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大きな一歩

 まわりの皆がそうしていたから私もなんとなくそうした。県外の大学を受験する。

 それはつまり一人暮らしをすることを意味していたが、今思えば、いや今思わなくても当たり前に思い至ることなのだが、馬鹿で想像力のない私はその事に全く気付いていなかった。


 私は過保護な親の元で育った。親が過保護なせいで私が自分で何も出来ない子になったのか、私が自分から何かをしようとしないから必然的に親が過保護になってしまったのか。鶏が先か卵が先か問題のようだ。

 なので一人暮らしの家も引っ越しも全て親主導で進められた。私はただ横にいて「いいと思う。」だけを言っていた。


 そうして始まった新しい生活。一人暮らしに対して想像力の乏しかった私は、いざ始まってみて苦労することとなった。幸いこの部屋の管理会社は学生専門に貸し出している会社で、困ったことがあれば何でも相談してくださいというお部屋救急ダイヤルがあった。

 私はゴキブリが出ただけでどうしたらいいか、退治に来てくれないかとお部屋救急ダイヤルに電話をした。さぞ困らせてしまっただろう。今思えば、いや今思わなくても、当然にヤバイ客だ。クレーマーとかモンスターペアレントとかのレベルだ。


 大学三年生になると急に就職活動というワードが飛び交うようになった。頭の痛くなるワードだ。有難いことに、大学の講堂で就職説明会が頻繁に開催され参加しない者は断罪される空気感を出している。と、勝手に自分が思っているだけなのだが。恐らくこの大学説明会に参加している人たちの中で自立してない人選手権があったら私は優勝できるんじゃないだろうか。

 エントリーシートの書き方、長所と短所を書き出してみよう、志望動機を考えよう、自分がなりたい自分像は?など、毎日考えれば考えるほど、自分には何もないことを痛感させられた。

 自分の意思で何かをしたことがあるだろうか。自分の力で何かを成し遂げたことがあるだろうか。周りがそうだから、親がそれがいいというから、流されてなんとなく選択してきた自分というのが浮き彫りになった。


 それは、大学三年の夏休みだった。講義がないので夏休みは地元にしばらく帰っていた。携帯が鳴った。管理会社からだ。私がかけることはあっても、向こうからかかってくるなんてなんだろう?嫌な予感がした。

「今すぐアパートに戻って下さい。今警察が来ています。」

「え?どういうことですか?」

「空き巣ですよ。アパートの何軒かがやられて、お宅もやられてるんです。鍵がピッキングであけられていました。なるべく早く戻ってきて下さい。」

 今すぐ新幹線に乗れば2時間半ほどでアパートに戻れる。帰省中なので少し時間はかかるけれど今日中に戻ります、と管理会社には伝えて急いで支度した。

 部屋は荒らされていた。引き出しにこっそりしまっていたはずの、私の描いた漫画が部屋に散乱している。警察の人も犯人もこれを見たのか…恥ずかしい。いや、今そんな事を思っている場合ではない。

 現金は部屋に置いていなかったし、金目のものといったらパソコンくらいかと思いパソコンを探す。ない。このパソコンは買ってすぐに壊れ、保証内だからと修理に出し、その3ヶ月後にまた壊れ、またまた修理に出し、返ってきたばかりだったのに、今度は盗まれるなんて!あのパソコン呪われてたんじゃ…と余計なことを考えながら指紋を採取された。

 一通り質問や現場検証を終えて、とんぼ返りで実家に帰った。


 夏休みが終わったら空き巣のあったあの部屋でまた暮らすのかと思うと怖くなった。たまたま家にいなかったからまだよかったものの、もし犯人に出くわしていたらどうなっていたんだろう。一人暮らしというのはそういう怖い面もあるのだ。と心底震えた。


 初めてといっていいだろう。私は自分の意思で引っ越しすることを決めた。

 アパート契約には親のサインが必要なため親も一緒に管理会社に来たが、今度は親がただ横にいて「いいと思う。」だけを言っていた。

 引越しの手続きはできるだけ自分でした。引越し業者に見積もりにきてもらって、段ボール詰めする。不慣れで不安もあったけどなんとか自分でやり遂げた。

 初めて社会の一員である自分を意識した。この引越しは私にとって、就職活動ならぬ自立活動の大きな第一歩だった。


 自分で初めて選んだ部屋は本当に快適だった。前のアパートに比べて駅からも大学からも遠くなってしまったが、利便性は私にとってあまり重要ではなかった。自転車で行ける距離なのだから運動にもなってちょうどいい。その代わり安全面とキッチンをグレードアップさせることができた。家賃も前のアパートと大差ないのだから我ながらいい物件を見つけたと思う。

 まずはオートロックだ。インターホンは画像付きだし安心感がある。空き巣にあったのでここは第一優先事項だった。

 そしてキッチン。まな板を置くスペースが充分でないと自炊をする気が起きない。コンロは2口いる。鍋とフライパンを同時に使って調理したいからだ。以前はキッチンが狭すぎて自炊する気になれなかったためにコンビニ弁当ばかりで3kgも太ってしまった。新しい部屋に来てからキッチンの効果と自転車移動のおかげですっかり体重も元に戻った。


 自分で選ぶ道には責任が伴う。誰のせいにもできない。でも自分が選んだ道には後悔がない。

 スーパーで食料を買って帰ろうとしたとき、出口に置いてあるバイト情報誌が目に入った。私は一冊抜き取って自転車でアパートへと帰った。


 


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