一発、二発。
 往復で喰らわされていた。
 あまりの無様さに若干、“奴”が気の毒に思えるのだが、そんなことはどうでもいい。俺たちは先を急いでいるのだ。
 図書館を目指し坂道を歩いて行く。

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