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【ハゲ杯】平凡な平凡じゃない家族

ハゲ神のハゲ杯に参加させてもらいます。一人2記事までOKということで、2つめの短編コメディ小説です。


 休日はいつもコタツでゴロゴロしている父さんがいつになく興奮気味に騒いでいる。
「当たった! おい、当たったぞ! 見てみぃこれ!」
「何が当たったの?」

 家族みんながわらわらとコタツにあつまってきた。
「宝くじだよ! 100万円!!」

 俺の家は、父さん、母さん、姉ちゃん、ばあちゃん、俺の五人家族だ。貧乏でもなければ裕福でもないごくありふれた平凡な一家だ。

 父さんは50代前半、小太りの一般的なサラリーマン。残業も多くて帰りはいつも遅い。俺はそんな毎日は嫌だなと思うけれど、父さんは超楽天思考なのか上機嫌で帰ってくる。

 母さんは父さんのひと回り下で割とキレイなことを除いては一般的な主婦だ。ここ何ヶ月かは夜にママさんバレーに通って充実した日々を過ごしているようだ。

 姉ちゃんは高校卒業後、ブランド物の買取販売の会社に就職した。若いのにニ年目で副店長を任されるまでになった。小さい頃、俺が食べようと買ってきたプリンやアイスをこっそりせしめて食べていた、あの卑しい姉ちゃんが立派になったもんだ。

 ばあちゃんは酸いも甘いも経験してきたのだろう。人生を達観したように優しく穏やかでのんびりとした余生を過ごしている。だけど最近ばあちゃんの部屋から独り言がよく聞こえる。ついに認知症がきてしまったのだろうかと俺はちょっぴり心配している。

 そして俺は、名前さえ書けば入れるような大学の一年生。あんなに努力したのに志望した大学にはことごとく落ちた。高校三年間思い続け、告白しようと決意した卒業式前日、あの子に彼氏ができた。人生に絶望した俺はマイナス方向に大学デビューを果たした。

 そんな平凡な一家に突如舞い込んできた100万円。
 100万円の使い道についてみんなでアレコレ考えたが結局まとまらず、このお金はいざというとき、困ったときに使おうという結論に至り、押し入れの金庫に厳重に保管されることになった。


 半年後、事件が起きた。


 母さんが、そろそろあのお金を海外旅行でパーッと使ってしまいましょうと提案した。クーラーのない部屋だからか、父さんが汗まみれになっている。ばあちゃんはまた何か一人で呟きはじめた。

 みんなが金庫の前に集まる。
 母さんが金庫を開けると、そこはもぬけの殻だった!

「うそでしょ!! まさか泥棒!?」
「何よ! なんで! 確かにあったはずなのに、どうしてないの!」
「母さん、姉ちゃん、落ち着いて! 泥棒が入ったとしても、暗唱番号は家族しか分からないんだから盗みようがないよ」
「じゃあ何でないのよ!」
「俺だって分からねーよ!」

 姉と言い争っているとき、ふと畳に染みができているのに気付いた。染みの主は父さんだった。父さんが滝のような汗を流しながら、畳に額を擦り付け土下座している。

「今まで言えなかったんだが……すまない! 使ったの父さんなんだ! キャバクラですごい好みの女の子がいて、バッグやら財布やらをあげているうちに、みるみるうちに100万円が溶けてしまった! 本当にすまない!! 母さんすまない! 母さんがいながら他の女の子に入れあげてしまった」

 父さん……残業だと思っていたのにまさかキャバクラに通っていたのか。母さんも裏切って家族の金にも手を付けて、最低じゃないか!

 母さんはしばらく黙っていたが、意を決したように口を開いた。

「今まで言えなかったんだけどね、実は私水商売しているの。父さんに女として見てもらえなくなって寂しくて。派手なメイクに派手な衣装。いつもの冴えない平凡な私が、生まれ変わったように煌めける世界。母さんついに居場所を得たの」

 おいおい、ママさんバレーじゃなかったのかよ。母さんも母さんじゃないか!

「そしたらある日、父さんが客として現れたの。母さんビックリしたわ。でもあまりに姿が違った私に、父さんは気付かなかった。父さんはどんどん私に色んなものを貢ぎ始めたわ」

 父さんは鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている。

「母さんだったのか……」
「私、だったのよ。」
「母さんなら入れあげるのも仕方ない! やっぱり美しいものは美しいんだ。父さんの目に狂いはないな。はっはっは」
 父さんはコロッと態度を変えた。

 何なかったことにしようとしてるんだ!

「『でもどこからそんなお金が?』と、不思議に思った私は金庫を確認したの。そしたらやっぱり金庫には何もなくて。父さんから受け取ったバッグたちは質屋に売って、100万円を金庫に戻したのよ」
「じゃああるはずじゃないか、何でないんだよ」

「実は母さんが流した質屋、うちの店なのよ」
 姉ちゃんが何か言い出した。

「今まで言えなかったんだけど、会社の金を横領してたのが安田店長にバレて、脅されてたの。100万で黙っててやるって。だから私、金庫のお金を……。でも、でもちゃんと給料から戻したのよ! だからここにはあるはずなのに!」

 俺は姉ちゃんの告白を聞いて思った。姉ちゃん、バカなのか? 横領したこともバカだけど、金戻したなら今の告白いらなかっただろ? 何で言っちゃったの? そんなんだから店長にバレるんだよ。

「じゃあ100万円はどこに行ったって言うんだ」
 みんなが首を傾げた。

 静まりかえった部屋で、ばあちゃんの独り言だけがこだまする。よく聞いてみると「すまんやぁ。すまん。すまん」と言っている。

 まさかあの優しいばあちゃんが!?

「ばあちゃん、何があったか言ってみて?」

「今まで言えんかったんじゃが、最近年下の彼氏ができてなぁ。ばあちゃん、久しぶりにときめいたわ。声が聞きとぅて、毎日彼氏と電話しよった」

 ばあちゃん、認知症のボケじゃなくて色ボケの方だったのか!

「安田ヒロくん言うんじゃあ。お姉ちゃんの話を聞いてピンときたわ。店長さんしとるって言っとったしの」
 ばあちゃんの話が続く。
「昨日のことじゃ。ヒロくんが友達と乗った車で事故したって言うてきたんじゃ。今すぐ示談金の100万がいるっていうから。ばあちゃん、すまんすまん思いながら金庫から拝借してすぐ振り込んだんじゃ」

 みんなの顔が一気に落胆した。楽天思考の父さんすら険しい顔をしている。

 そんな中、俺は希望に満ちていた。ばあちゃんの話を聞いて俺の中で全てが腑に落ちた。

「みんな聞いてくれ! 今まで言えなかったんだけど、俺は廃れた大学生活の中、詐欺グループに勧誘された。そして今回はデビュー戦だったんだ。そう、ばあちゃんが言ったヒロくんの友達は、俺だ! 振り込みを見たとき、ばあちゃんと同姓同名だとは思っていたけど、ほんとにばあちゃんだったんだな。そしてその金は、デビュー戦成功報酬として全額俺が貰った……」

「だから、みんなの100万円はここにある!!」
 俺は100万円の束を畳に叩きつけた。

 家族みんなが一斉に拍手し歓喜する。


 俺は思った。この家族、大丈夫か??


(完)

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