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はみ出しは罪、それを見てしまう罰 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その28

 バスは到着時間を2分ほど過ぎてからバス停へ到着した。
 この前のようにバスの車内では、他の客たちが互いに席の譲り合う光景が繰り広げられていたのだが、そんな光景を横目にして、俺たちは当然の如く着席する。
 また道の譲り合いで渋滞に巻き込まれるのでは、という危惧をしていたのだが、それは杞憂で済んだ。
 思いの外、バスは到着予定時刻通りに、狭山ヶ丘国際大学の最寄りのバス停へ着いた。

 狭山ヶ丘国際大学へと続く長い坂道を前にして、言いようのない感情が湧いてきた。
 ついこの前までここへ通学していたと言うのに、かなり久しぶりにここへ来た気がする。
 それは世界も人も変わってしまったからであろうか。
 西松も同じ気持ちのようだ。木彫りの彫刻のような顔なりに、複雑な表情を浮かべている。
 大尉は…、サングラスを掛けててわからない。


 坂を登る俺たちの前方に大学の正門が見えてきた。
 校舎へ向かう坂の中腹辺りに正門があり、正門の向こうには守衛室がある。

「森本いるかな」

 西松は森本の名を口にしてニヤリと笑った。

「どうだろうな」

 西松は俺の一言を受け、小走りで守衛室へと向かう。


「いないって。今日は17時からの出勤らしい」

「17時から出勤になっているということは、やはり森本も存在しているようだな。
 俺たちが処刑される前、森本は警察に逮捕されていたが、あの件はどうなったのだろうか」

「そうだよね、あれはどうなったんだろ」

 と西松が言ったその時、守衛室の物陰から何者かが姿を現した。

「シロタン、遅いよ」

 と言いながら姿を現したのはパリスだった。
 パリスへは、昨晩のうちに朝の8時に正門前へ来いと言ってあったのだ。
 こいつはいつも、約束の時間を最低でも20分から1時間は遅れてくるからな。
 だから大事を取って8時に来いと言ってあったのだ。
 パリスはいつもの薄笑いを浮かべているが、どことなく不満げでもある。
 こいつはいつも人を待たせ、イラつかせるのだ。
 因果応報であろう。

「パリス、待たせたな。
 お前は何時ぐらいに来た?」

「うーん 30分ぐらい前」

 今、時刻は11時前ぐらいだ。
 こういうことだ。大事を取って待ち合わせを8時にしたのは正解だった。
 じゃなかったら、俺が待ちぼうけを喰らわされるところだったからな。
 パリスの髪は濡れ、頬を若干、朱に染めて上気させたような表情をしている。
 また学内の風呂に入ってきたのであろう。

「今日はどこの風呂に入ってきたんだ?」

「今日は教職員施設の風呂に入ってきたよ」

「教職員施設だと?そんな場所があることさえ初耳だ」

「あそこか」

 と大尉がパリスの言葉に反応を見せた。

「あそこの風呂場は悪くない」

 大尉が例の格好付けたような調子で喋ると、パリスと学内の風呂場に付いて語り始めた。


「風呂の話はその辺にして、パリスよ。今日はペヤングの姿を見たか?」

「まだだよ」

「ペヤングは何時頃に来るんだろうか」

「俺は知らないなぁ」

 とパリスが言うことは予期していた。俺はパリスがその一言を言う前に、大尉へ視線を送っていた。
 大尉はその視線に気付いていながらも、視線を逸らし、顔を背けている。
 西松とパリスも俺のそれに気付き、大尉へ視線を送り始めた。
 俺たちは念のこもった視線を大尉へ送り続けると、大尉は観念したかのように俺たちの方へ顔を向ける。

「今日は木曜だったな。
 彼女は午後の講義が始まる三限まで法人本部にいるはずだ」

 大尉の“法人本部”の一言に背筋の凍る思いがした。
 俺たちは青梅財団と黒薔薇党の連中に捕らえられ処刑されたのだ。
 あの時の恐怖、絶望感は容易く消えるものではない。

「おい、パリス。青梅財団が普通の学校法人に変わったって話は本当なんだろうな?」

「本当だよ」

 俺からの問いかけにパリスは即答した。

「昨日もそうだったのだが、君は青梅財団に関して妙なことを言うのだな」

 大尉が口を挟む。

「青梅財団は普通も何も、昔からただの学校法人だ。
 昨日はこの世界が変わったのは財団が絡んでいると言っていたが、そんなことを出来るわけがない。有り得んよ」

 大尉はペヤングの側に居て、何も知らないのか。知らされていないのか。

「大尉、あんたは狭山湖の辺りに、青梅財団の改造人間を作る施設があることを知らないのか?」

「何ぃ」

 大尉のサングラスが光った。

「大学内に“仮面”という奴がいるだろ?あいつがその改造人間だ。
 “仮面”は狭山湖の辺りの工房と呼ばれる施設で改造を受けた」

「まさか…」

「ペヤングは俺の友である“仮面”を、再調整するという口実で、奴の身体の自由を奪い連れ去った」

「青梅財団は“世界平和”と“人類進化”を理念としているが、そんなことをする組織では無い」

 大尉は俺に反論した。こいつは青梅財団の実態を全く知らないのか?

「その理念、まるっきり悪の秘密結社みたいじゃねえか」

 西松だ。

「そう言った誤解を受けることがあるにはあるが、そんな大それたことを企む組織ではない」

「何故、大尉がそう言い切れるのか。
 人類半減化計画を企むような組織だぞ」

 俺の一言に大尉は口元に軽く笑みを浮かべた。

「人類半減化計画か…、もしかして糞平か」

 大尉はそう言いながら、プラチナブロンドの髪をかき上げた。

「そうだ、その糞平だ。大尉、知っているのか?」

「知っているも何も、安子は糞平の誇大妄想には困り果てていたぞ。
 風間、お前はあの措置入院させられていた男の話を信じるのか」

「ああ!信じるさ!青梅財団によって“仮面”は連れ去られ、再調整と称し洗脳されそうになり、それを阻止した俺たちは……、
 パリス以外の俺たちは所沢駅前で銃殺刑にされたんだぞ!
 その陣頭指揮を取っていたのがペヤングだ!」

「銃殺刑か…。それは彼女がやりそうなことだ」

 大尉は口元にニヒルぶった笑みを浮かべつつ、再び、プラチナブロンドの髪をかき上げた。
 その瞬間、大尉の弛み切った二の腕が俺の視界に入ってきた。

 二の腕の下には脇毛…
 大尉の弛みに弛んだ生白い二の腕と脇毛という、見たくもないものを突きつけられ、思わず口の中が苦くなる。
 こいつはこんな嫌な現実を他人へ突きつける為にノースリーブを着ているのだろうか…
 嫌なものほど気になるのは人の性か、俺の性か。
 見たくなくても見てしまうのは業か、性か。
 それを見てしまうのは罪か。罰か。

 大尉は脇を閉じていても脇毛がはみ出ていた。

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