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[増刊] ロンドン・シティ・ライオネセスは要注目かも? :: WSL Watch #086

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厳密に言うとWSLにまつわる話じゃないんだけど、でも、まったく無関係じゃないネタなんで、"WSL Watch :: magazine"の増刊? 別冊? 番外編? スピンオフ? みたいな感じで、ロンドン・シティ・ライオネセスの話を。WSLはシーズン・オフだし、けっこう興味深い動きがいろいろあったんで。

スウェーデン代表のスター選手が加入

まず、ものすごくわかりやすくてインパクトが大きかったニュースとして、コソヴァレ・アスラニ(Kosovare Asllani)がイタリアのACミランからロンドン・シティ・ライオネセス(London City Lionesses)に加入したことが6月26日に発表されたって話があって。

コソヴァレ・アスラニは34歳のスウェーデン代表FW/MF。過去にはスウェーデン国内はもちろん、シカゴ・レッド・スターズとかパリ・サン・ジェルマンとかレアル・マドリーでもプレイしてて、実はマンチェスター・シティにも約1年半在籍しててリーグ優勝にも貢献したらしい。スウェーデン代表でも長年に渡って攻撃の中心的な役割を担ってて、直近のUEFAウィメンズ・ユーロ予選にも普通に出場してて、187キャップっていうものすごい実績の持ち主。スウェーデン代表は日本代表ともけっこう対戦してて、2021年の東京オリンピックと去年のFIFAウィメンズ・ワールドカップでの日本戦にも出場してたりする(しかも、日本に勝ってる)から、日本のファンにもわりと知られてる選手なんじゃないかな?

で、何が「ものすごくわかりやすくてインパクトが大きかった」かっていうと、ロンドン・シティ・ライオネセスはWSLの下のカテゴリー、つまりイングランド2部のウィメンズ・チャンピオンシップ(以下、WC)のチームで、しかも、過去にWSLに昇格したこともなくて、今シーズンも全12チームのWCで8位だったんで、控えめに言っても、WCの上位とも言えないくらいのチームだってこと。つまり、端的に言って「なんでこんなチームにこんな選手が?」って話。もちろん、コソヴァレ・アスラニは34歳だから、もうキャリアのピークはちょっと超えた選手って言えなくもないんだけど、それでもWCの上位でもないチームっていうのはさすがに不釣り合いだろ、と。

会見で発表された4つの大きなニュース

実はコソヴァレ・アスラニの加入は6月26日にロンドンでも有数の豪華なホテルで行われた会見で発表されたんだけど、その場では他にも3つの大きなニュース、つまり、コソヴァレ・アスラニの獲得を含めてトータルで4つの大きなニュースが発表されてて。具体的には以下の通り。

  • コソヴァレ・アスラニの加入

  • ジョセリン・プレシュール監督の就任

  • 23エーカーの敷地に新たな専用トレーニング施設を建設

  • ホーム・スタジアムの変更

ジョセリン・プレシュール(Jocelyn Prêcheur)は今シーズンのパリ・サン・ジェルマンを率いてた監督、つまり、UEFAウィメンズ・チャンピオンズリーグ(UWCL)のベスト4のチームの監督ってことになる。もともと父親のアシスタント・コーチを務めてたらしくて、中国の江蘇蘇寧なんかでも仕事をしてことがあるらしい。パリ・サン・ジェルマンではリーグ戦はリヨンに次いで2位、カップ戦は優勝してるらしいんで、UWCLの結果なんかも含めて考えると、コソヴァレ・アスラニと同じように「なんでこんなチームにこんな監督が?」って言っていいっぽい。

さらに、インフラの面でも新たな敷地を確保して最高水準のトレーニング環境を整えつつ、ホーム・スタジアムに関しても、新シーズンはメンズの4部リーグのブロムリーFCが使ってあるヘインズ・レインっていうスタジアムを使うことになるんだとか。今シーズンまで使ってたプリンセス・パークはキャパシティ4,100人(座席数は642)だったのに対してヘインズ・レインは5,000人(座席数は1,300)らしいんで、基本的にはアップ・グレードした感じなのかな? もちろん、アクセスとか詳しい事情までは把握できてないんだけど。

2019年に誕生したウィメンズ単独型のクラブ

今回のニュースのタイミングで初めてロンドン・シティ・ライオネセスについてちょっと調べてみたんだけど、基本的には2019年から活動してる比較的新しいクラブって言っていいらしい。もともとミルウォール・ライオネセスから分裂してできたクラブで、ミルウォールのメンズ・チームのニックネームが'ライオンズ'だからウィメンズ・チームは'ライオネセス'で、そこから分裂したチームだから'ライオネセス'って名前は引き継いでるってことみたい。ちなみに、ミルウォール・ライオネセス自体は今ももちろんあって、5部リーグで闘ってるんだとか。あと、ミルウォールのメンズ・チームはサポーターのガラの悪さでイングランドでも有名だったりもする。ミルウォールのメンズ・チームも含めた歴史っていうか、クラブの設立の経緯は調べればいろいろ面白そうなんだけど、とりあえずロンドン・シティ・ライオネセスに関しては、WSLとWCの中でも珍しいメンズ・チームがないウィメンズ単独型のチームってことになる(同じ名前の男女のチームがないチームを'ウィメンズ単独型'って呼ぶのが相応しいのか、言葉の用法としてイマイチ自信はないけど、とりあえず、ここではそう呼ぶことにする)。

日本のWEリーグなんかは、Jリーグのチームと同じ名前(=厳密に言うと、正式名称が全く同じってわけじゃないけど、組織としてだけじゃなくチーム・カラーとかエンブレムとかも同じで、同じチームだってわかるようなブランディング)のチームと単独型のチームは混在してて、例えば、前者は三菱重工浦和レッズレディースとかサンフレッチェ広島レジーナとか、後者はINAC神戸レオネッサとかだったりすると思うんだけど、単独型チームもそれなりの数あったりするのに対して、イングランドの場合はWSLもWCもほとんどが前者で、イングランド全体で見ても特に上位カテゴリーではロンドン・シティ・ライオネセスみたいな単独型のチームは多くないみたい。同じ名前の男女のチームがあるメリットとして、まずはそもそもの知名度が高いことがあるだろうし、(個別の事情はチームによってけっこう違うと思うけど)トレーニング・グラウンドとかクラブ・ハウスみたいな環境の面とか、分析とかフィジカルとかメディカルとかも含めたチーム・スタッフの面とか、財政的な経営規模の面とか、試合運営とかプロモーションのノウハウの面とか、メンズ・チームとシェアできそうなリソースがいろいろあるだろうことはわりと容易に想像ができる。逆に言うと、単独型のチームはこういうリソースを自前で揃えなきゃいけないってことなわけで、当たり前だけど経営・運営は大変そう。

新オーナーのMCO戦略が及ぼす影響は?

実はロンドン・シティ・ライオネセスは去年の12月にもけっこう大きな話題になってて、それはアメリカ人の実業家がチームを買収したことが発表されたから。しかも、新しいオーナーは韓国系アメリカ人実業家のミッシェル・カン(Michele Kang)って女性なんだけど、この人はフランスのリヨンとアメリカのワシントン・スピリットのオーナーでもあったりするから余計に大きな話題になって。リヨンはもちろんフランスのチャンピオン・チームだし、ワシントン・スピリットはNWSLの強豪で、しかも、スペインの23/24シーズン終了のタイミングでバルセロナからホナタン・ヒラルデス(Jonatan Giráldez)監督を獲得した(引き抜いた?)チームだったりして。つまり、単純に世界のウィメンズ・フットボール界でも屈指の敏腕オーナーってこと。

ロンドン・シティ・ライオネセスの買収に関しては、まずはミッチェル・カンが新たにイングランドに参入してきたって話だと思うんだけど、今回の発表も含めてもうちょっと突っ込んで考えると、もっといろいろな影響がありそうな気もしてて。まず、ワシントン・スピリットがバルセロナからホナタン・ヒラルデス監督を引き抜いた件はロンドン・シティ・ライオネセス買収のちょっと後の今年1月に発表されたんだけど、ホナタン・ヒラルデスって言えばまだ32歳って若さにも関わらずバルセロナで勝ち取れるタイトルは一通り勝ち取ったって言っても過言じゃないような監督なんで、もちろん、シンプルにワシントン・スピリットの強化のためっていうのが一番だとしても、同時に、今シーズンのUWCLの決勝でバルセロナに負けて準優勝に終わったリヨンにとって最大のライバルであるバルセロナを弱体化させるって意味もあるのかも? とか思ったり。同じように、ジョセリン・プレシュール監督をパリ・サン・ジェルマンから引き抜いたのも、ロンドン・シティ・ライオネセスの強化だけじゃなくてリヨンの国内のライバルであるパリ・サン・ジェルマンの弱体化まで同時に狙ってるんだとしたらなかなかの策士だな...とも思うし。もちろん、会見でも3つのチームのオーナーであることとか、3チームにプライオリティがあるのかみたいな部分について訊かれてて、「ワシントン・スピリットもリヨンもロンドン・シティ・ライオネセスもそれぞれの国のリーグで最強になることを目指してるし、プライオリティとか上下関係的な捉え方は一切ない」って言ってるけど、ワシントン・スピリットの強化とロンドン・シティ・ライオネセスの強化が同時にリヨンのライバルの弱体化にもなるみたいなダイナミックな動きはなかなかできないし、シンプルにものすごく興味深いな、と。

特定のオーナーが同じ競技の違う国のチームを複数所有して経営することをマルチ・クラブ・オーナーシップ(MCO)なんて呼ぶことが多くて、マンチェスター・シティを中心とするシティ・フットボール・グループ(CFG)とか、ドイツのライプツィヒとオーストリアのザルツブルクを中心とするレッド・ブル(RB)・グループなんかが有名で、この2つのグループに関してはある程度グループとしてのカラーを全面に押し出すタイプ、つまり、プレイモデルとか選手獲得みたいな競技自体に直接関わる部分からプロモーションとかスポンサー営業みたいな競技以外の部分まである程度ノウハウを共有する形態のMCOだから、ある意味、すごく見えやすいしわかりやすいケースなんだけど、実はMCOはもっといろんなケースがあって。日本でもわりと知られてるケースだと、ブライトン&ホーヴ・アルビオンのオーナーはベルギーのユニオン・サンジロワーズも所有してて、日本代表の三笘薫をブライトン&ホーヴ・アルビオンが獲得して、まずはユニオン・サンジロワーズにローンで移籍させてプレイ時間を与えながらヨーロッパの環境に馴れさせて...みたいな、言ってみれば、別にナントカグループみたいな名前を表立って押し出すわけじゃないけど、実質的にプレミアリーグのブライトン&ホーヴ・アルビオンの下部組織みたいにユニオン・サンジロワーズを使うようなMCOもあって。現状では、CFGとかRBグループほど大規模なMCOはそれほど多くないけど、2〜3クラブを同じオーナーが所有してたり、株式を過半数保持してるわけじゃないけど少数株主として経営に関わってるみたいなケースは実はけっこうある。で、同じグループのチームがUEFAチャンピオンズリーグみたいな大会で直接対戦することの是非とか、グループ内での選手の移籍にまつわる契約とか移籍金の動きのわかりにくさみたいな部分は当然問題視されることも多いけど、MCOだからこそ生み出せるダイナミズムなんかの影響は否定できない部分もあって、なかなか難しい問題だと思うけど、今のサッカー界の大きな流れ、注目すべき動きであることは間違いないんじゃないかな。だって、RBグループなんか、ザルツブルクからライプツィヒを経由してメガ・クラブで活躍してる選手を数多く輩出してるし、RBグループ出身の監督も含めれば、レッド・ブルのサッカー界参入以降の動きがその後のサッカー界に与えた影響は計り知れないし。CFGもプレミアリーグのマンチェスター・シティだけじゃなく、日本の横浜F・マリノスも含めてCFG体制下で世界中でタイトルを獲ったりしてるし。もちろん、プレミアリーグでの三笘薫のブレイクだってMCOの恩恵があったことは否定できないと思うし。ライプツィヒとかマンチェスター・シティにはもちろんウィメンズ・チームがあるわけで、MCOは別にメンズ・フットボールの世界だけの話じゃないと思うんだけど、実際にはウィメンズ・フットボールではメンズ・フットボールほど有機的に機能してる感じはなくて、そういう意味では、ワシントン・スピリットとリヨンとロンドン・シティ・ライオネセスを持ってるミッチェル・カンは(ナントカグループみたいな名前はないっぽいけど)ウィメンズ・フットボールに於けるMCOの代表格って言っていいはず。

もちろん、ワシントン・スピリットとリヨンに比べれば、現状では2部リーグのWCで闘ってるロンドン・シティ・ライオネセスは明らかにスケールが小さいし、買収のニュースを見たときも「WCの順位を確認したら来シーズンすぐにWSLに昇格できそうじゃないし、今後の動向はちょっと注目だけどすぐにどうこうって感じじゃないのかな」とか思ってたんだけど、思ってたより動きが速くてダイナミックで、ちょっとビックリしたかな。今回の会見でも、ミッシェル・カンもは24/25シーズンのWC優勝=25/26シーズンのWSL昇格を目指すって明言してるし、ジョセリン・プレシュール監督もコソヴァレ・アスラニもチームのヴィジョンと実際にアグレッシブに動いてることに魅かれたのが加入の理由だって言ってるし。あと、ちょっと興味深いな...って思った点として、ミッチェル・カンが男女のMCOの違いに言及してた部分があって。曰く、現状では単体のチーム運営で大きな規模のビジネスになりにくいウィメンズ・チームこそ、複数のチーム運営持つことでリソースをシェアして効率化ができるし、単体のチームだけには使えないような規模の投資も可能になる、と。たしかに一理ありそうな視点だし、上手くいくのかすごく興味があるし、とりあえず、まだWSLのチームじゃないけど今後のロンドン・シティ・ライオネセスの動向はフォローしといたほうがいいっぽい気がしてる。

WCは11チームで闘う異例のシーズンに

今回のロンドン・シティ・ライオネセスの件とは直接関係があるわけじゃないんだけど、最後にひとつ、WC関連の残念な話題を。週末にいきなり大きなニュースになった感じなんだと思うけど、財政難だったレディングが来シーズンのWCに参加できないことが決定、急遽どっかのチームを下のカテゴリーから昇格させたりはしないで24/25シーズンは11チームっていうイレギュラーな状態でやることになったんだとか。一応、25/26シーズンには12チームに戻す予定らしいけど。基本的にポジティブっていうか、全体としてイングランドのウィメンズ・フットボール界隈はわりと景気がいいニュースが多い印象だけど、まだまだこういうシビアな問題も全然あるんだな...って改めて思い知らされるニュースだったかな。レディングは22/23シーズンにいたようなチームだからもちろんインパクトが大きいんだけど、もっと下のカテゴリーのチームが存続できなくて下部組織も含めて選手がプレイ環境を失ったってニュースはたまに目にするし。

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