たこ焼き屋 いらっしゃいませ
「お義父さん、まだ帰ってきてないみたいね」
「ううむ、二、三日帰ってこないのはよくあったけど、一週間はなあ・・・」
「もしかして誘拐とか?」
「父さんをか?」
春子は時々突拍子もないことを言う。会社の社長ならまだしも、ただの飲んだくれおじさんを誘拐するメリットなんてあるか?
「お義母さん、きっと不安がってるわよ」
「元気のない母さんなんて想像つかないけど。そうだな、一度大阪帰ってみるか」
妻と私は週末、母と父の住む大阪へと帰省することにした。
春子は電車移動の最中しょっちゅう、母になんて声をかけたらいいかと私に尋ねてきた。
「そんなに気にしなくていい」と言うと、「あなた心配じゃないの? 自分の親なのに信じられない」と怒られた。
駅を降りると、学生の頃よく通った商店街が続いていた。
「懐かしいなあ、ちょっと寄っていこう」
懐かしの商店街はすっかりシャッターだらけになっていて、とびとびでほんの何店かだけが営業している状態だった。
「しばらく来ない間にこんなになっちゃってたのか。思い出が消えたみたいでちょっと悲しいな」
—『たこ焼き屋』 いらっしゃいませ—
電柱広告?
シャッターとシャッターの間に立つ電柱に目が留まった。
上の方までよく見るとそれは電柱ではなく、まるで本を背表紙側から見ているような、とてもとても細いお店だった。
「ずっと電柱だと思ってたから学生の頃には気付かなかったな。これ、お店だったのか!」
少々興奮気味な私に対して、先程から神経の立っている春子が噛みついてきた。
「『ずっと電柱だと思ってた』って、学生のあなたが一電柱をそんなに注目して覚えてたとは思えないけど?」
「まあそうだな、正確には・・・電柱なんて風景だから、そこにあることすら見落としてたんだろうな」
「ザッツライト」
春子め。
人の肩幅もないその「たこ焼き屋」にはもちろん店員が存在するはずもなく、唯一ボタンだけが取り付けられていた。
なるほど、ボタンは店員の呼び出しボタンか。
—ポチッ—
ボタンを押すと、そこに現れたのは店員ではなく一冊の本だった。
どういうことだ?
本を広げると、全ページがシールになっていた。
ページの真ん中に正方形のシールが一つあり「たこ焼き屋 いらっしゃいませ」と書かれている。
「これ、よくあるスクラッチみたいなやつじゃない? シールを剥がしたら『三等!5%引き』とかってクーポンがでてくるのよ」
そう言いながら春子がシールをめくる。
「「え!」」私たちは同時に声をあげた。
球形の何かが飛び出してきた。——たこ焼きだ!
めくったシールの下から、たこ焼きが一つ「ポーン」と飛び出してきたのだ。
宙に上がったたこ焼きが地面に落ちる前に、私は素早く口でキャッチした。
「おいしい! ソース味だ」
「食べたの? 信じられない! 危険なものだったらどうするの」
私は次のページをめくり、次のたこ焼きを「ポーン」させた。
「おいしい! 次のはネギ入りだった」
「また食べたの!? 信じられない!」
私はまた次のページのシールを剥がして「ポーン」した。
「おいしい! マヨたっぷり」
「信じられない! 次のページは私のだから!」
私たちは夢中になってシールをめくり、ポーンさせては食べ、ポーンさせては食べた。
四ページ目以降、明らかに春子が食べた数の方が多かった。
「ねえ、これお義母さんに持っていきましょうよ」
本の半分ほどを食べたところで春子が言った。
「どんな言葉よりも、大阪人にはたこ焼きよ。お義母さん、これできっと元気になるわ!」
もう少し食べたかったが、また「信じられない」と言われそうだったので春子の言葉に従うことにした。
「寛二に春ちゃん、元気しとった? よう帰ってきた!」
玄関を箒で掃きながら母さんが私たちを迎えてくれた。
「お久しぶりです、お義母さん。私たちお義父さんのことが心配で・・・」
「どうせどっかの通りでくたばってるんや。心配いらん」
いつも通り、むしろいつも以上に母は元気そうで、春子は拍子抜けしていた。
だから気にしなくていいって言ったろ?
父さんがどこかで飲んだくれて二、三日留守にしている間、家中の大掃除をするのが母さんの定番の行動だった。
母さんいわく、父さんが家にいるとちゃんとした掃除ができないらしい。
父さんはいい気分で酒を飲んでるときに、掃除機の音や臭いに邪魔されたり、母さんに部屋を移動しろと言われるのがとにかく不満らしい。
かと言って、父さんが酒を飲んでいない時間などない。
こうしていつも喧嘩が始まるんだそうだ。
「母さん、手土産持ってきたよ」
「そんなん、ええのに。ありがとさん」
遠慮からの感謝がはやい。
「ほんでこれ何?」
母さんは手土産には到底相応しくない一冊の本を手にして言った。
「とにかく開いて。真ん中らへんのページ」
「たこ焼き屋、いらっしゃいませ?」
「そう、それでそのシールを剥がしてみて」
母さんがシールを剥がす。
たこ焼きが「ポーン」して、母さんが「パクッ」した。
「おいしい! コーン入りやないの!」
「だろ? 次のページは何が入ってるんだろうな。チーズかな、もちかな、明太子かな」
母さんは次から次へとページをめくっては「ポーン&パク」した。
まさか残り半分のページを母さん一人ですべて平らげるとは思っていなかった。少しくらい分けてもらえると期待してたのに・・・。
「はあ、ほんまおいしかったわあ。ありがとさん」
食べ終わるとすぐに、母さんは大掃除の続きをし始めた。
「今日来てくれてちょうどよかったわ。この絨毯、一人で動かすの大変やってん。二人とも、ちょっと手伝うて」
母さん、春子と私は正方形の絨毯の角を持って、シールのようにめくった。
「ポーン」
球形の何かが飛び出してきた。
巨大たこ焼き? ちがう。
——地球!?
その瞬間私たち三人は宇宙空間に投げ出された。
い、息が・・・ 母さん、春子・・・
「いらっしゃいませ。騙すようなことをしてしまい、申し訳ありません」
私たちの目の前に、明らかに宇宙人と思われる出で立ちをした何か・・・宇宙人が立っていた。
「でもご安心を。宇宙での生活は、地球での生活より快適であることを私が保証します」
宇宙での生活だって?
「申し遅れました、私、宇宙誘致大阪支部の者です。たこ焼き屋のお店、グッドアイデアだったでしょう? 大阪人は、一にも二にもたこ焼きです。まずは商店街の人間が次々と釣れました」
それで商店街がシャッターだらけだったのか。
もう、息がもたない・・・
私たちはここで死ぬのか・・・
「死にません。というのも、実は私もつい先日までは地球人だったんですよ。地球での名はたしか、正夫・・・だったでしょうか。地球での記憶はもうほとんどありませんが、宇宙生活には何の不満もないですよ」
正夫って、父さんの名前じゃないか。
母さん、春子と私の三人はお互いの顔を見合った。
もう息は苦しくなかった。
母さんと春子の姿が、明らかに宇宙人と思われる出で立ちをした何かに変わっていた。そしておそらく私も——。
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