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パンチが効き過ぎ 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その40

 刹那の沈黙に永遠を感じる。
 形容のしようがない感情が湧き上がる。

「パンチが効き過ぎている…」

 俺のその一言に、森本とパリスが笑いを溢す。

「だから私が言っただろう。“彼女は変わってしまった”と」

 榎本が呟いた。確かに、確かに榎本はそう言っていた。
 しかしだな、変わり過ぎているのだ。森本の変化も信じられなかったがペヤングの変貌は…、強烈だ。
 森本の拳銃のライトに照らし出され、恐れ慄くその姿、間違いなくペヤングである。

 かつて激しく波打っていたソバージュヘアは、今や過剰なぐらいにソウルフルなカーリーヘアとなっていた。
 パンチパーマというには長過ぎ、アフロヘアと言うには膨らみに欠ける。
 ちょうどアレだ、アントニオ猪木にチョークスリーパーで落とされた時の天龍源一郎の髪型だ。
 かつて四角いカップ焼きそばの容器のような輪郭と、大胆としか表現出来ないパーツをこれまた大胆に構成した顔立ちだったのが、その大胆さがより過剰になっていた。
 体型も肥えているというよりも、恰幅が良くなっている。
 このことからして、前のペヤングが通常のペヤングなら、今のペヤングは特盛、ギガMAXといったところだ。

 誰かが部屋の灯りを付けると、ベッドから上半身を起き上がらせた、ペヤングの姿が白色灯の下で照らし出される。
 その表情は恐れ慄き、恐怖に打ち震え、掛け布団を手繰り寄せ全身を隠そうとしていた。
 俺たちはこいつの意のままに処刑されたのだ。
 この状況になって恐怖に打ち震える様子に、よりペヤングへの憎しみが増してくる。

「助けて、政夫」

 とペヤングが小声で言った。
 ペヤングの視線の先には榎本がいる。
 榎本の名前は政夫と言うのか。そんなことはどうでもいい。

「安子。残念だか今更なのだよ」

 と榎本は例の格好つけた口調で返すと、ペヤングの浅黒い顔は蒼白となった。

「お願い…」

 ペヤングは俺たちの前で手を合わせる。

「お願いだから、私の操だけは堪忍」

 と言い掛けたところへ、

「そんなもの要らぬ」

 ペヤングが言い切る前に俺は言葉を被せていた。

「勘違いするな。この焼きそば野郎が」

 俺のその言葉にベッドの上のペヤングは、そのイカツめの身体を縮み上がらせた。
 しかし、その眼差しは俺を見据える。
 俺は森本の家から持ってきた自動拳銃をペヤングへ向け、

「今夜はお前が俺たちにしたことへの落とし前を付けに来た。
 その前にお前には幾つか聞きたい事がある。
 嘘は言うなよ。言ったらどうなるか、覚悟しておけ」

 ペヤングは頷いた。

「あのジェフって奴とその仲間らはここにいるのか?」

 ペヤングは頷いた。

「奴らに助けを呼ぶような真似をしたら、わかってるな?」

 ペヤングは頷いた。

 処刑された時の空気感と感情が脳裏に渦巻く。
 何をどこから言えばいいのかわからない。
 感情が爆発しそうだ…
 抑えるんだ、抑えるんだ…


「この世界は一体、何なんだ?」

 それは俺の純粋な疑問であった。

「え?」

 ペヤングは俺の一言に片眉を上げた。

「この世界は一体、何なんだ?」

「…それは私だって同じことを誰かに聞きたい。
 何かに飲み込まれて、気が付いたら…、夢のような生活が一変した。
 元の四流私大を運営するただの学校法人へと逆戻りよ」

「そんな話、知ったことか。
 お前ら青梅財団が関わっていることだろうよ」

「陰謀論かしら?草平さんに毒されている」

「毒されてなどいない」

「いいえ、風間さんは草平さんに毒されている。
 青梅財団は学校法人でありながら、世界平和と人類進化の為の研究を行っていた機関よ」

「世界平和だと?悪い冗談だな。
 交通事故による孤児を本人の意思と関係なく、人間兵器へと改造していた悪の秘密結社が何を言う」

「“仮面”のこと?財団の人工義肢の開発部門の被験者ね」

「あぁ、“仮面”を人間兵器へと改造して、さらに再調整だと称して無理矢理連れ去り、脳改造を施そうとしていただろう」

「それは誤解よ。
 確かに彼には再調整が必要だった。
 風間さん、貴方にも心当たりがあることでしょうけど、“仮面”には抑えが効かない暴力衝動があった。
 あの鋼鉄の身体で抑えられない暴力衝動なんて危険過ぎるでしょ?
 その為の再調整よ。
 それに私たちは“仮面”を人間兵器へなんて改造していない」

「嘘を言うな!あの自在に変形する武器は何なんだ」

「ナノテクノロジーで瞬時に変形して武器になったり防御出来たり、そんなことが今の技術で出来ると思っているの?
 私たちにそんな技術は無い。地球上のどこを探しても、あそこまでの技術はどこにもない」

 それを言われると何も言い返せない。
 
「彼は先進的過ぎる。あの技術はまるで何世紀も先のものみたい。
 あのナノテクノロジーはどこで手に入れたの?もしかして未来から来たの?それとも異星の高度な文明から来たものかしら?」

 ペヤングの眼差しは俺を見ているようで、どこか遠くを見ているかの如く、焦点が合っていない。
 我を忘れたかのような熱狂を感じさせる。
 その眼差しが不意に俺へと焦点が合う。
 
「彼され手に入れば…、手に入れることが出来たら財団は再び権力を手に出来るはず。
 ねぇ、風間さん。貴方たちは“仮面”を匿っているんじゃなくて?」

「俺は知らない。お前らが捕らえているんじゃないのか」

「私たちは彼の行方を知らない」

 そうだった。“仮面”は俺たちを逃す為に黒薔薇党との戦いに身を投じたのであった。

「黒薔薇党…」

「彼らは“仮面”にほぼ全滅させられたと聞いた。だから貴方たちと合流したものと思っていた」

「そうだったのか…」

 “仮面”は黒薔薇党の連中を全滅させていたのか…

「そうだ。黒薔薇党はお前らの仲間だろ?」

「違う。貴方たちが工房から“仮面”を連れ去った後、彼らの方から貴方たちを捕らえてくると、売り込んできたのよ」

「その工房だ。お前らは何故、入間川高校をそっくりそのまま、多摩湖湖畔へ移転させたんだんだ?」

「それは私も聞きたい。気が付いたら、入間川高校の校舎があの場にあって、私たちの工房になっていたのよ」

「お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか?
 気付いたらそこにあっただとっ⁉︎馬鹿を言うな!そんな話があるものか!」

「信じられないでしょ!私だって信じられないけど、そうなっていたのよ!」

「嘘を言うなっ!何故だっ!目的を言えっ!」

 拳銃を握る手に力が入る。

「シロタン、落ち着け。まだ撃つなよ」

 横にいた森本が俺をなだめすかす。

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